第65話 謝罪
それから様々な素材をラルゴに見せて、何か作れないか、と尋ねてみたが、ラルゴはしばらく考える時間をくれと言った。
思いつくものはすでにいくつかないではないが、氷虎の毛皮については悩んでいる、という話だったので、俺とリリアはじゃあ、また後日来ると言うことにしてその日は宿に戻ることにしたのだった。
次の日、朝食の席で、
「今日も依頼を受けに、ってほど切羽詰まってるわけでもないし、今日はお休みにしたはいいけど……それにしても一日中宿で寝転がってるってのもちょっとあれだしね……どうしよっか?」
と、俺が尋ねるとリリアは、
「お金が手に入ったから、街を歩きたいかなぁ……。無駄遣いは出来ないけど、少し美味しいものとか食べたい。宿の食事もおいしいけど、おかしとか」
と女の子らしいことを言った。
依頼料に関しては、魔物を倒した数によって折半することにしたから、今のリリアは前とは違ってある程度お金を持っている。
俺に対して、せめてもの礼に、などと言いながら依頼料は全部受け取ってほしいとかリリアが言い始めたりしてひと悶着あったが、正直言って今の依頼料など好意っては何だが、はした金である。
それにリリアが倒した魔物の素材の売却益なのだから、働いた分、しっかり彼女に権利があるはずだ。
どうしても俺に礼がしたいというのなら、これからコツコツ強くなって、肩を並べて戦えるようになってほしい、と言ったところ、リリアはしぶしぶながらも引き下がり、頑張る、と最後に言ったのだった。
ちなみに、先ほどのリリアの提案について、俺としては特に予定は無く、何もすることもないことから賛成である。
問題は、果たして俺もついていっていいのか、という点だが、宿の朝ごはんを食べ終わった後、リリアが、
「じゃあユキト、いこっか」
と言ってくれたので安心したのだった。
そして俺達は立ち上がり、そのまま宿の入口に向かって歩き出したのだが、すれ違いで一人の男性が入ってきて、その男性が宿のカウンターにいる女将に話しかけた声がふと聞こえた。
「……こちらの宿にリリア=スフィアリーゼという者が宿泊しているはずだが、呼んでくれないか?」
それは間違いなく俺の隣でにこにこ笑みを浮かべながら、「ホットケーキっ。ホットケーキっ!」とリズムよく言っている少女の事である。
このまま聞かなかったことにして歩いていっても良かったのだが、
「はぁ……どちら様でしょうか?」
との女将の質問の後に男が、
「私は魔物調教師組合の者だ。呼び出し主は副組合長グイン=フォスカだと伝えてくれれば、分かると思うのだが……」
と言ったのでこれは無視すべきではないと悟り、俺はリリアの腕をがしりと掴んだ。
リリアは不思議そうに首を傾げ、
「……どうしたの、ユキト?」
と尋ねてきたので、俺は親指を立てて宿の中を示すと、
「呼び出しだよ。今日の外出は中止」
と言った。
リリアの表情が絶望に沈んだ。
◆◇◆◇◆
「おぉ……おぉ、二人とも来たか。いや、すまんのう。呼び立てして……」
あの魔物調教師組合の職員であるという男性に指定された場所であるカフェ"楽園"につくと、すぐに店員に二階奥の席に案内される。
そこは以前にもやってきた、ある老人――グイン=フォスカの指定席であった。
そのときと同じようにグインは隣に一匹の真っ白で優美な様子の猫を置き、撫でながらお茶を嗜んでいたのだが、俺とリリアを遠目に発見すると同時にわざわざ立ち上がって迎えてくれた。
「ぐ、ぐいん様……あの、私をお呼びだとお聞きしたのですが……私、なにかまずいことをしたでしょうか……?」
グインに席を勧められ、座った直後、リリアがそう尋ねる。
魔物調教師組合に対して、リリアが色々と思う所があるにしても、一応今でも所属しているのだ。
リリアにとって、グインは遥か雲の上の人であり、そんな人物から名指しで呼び出されて緊張しないわけがなかった。
しかし、グインはゆっくりと首を振り、
