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魔女の弟子の彷徨  作者: 丘/丘野 優
第1章 低級冒険者編
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第66話 告白

「さて、わしとしてはこのまま幾度となく、それこそ額から血が出るまで地面に頭を叩きつけながらお嬢ちゃんに謝りつづけたいくらいなのじゃが……」


 グインがそう言った直後、リリアが慌てて、


「や、やめてください! そんなことしたら、いたいですよ!? 頭がわるくなっちゃいますよ!?」


 と止めはじめたので、グインは笑って、


「……迷惑なようじゃし、それは止めておくとしようか。お嬢ちゃんの広い心に深い感謝をしたい。お陰でわしの額が割れずに済んだ」


「そんな……わるいのは、グインさまじゃないんですから。あの講師の人がわるいんです」


「そう言ってもらえるとありがたいのう……で、話は変わるが、先ほどから気になっていたんじゃが……」


 グインの目が、リリアの胸元でぶらぶらしている青みがかった猫に向けられる。

 もちろん、それは言わずもがな。

 リリアの従魔の氷虎グラスティーグルの幼生、プリムラである。

 視線に気づいたリリアは、


「あっ、そうなんです! 私、従魔を得ることが出来ました! グインさまの情報のお陰です! ね、ユキト!」


 そうだった。

 そのお礼を言おうと思っていたのだが、まさか話がグイン老の謝罪から始まるとは思っていなかったので、すっかり抜け落ちていた。

 俺はリリアに言う。


「そうだったね……グイン老、うちのパーティメンバーのため、情報を教えて頂き、ありがとうございます。この通り、しっかりと役に立ちました」


「ありがとうございます!」


 俺が頭を下げると同時に、リリアも同じくお礼を言って頭を下げた。

 普段はもっと砕けた口調だが、ここでそれも失礼だろうと思って丁寧に言ったつもりである。

 けれど、グイン老としてはあまり好きな対応ではないらしく、


「……ユキト坊、それにお嬢ちゃん。礼は受け取るがの……その口調、どうにかならんか? お嬢ちゃんもさっきからずっと敬語じゃが、別に普通にしゃべってくれてかまわんのじゃぞ? 二人とも、わしの孫のような年なんじゃし……」


 と少しいじけた様に言った。

 孫のような年だからこそ、本来俺達はグイン老に敬意を表し、しっかりとした態度と口調で会話しなければならないはずなのだが、グイン老としては逆らしい。

 つまりは、孫のような年なのだから、孫のような振る舞いをしろと、そういう意味なのだろう。

 まぁ、確かに、グイン老程の年齢になったとき、俺達くらいの年齢の人間に敬語を遣われるとなんだか寂しい気持ちがするのも理解できた。

 だから、俺は、


「……分かったよ。おじいさん。これでいいかな?」


 俺の普段通りの言葉遣いに、グイン老は相好を崩し、


「おぉ! そうじゃ、それでこそユキト坊じゃ」


 と言って頷く。

 さらにグイン老は黙っているリリアの方を無言で見つめた。

 お嬢ちゃんもほれ、いってみい、ということなのだろう。

 さすがのリリアもその視線の意味は理解できたらしく、けれどリリアにとってグイン老は遥か雲の上の上司であると言う事実の間で葛藤をしばらくしていた。

 しかし、睨めっこを長い間続けてついに観念したらしく、


「……わかった。グインおじいちゃん……ねぇ、これでいいのかな? だいじょうぶ?」


 と不安そうに言った。

 グインはこれにも喜び、


「もちろん、いいに決まってるじゃろう! いやはや、孫が増えた気分じゃのう……うれしいものじゃ」


 と言う。

 俺はグインに尋ねた。


「本当のお孫さんはいるの?」


「いるぞ。数は二人じゃな。しかし、既に二人とも二十は超えておって……お主らのようなかわいらしい感じではもう、なくなってしまったの。いや、かわいいのはかわいいのじゃが……」


