第64話 納得
「次はー、ラルゴさんのお店?」
査定も終わり、冒険者組合を出てロッドたちと別れた後、リリアがプリムラを抱えつつ、そう尋ねてきたので俺は頷く。
「そうだね。採ってきた素材で何か作ってもらえないか聞いてみようか」
主に氷虎の毛皮や牙などと、同じく雪山猫の素材、それからいくつかの魔石などである。
素材としてはそれほど珍しいというものでもないが、FランクGランク程度の冒険者が持ち込む素材としては破格だろう。
お金も期待した以上にもらえたし、これなら今度は正当な対価を払えそうだと思って喜んでラルゴの店に向かったのだった。
◆◇◆◇◆
「……ユキトに嬢ちゃんじゃねぇか。今日はどうした?」
店に入るとラルゴのそんな声が響いた。
今日はもう少しで日も暮れると言う微妙な時間帯の為か、客は一人もおらず、ラルゴも店の片づけをしている。
それを見て、俺は言う。
「……新しい素材が手に入ったから、何か作ってもらえないかなと思って相談に来たんだけど……明日にした方が良さそうだね。片付けてたところ申し訳なかった」
リリアと目を合わせて、帰ろうか、と無言で話し合ってそのまま踵を返そうとしたところ、
「いやいや、ちょっと待て! 別にいいっての。そりゃたしかに今日はもう店じまいするつもりだったが……そんな細かい商売してるわけじゃねぇんだ。融通は利くんだぜ」
とにやりと笑って言われたので、俺とリリアは微笑み返して店に居座ることにしたのだった。
「――で、新しい素材ってのは何だ? まだお前らはFランク以下だったから……緑小鬼とかの魔石とかか?」
場所を作業場の方に移して、温かなお茶をカップに注いでテーブルに置いたラルゴがそう尋ねる。
別に馬鹿にしてそう言っている訳ではなく、実際Fランク以下の冒険者が狩れるのはそれくらいの魔物であるし、緑小鬼の魔石もそう馬鹿にしたものではないからだ。
ラルゴくらいの腕があれば、それなりに性能の高い武具やアクセサリーを作ることは十分に可能なはずである。
そしてラルゴとしては、俺達がどんなものを持ってきたにしろ、何か作ってくれるつもりなのだろう。
いくら作れる、といっても緑小鬼の魔石くらいの素材の加工費は大した稼ぎにはならないので、腕のいい鍛冶師は断る場合も少なくないが、ラルゴは俺達に良くしてくれている。
その一環で、たとえ儲けが無いにしても付き合ってくれるつもりなのだ。
しかし、ありがたい話だが、今回俺たちが持ってきたのは緑小鬼などというしょぼい素材ではないのだ。
俺とリリアは、若干のドヤ顔でラルゴに対し、横に首を振り、言う。
「いや、いや……そんなものじゃあないさ。まぁ、まずは見てよ」
そうして、俺は収納袋から目当ての素材を引出し、端をリリアに持たせて、自分は反対側を持って広げて見せる。
「おいおい……こいつぁ、氷虎の毛皮じゃねぇか!? お前らどうやって……いや、倒したのか。ユキトがいるもんな……しかし、それでもよくやったもんだ……」
流石にラルゴは良く分かったもので、すぐに納得してそう言った。
さらに、毛皮をよく観察して、ラルゴは続けた。
「しかもこれは普通の氷虎じゃねぇな……大きさ、色つやも一級品だが……繁殖期の氷虎のものだ。厚みがあって、魔力の通りもいい」
その言葉に、俺もリリアも驚く。
まさにその通りのものであるが、しかし見ただけで分かるとは流石に思わなかったからだ。
「良く分かったね? 確かにその氷虎の毛皮は子育てをしていた氷虎のものだけど」
俺の言葉にラルゴは、
「まぁな。分からん奴には分からんだろうが……俺は師匠に聞いたことがあったからな。繁殖期の氷虎の素材はどれも扱い甲斐があるってよ。ただ、滅多に手に入るものじゃねぇ……だから初めてみるが……」
