第62話 査定
「じゃあ、素材を出してもらえるかしら」
別室――つまりは素材鑑定用の部屋に入ると、ミネットはそう言った。
見れば、大きなテーブルが真ん中にあり、部屋の端にはいくつもの棚が存在している。
あのテーブルの上に素材を広げ、鑑定の終わったものは棚に片づけていく感じになるのだろう。
それから、俺とロッドは顔を見合わせる。
どっちが先がいいか、と思ったのだ。
「たぶんロッドたちの方が数が少ないだろうから、そっちが先でいいよ」
「そうか? じゃあお言葉に甘えるとするか……」
そう言って、ロッドたちはそれぞれが背負っているバッグから素材を色々と取り出す。
瓶に入っている水妖の体液と、緑小鬼の左耳がほとんどであり、数も予想した通りそれほど多くは無い。
ただ、Fランク冒険者が一度の遠出で持ち帰る平均的な素材の数よりは多目である。
やはり、若いとはいえ、ロッドたちはそれなりに優秀なのだろう。
ミネットも頷き、
「ええと……水妖の体液が十二瓶に、緑小鬼の左耳が七つね……あと、これは毒水妖の体液? そう言えば、フォーラは治癒術を使えるものね……これくらいの毒ならそれほどの危険はない、か……」
数を数えながら計算道具をかちりかちりといじり、そして計算がおわったらしく、
「こんなものでどう?」
と計算道具を示した。
そこには金額が表示されていて、Fランク冒険者の一日の稼ぎとしてはやはり、悪くないものであった。
特に不当に値段を吊り下げられていると言う事も無い。
個人的にどこかの店や欲しがっている者と交渉すれば値段は上がる余地はあるが、手間を考えるとここでまとめて引き取ってもらい、また依頼を受けるなりした方がずっと効率的だと感じるような絶妙な額だ。
したがって、俺がロッドたちなら断る理由はないだろう、と思っていると、やはりロッドたちも、
「……あぁ。それでいいぞ」
三人で顔を見合わせ、ロッドが代表してそう言った。
「じゃ、そういうことで。まいどあり……っと。じゃ、次はユキトくんたちね」
ロッドたちから受け取った素材を部屋にある棚に並べて一旦、テーブルを空にしてからミネットはそう言った。
俺達は頷き、収納袋から狩ってきた魔物達の素材を引き出していく。
それを見たミネットは、
「……収納袋なんて持ってたのね。いいの? そんなもの、私やロッドたちに見せても」
収納袋は貴重なものであり、場合によっては無理矢理奪おうとする不埒者を呼び込む疫病神にもなりうるものだ。
だからこその疑問だったのだろうが、俺はミネットの質問に答える。
「ミネットは冒険者組合職員だし、わざわざ問題になりそうな行動は起こさないと信じているからね。ロッドたちには――成り行き上、もう見せちゃっているから、今さらなんだ」
「成り行き上? そう言えばなんで知り合ったのか聞いてなかったけど、その関係かしら?」
「そんなところだね」
「ふーん……ま、いいわ。そのうち詳しく聞くとして、今は査定しましょう。水妖や毒水妖の体液、それに緑小鬼の左耳はロッドたちと同じね。ただ、数が多いけど。やっぱり収納袋があるといいわ……おっと、豚鬼の皮と左耳まであるのね……FとかGが相手になるような魔物じゃないんだけど、ま、ユキトくんだしね……」
と諦めたように言われてしまう。
確かに豚鬼は弱くは無い魔物だが、倒せたからと言ってそこまで規格外と言う訳ではない。
ベテランの冒険者にとってはむしろ日常茶飯事で戦っているような相手であるし、一匹二匹なら大したものではない、と俺は思うのだが、やはりたかがGランクが倒せるのは少しおかしいようだ。
「……豚鬼! ≪錆の渓谷≫の奥に行けば少しいるって聞いたが、本当なんだな。お前たちどれだけ深くまで行ったんだよ……」
