第67話 その存在
「実は、この子……プリムラのことなんだけどね。どうしてなのか分からないんだけど……ちょっと不思議なことがあって」
リリアがそんな風に話し始めたので、グインは首を傾げる。
「不思議なこと……じゃと? それはどういう……?」
グインの質問に、リリアは少し声を潜めて、
「ここで話していいことなのかどうか分からないんだけど……」
と言ったところ、グインが、
「人に漏らしたくない話なのじゃな? そうか……まぁ、だとしても気にすることは無いぞ。ほれ、周りを見てみい。一階もな」
と言ったので、リリアは慌ててきょろきょろと周りを見た。
すると、周りの席には誰一人として人が座っておらず、また一階にも一人も人がいないことが分かる。
俺はここに来てからしばらくして、徐々に人が減り始めたことに気づいたのだが、どうやらグインの口調からして、彼のやらせたことなのだろう。
リリアが状況を認識したのを確認してから、グインは説明した。
「この店は魔物調教師の直営店でのう……秘密の話をしたいときは、こうやって人払いが出来るのじゃ。まぁ、ある程度料金は取られるが……今日は話が話しじゃったのでのう。恥はあまりおおっぴらには晒せんでな……。お嬢ちゃんもこれなら大丈夫かの?」
どういった方法によるのか全く分からないが、そういうことが可能らしい。
魔術による思考誘導か、それとも初めにいた大勢の客はみんなサクラだったのか。
色々考えられるが、グインは答えを教えてくれる気はないようだ。
もしかしたら、意外と何も知らないのかもしれないが。
リリアはグインの言葉に頷いて、
「……うん。これなら大丈夫。じゃあ、プリムラ……グインおじいちゃんに見せてあげて」
そう言って、リリアはプリムラを地面に降ろす。
すると、プリムラの身体がぼんやりと光り、その姿を徐々に変えていく。
「……おぉ、こ、これは……」
グインがまぶしさに顔を覆うが、声は感嘆に満ちていた。
そして、光りが収まった時、そこにいたのは一人の少女である。
七歳前後と思しき体型、水色の髪。
服は着ている。
人の姿でいるときに服を着せ、そのまま魔物になるとどこに収納されるのか分からないが服が姿を消し、そしてもう一度魔物から人の姿になると服も再生されると言う特性を発見したからだ。
それから、プリムラを見たグインは、ぽつりと呟いた。
「……人魔……!?」
その反応は、明らかにグインがプリムラのような存在をしっているからこそのもののようで、リリアは驚く。
「おじいちゃん、知ってるの!?」
リリアの言葉に、グインは自分が口を滑らせたことを気づいたようだ。
彼は言った。
「……人に変化する魔物のことを知っているか、と言う意味なら……そうじゃな。わしは知っておる。いや、魔物調教師組合は、ずっと昔からそう言った存在のことを、知っておった」
グイン個人が知っている、というならともかく、魔物調教師組合が知っている、とはどういう意味か。
気になった俺はグインに尋ねた。
「……それなら、なぜ、リリアは知らなかったのかな? 積極的には教えていない、とかそういうこと?」
「積極的に、というか、ひた隠しにしているというのが正確なところじゃよ。人になる魔物……人魔は……魔族を知る者が見れば、そうとしか思えん……。それに他にも事情がある」
「他にって?」
そう尋ねた俺に、グインは唐突に、
「……二人は獣人を知っておるな?」
と質問をしてきた。
一体なぜ、と思ったが、ここでまるで無関係な話をするほどグインは呆けてはいないだろう。
何か関係があるのだろうと、俺とリリアは顔を見合わせ、頷く。
獣人とは、この世界に存在する一種族であり、いわゆる人族と、動物などとを混ぜたような容姿をした者たちのことだ。
ハルヴァーンでも姿を見かけるし、デオラスにもいた。
「実はのう、魔物調教師組合でも一部の者しか知らん人魔は……その獣人の祖である、と言われておるのじゃ」
「え!?」