 と言う。

 子供らしい可愛さがもうない、と言いたいのだろう。

 大人なのだから、当然である。

 しかしそれを言うなら俺にもそんなものはないはずなのだが、それはあくまで精神の話であって、見た目と総合してみれば俺も十分子供に感じられると言う事なのだろう。

 本当は大人なのに、なんだか人のよい老人を騙しているような気分に一瞬陥るが、少し考えればグインがそういう騙されやすい老人というタイプでないことは分かる。

 むしろ、微笑みながら人を罠に陥れるような、侮れない爺さん、という感じだ。

 だからまぁ、少しくらい騙している感じでもいいのかもしれない、と俺は諦めることにした。

 それから、ずれかけた話を元に戻す。


「それで従魔の話だけど……」


「おぉ、そうじゃったな。お嬢ちゃんのその従魔はやはり……氷虎グラスティーグルじゃよな?」


 とグインは尋ねてきた。

 その言葉にリリアが答える。


「うん。そうだよ! まだ子供だけど……」


 しかし、あの強力な魔物の存在を果たしてグインが知っていたのかどうか、ずっと疑問だったが、どうやら知っていたらしい。

 と言う事は、グインが示唆していた“いい出会い”とはこのことだったのだろうか。

 疑問に思ったのはリリアも同じようで、


「あの、おじいちゃん」


「うむ、なんじゃ?」


「おじいちゃんは……氷虎グラスティーグルがこの時期、≪錆の渓谷≫に巣をつくること、知っていたの?」


 そう尋ねる。

 グインは頷いて答えた。


「そうじゃ……わしは知っておった。これはほとんど知られていない話じゃが、氷虎グラスティーグルは特定の周期で特定の場所に巣を作る習性があってのう。これは大体二十年前後の周期になるんじゃが……わしは約二十年程前、そして四十年程前の二度、≪錆の渓谷≫のあの洞窟に氷虎グラスティーグルが巣を作っているところを目撃していたのじゃ。じゃから、丁度今くらいの時期にあそこへ行けば……運が良ければきっと、氷虎グラスティーグルの幼生がいるじゃろうと、そう思って、二人に≪錆の渓谷≫行きを勧めたと言う訳じゃな」


 この話を、俺は、へぇ……と他人事のように聞いていたのだが、リリアは目を見開いて驚いていた。


「そんな話、どんな本でも見たことないよ! 私、氷虎グラスティーグルについては専門書も読んだことあるのに……」


 などと言いながら。

 確かにそれなら驚くだろう。

 氷虎グラスティーグルの巣作りの周期性の話は、ほとんど知られていないどころか、全く知られていない事実だと言うことになってしまうではないか。

 そうなってくるとなぜグイン老がそんな話を知っていたのか不思議である。

 グイン老は俺とリリアの表情に出ているだろう疑問を読み取ったらしく、微笑みながら言った。


「わしはそれなりに長く生きておるし、立場上、魔物の研究者にも知り合いが多いからのう。普通では知りえない魔物の習性や、研究段階の話についても知っておる場合があるのじゃ。氷虎グラスティーグルについては、そう言った仮説と、それに自分の経験を照らし合わせて発見した事実じゃな。まぁ、絶対に正しいとは言えん程度の、まさに仮説、想像に近い話じゃったが……二人は会えたんじゃろう? この子に。じゃったら、正しかったということじゃな……」


 まだ仮説の段階の話だったと言う事か。

 発表もされていないのかもしれない。

 そう言う話を聞けたことは、非常に運が良かっただろう。

 リリアも同じ結論に達したようで、


「だったら、グインおじいちゃんに話をきかなかったら、この子に会えなかったんだ……ありがとう、おじいちゃん。おじいちゃんのお陰だよ」


 プリムラの頭を撫でながら、リリアはそう言った。

 グインはリリアの言葉に、


「なんだか本当に孫が増えた気分じゃのう……いいんじゃよ、リリアお嬢ちゃん。せめてものお詫びになればの……ふむ? しかし……その氷虎グラスティーグルの子供は、随分と賢そうじゃのう?」


 何かプリムラに違和感を覚えたらしく、グインがそう尋ねた。

 俺とリリアは目を合わせる。

 グインにプリムラを従魔に出来たことについて報告したことには、理由が二つあった。

 一つは、情報を教えてくれたことに対する感謝を述べること。

 そしてもう一つは、プリムラの人化について、意見を聞くためだ。

 グインは魔物調教師モンスターテイマーズギルドの副組合長である。

 魔物についてリリアよりも遥かに詳しいだろうし、先ほどの話から他の誰も知らない情報を知っているかもしれないことも分かった。

 だから、彼にプリムラについて明かして、尋ねるべきだろう。

 人格も申し分ないのだ。


 リリアは深呼吸してから言った。


「あのね、グインおじいちゃん……」

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