ロッドが呆れたように、そして少しの尊敬の色が混じった瞳でそう言った。
「普通なら無謀って言われる……けど、実際に倒せてしまっているのだから何も言えない……」
フォーラががくりと肩を落とした。
「ま、あたしたちなら遠くから見つけると同時に逃げる相手よね……いつか倒せるようになりたいものだわ」
セレスの言葉に、リリアが返答する。
「私も倒せるようになりたいなぁ……ほとんどユキトが倒しちゃったから、私が戦ったのってせいぜい、緑小鬼と水妖くらいなんだ」
実際、強めの魔物は全部俺が相手をした。
リリアに悪い意味での冒険をさせる気はさらさらない。
安全に、ただしそれを意識させない程度にスリルとリスクを感じながら強くなってもらうつもりなのである。
今のところそれは成功している。
リリアの言葉にミネットが尋ねた。
「へぇ、その猫ちゃん、強いのね?」
その台詞は、リリアが魔物調教師であることから、リリアが倒したというのはつまりプリムラが倒したのだと言う意味だと理解したのだろう。
けれど実際は違っている。
リリアは嬉しそうに微笑みながら言った。
「それが! 違うんですよ。私、自分で倒したんですよー」
そして自分の腰に下げられた細剣と短剣を撫でた。
その台詞に目を見開いたミネット。
「……え!? リリアちゃんって戦えなかったじゃない!? だからいつもあんなにボロボロだったのに……」
「全部ユキトのお陰です! 私、強くなったんですよ~。……シュッシュ!」
掛け声とともにエア刺突を披露するリリア。
凛々しいが、どことなくドヤ顔で子供っぽい感じなのは仕方がないのかもしれない。
しかしミネットはそんなリリアを見て、何か納得したらしい。
「……本当みたいね。確かに身のこなしが前とは違うわ。こんな短期間でここまで変わるなんて……ユキトくんって指導者としても素質あり?」
と呟く。
「いいや……リリアが頑張ったからさ。確かにすごく弱っちかったけど、元々真面目で素直なんだ、リリアは。だからしっかり教えてやれば、教えてやった分、成長できるんだよ」
それは紛れもない本心であった。
他の誰かを同じように強く出来るのか、と言われれば全く同じようにはおそらくは難しいだろうと答えることになる。
実際、リリアは非常に素直で、俺の言う事をよく聞いた。
これは剣術自体も勿論だが、魔術の修行には最も重要なことだ。
あれは頭の中で何を考えているか、どういうものをイメージしているかがその成否を決めるものであるため、素直に師匠の言う事を受け取らない者は成長が極めて遅い。
その点、リリアは言われたら言われた通りにイメージできる、というところが良かった。
頭が空っぽではなく、人を疑う事を知らないというわけでもない、というのは魔物調教師組合に対する不信を抱いているところからも分かるが、一度信用した相手については非常に素直なのだ。
そういう意味合いを込めた俺の返答だったわけだが、どう勘違いしたのかミネットは少しばかり人の悪そうな笑みを浮かべて、
「へぇ……よく、知っているのねぇ。リリアちゃんのこと」
と言った。
何を言いたいのかは分からないではないが、俺とリリアはそう言う関係ではないのである。
だから、俺は言う。
「パーティメンバー……仲間だからね。お互いに良く知っていこうと思っているから、当然だよ」
全く動じない俺の態度に、ミネットはがっかりした様子だったが、俺に続いてリリアも、
「そうです! 仲間です!」
と嬉しそうに言うものだから毒気を抜かれたようだ。
「はいはい。分かったわよ。私が下世話なおばさんでしたー。……査定はこんなものでどう?」
すでに素材の査定は終わっていたらしく、両手を開いてから計算道具を示し、言った。
俺とリリアはそれを確認し、頷いて、素材を引き取ってもらったのだった。