リリアが目を見開いて驚く。
それから、
「で、でも獣人の人達の祖って……確か、それぞれの氏族の祭る神獣さまだって聞いたことが……」
確かに俺もそういった話を聞いたことがある。
獣人は、それぞれの氏族ごとに祭る神があり、それは神獣、と呼ばれる強大な力を持つらしい獣であると。
しかしグインはリリアの言葉に驚くべき返答をした。
「じゃから、その神獣と呼ばれる存在が――人魔なんじゃよ。その子は、つまるところ神獣じゃ、ということじゃな」
不思議そうに首を傾げるプリムラを指さして、グインはそう断言した。
「ええーっ!?」
リリアは大きく口を開き、そんな風に叫ぶ。
俺も驚きはしたが、リリアほどではない。
「で、でもこの子は……そんな凄い感じは……」
「今はのう……しかし、いずれ強くなるじゃろう。その辺の魔物調教師が寄りつけないほどに、強くのう……」
いつまでも弱いままだとは思ってはいなかったが、強くなると言ってもせいぜいが親と同じくらいか、それより少し上、くらいのものだと考えていた。
それが、いきなり神獣さまである。
これから先、どうなってしまうか、不安になってくる。
リリアのそんな表情を読み取ったのか、グインは、
「まぁ、あまり気負わんことじゃ……確かに人魔という存在については色々と事情があるが……基本的なところは一般的な魔物と変わらん。お嬢ちゃんが魔物調教師組合で学んだことを実践して行けばいいだけじゃ」
「で、でも……」
尚も不安そうなリリアの方を叩き、グインは言った。
「まぁ、何かあればわしが力になるからの。そのときは相談するといい」
それでやっと肩の荷が下りたのか、リリアはゆっくりと頷いて、プリムラの頭を撫でたのだった。
それから、俺は二人の会話を聞きながら、少し疑問に思ったことを尋ねる。
「……プリムラが人魔っていう存在なのは分かったけど……それって、さっきから聞くに随分と重大な秘密みたいじゃないか。どうして俺達みたいな駆け出しに教えたの?」
「そんなものは決まっておるではないか。何も知らずに言い触らされてはたまったものではないじゃろ。お主らに、秘密なんじゃぞ、と口止めするためじゃよ」
「――あぁ、言われてみると当たり前か……」
納得しかけた俺に、グインはもう一度口を開く。
「と言うのは建前での」
がくり、と椅子からずり落ちかけた俺とリリア。
それからグインは、
「人魔を従えられた魔物調教師は魔物調教師の歴史が始まって以来、数えるほどしかおらん。一説によれば長い歴史の中でも、百人はいないのではないか、と言われておる。現在の魔物調教師組合にも、人魔を従える魔物調教師はお嬢ちゃんを入れても四人しかおらんくらいじゃ。そして、そんな者たちに共通することがあっての……」
「それは?」
「皆、優秀な魔物調教師じゃった、ということじゃな。偉業を為すかどうかは分からんが、少なくとも才能に満ち溢れている者ばかりだったと言うことが分かっておる。じゃから……魔物調教師組合としては、人魔を従魔とする者には一通りの真実を伝えることとなっておるのじゃ。いずれ魔物調教師組合を背負う人材として期待してのう」
その言葉に、リリアはあわてて、
「えっ、いえっ、わ、私ぜんぜん優秀じゃ……」
「まぁ、そちらもあまり気負うことはない。そういう傾向がある、という話でしかないしの。ただ、さっきも言ったが、一応色々と秘密の話じゃ。そういうことで頼むぞ」
とグインが言った。
そして最後に、
「それから……これはついでの話じゃが、わしとお嬢ちゃんは、これからは同じ秘密を知るお仲間じゃ。そういう意味でもよろしく頼む。それと――一つ儂は二人に謝らねばならんことがあるのじゃが……」
と言ったので、俺とリリアが首を傾げていると、グインが横にいた白猫に目くばせした。
するとその白猫が突然、光だして……。
「――私も、よろしくお願い致ししますわ」
気づいた時には、そこに妙齢の女性が立っていたのだった。