「いいや、いいや……そんなことはないぞ。むしろ、今回は謝罪をしようと思って呼んだのじゃよ。本来ならわしらが直接、リリアお嬢ちゃんのところを尋ねなければならなかったくらいじゃが……内容が内容なのでな。あまり目立つところで話は出来かねたのじゃよ。申し訳ない……」
そう言って頭を下げた。
偉い人に深く頭を下げられる、というその事態にリリアは慌てて手を顔の前でわちゃわちゃし始める。
それから、
「ちょ、ちょっとまってください! あの……私、そんな……」
などと言いいながらグインに頭を上げてもらおうとするが、グインは中々顔を上げようとはしなかった。
しかし、しばらくして、このままでは話が進められないと言う事は分かっていたのだろう。
ゆっくりと顔を上げたグインは、話を続けた。
「何度謝っても足りないことじゃと思うが……すまなかった。お嬢ちゃん。改めて聞くが……お主が魔物を譲られた、という講師の名はエミリオ=ルヴァーデン、じゃな?」
突然話が変わったように感じられたリリアだが、質問にはしっかりと答える。
「え……あ、はい。そうですけど……あの人がどうかしたんですか?」
「つい先日のことじゃが、あの者に対する組合審問が行われ、結果としてエミリオは魔物調教師組合を除籍、さらにいくつもの暴行や脅迫の罪で牢獄へと送られることとなったのじゃ。もしかしたらお嬢ちゃんのところに治安騎士団から詳しいことを尋ねに人が来ることがあるかもしれんが、それはそう言った事情のためじゃと分かってほしい。ここまで、いいじゃろうか?」
グインの話は、つまりリリアが極貧生活を送ることになった原因である講師エミリオ氏が組合を首になり、かつ犯罪をしていたとして捕まったということだ。
余程の悪人だったらしい。
もう捕まってしまったのにリリアのところに治安騎士団の者が来ていないのは、別件で既に牢獄送りにされてしまうような犯罪をいくつも犯しており、かつそれが事実と確認されたからだろう。
あとはこつこつ証拠が収集され、エミリオの罪がどんどん重くなっていく、という感じになるということだ。
「それじゃあ……やっぱり、私の最初の魔物契約は……」
「エミリオが故意にやったこと、と言う事じゃ。お嬢ちゃんは何一つとして悪くない。あんな男を、未来を担うべき新人の教育係にあてておったわしらの責任じゃ。誠に、すまんかったのう……」
そう言って、グインはまた、深く頭を下げた。
リリアは話を聞き、そしてグインのその姿を見て、思う所があったのだろう。
少し考えてから、頷いて、グインに頭を上げてもらった。
「……お話は分かりました。私が悪くなかったことが分かって、良かった……魔物調教師組合についても、これ以上、私の方から何か追及しようとは思いません。最後にはケチがついてしまいましたけど、あそこで同期のみんなと勉強してた時は楽しかったから……悪いことばかりじゃなかったから、いいんです」
グインはそんなリリアの言葉を救われたような面持ちで聞いていた。
リリアは続ける。
「ただ、一つ聞きたいことがあって……私が契約している、ということになっていた魔物は、どうなったのでしょうか?」
「エミリオの話によれば、そもそも野生の魔物を捕まえて連れてきただけじゃったようじゃな。契約のときにだけ、魔物の認識力を下げる魔術を使い、無理やり契約に同意させたようじゃが……意思が戻ると同時に心鎖が壊れるように魔法陣自体に細工しておったらしい。じゃから、お嬢ちゃんがどこかで逃がしたと言うのなら、野生に還った、ということじゃろうな……」
「そうですか……なら、良かった」
「良かった、とは……?」
「もしかしたら、証拠隠滅とかのために、ころされてしまったんじゃないかって不安だったんです。野生に還ったなら……まだいいかなって。短い間だったけど、一緒に戦ってくれたの。だから……」
思い入れがある、ということだろう。
リリアは本当にほっとしたような顔をしてそう言った。
グインは驚いたように目を見開いていたが、徐々に優しい表情になり、そしてリリアには聞こえないくらいに小さな声で呟いた。
「本当に……エミリオは見る目の無い奴じゃ。これほどに魔物を愛する者は、滅多にいないというのに……」