毛皮に触れながら、頷いたラルゴは言った。
「やはり、素晴らしいな。師匠の言ったことは嘘じゃなかったぜ。これは普通の氷虎とは別物だ……本当に良く倒せたな? 繁殖期の氷虎は本当に手を付けられねぇくらいにやべぇって聞くぜ? いくらお前でも準備もせずに挑んでいい相手じゃないと思うんだが」
確かに、ラルゴの言う通り、あの氷虎はやばかった。
強い、というのは勿論だが迫力が違ったと言っていい。
我が子を守る母としてのそれだったのだと言われれば納得できるような、命がけの何かを感じさせた。
倒せたのは運が良かったから、そして俺に魔女やAランク冒険者の技術が叩き込まれていたからに過ぎない。
「……正直、もともと俺達には氷虎と戦うつもりなんて無かったからね。俺たちが行った場所は≪錆の渓谷≫なんだ」
「なにぃ? あそこに氷虎なんていたのか?」
「いるとは思わなかったけど、実際にいたのは間違いないね。そこに証拠がある」
と俺は作業場の大きなテーブルの上に広げられた毛皮を指さした。
ラルゴは頷き、
「違いないが……お嬢ちゃんの方は大丈夫だったのか?」
リリアのへっぴり腰を以前見たことを思い出したのか、そんなことを尋ねてきた。
生きて帰ってきたからその意味で大丈夫だったのは間違いないが、それ以外にも怯えて使い物にならなくなったりしていないか、ということを聞いているのだろう。
これにはリリア自身が答える。
「はい! 大丈夫でしたよ~。ユキトがほとんどの魔物を倒してくれましたし、無事、従魔も手に入れることが出来ましたし、いいことづくめでした!」
「ほう、そいつぁ、よかったな!」
ラルゴがそう言ってリリアの頭をくしゃくしゃと撫でた。
ラルゴの大きく無骨な手で撫でられ、リリアは少し恥ずかしそうだったが、嬉しそうでもあった。
それから、ラルゴは少し考えるようにして、言う。
「……で、その従魔はどこだ……?」
普通、よほど巨大でない限りは従魔は魔物調教師の近くにいるものだ。
しかし、今はその姿は見えない。
だから疑問だったのだろう。
これには俺が答えた。
「リリアのリュックの中で寝てるよ。実はその従魔っていうのが、氷虎の子供でね……正直な話、その毛皮の主の子供なんだ」
俺の言葉に、ラルゴは顔を引き攣らせ、
「……また随分と……なんだ、鬼だな……」
と正直に感想を述べた。
親を殺して子供を仲間にする。
字面だけ見ても、現実を直視しても鬼としか言いようがない。
「しかし、なるほど。親の毛皮を見せないように配慮しているって事か?」
「そうだね。リリアは特に問題は無いって言うんだけど、俺の精神衛生的に……」
そう、意外にもこの問題について、リリアは特に問題は無いと言っている。
と言うのは、リリアが鬼畜であると言う訳ではなく、魔物の習性に基づく魔物調教師としての意見があるからだ。
「こういうことは魔物調教師の中では割とありふれてて……良くある話なんだよ。でも、問題にはならないの。なぜって、それは契約のときに既にお互いに納得済みだから……。魔法契約で、心鎖が出来るって話をしたと思うけど、あれで記憶なんかもある程度リンクしちゃうんだよ。だから、プリムラは私とユキトが親の仇だって理解したうえで、魔法契約を結んでくれたんだよ……」
と言う話を述べたときには俺も驚いた。
「だから、別にこうやってリュックに隠さなくても大丈夫なんだけど……ユキトがそうしてほしそうだからそうしてたんだ……」
つまり、気にしてるのは俺だけと言う訳だ。
本人もリリアももう納得済みであると。
「そういうことは早く言ってほしかったよ……」
俺のがっくりとした声が、作業場に響いた。