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魔女の弟子の彷徨  作者: 丘/丘野 優
第1章 低級冒険者編
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第61話 帰還

「ついたぁ~」


 魔物馬車を降りると同時に、懐かしい城壁を見上げながらリリアがそう嘆息した。

 目の前にあるのはハルヴァーンの街である。

 一日も経っていないのに、なぜか既に懐かしいような感覚すら覚えるから不思議なものだ。

 リリアの声も、そう言った感覚から発したものなのかもしれない。

 それ以外にも、なんだか妙な疲れのようなものを彼女から感じないではないが。


 リリアの胸には、ぶらーんとした様子でプリムラが抱かれており、プリムラはハルヴァーンに何の感慨も無いからかあくびをして目に涙を浮かべている。

 こうして見るとただの猫だが、リリアが今回の旅で手に入れた立派な従魔なのである。

 ちなみに、街に入るに当たっては特別な検査などは必要ない。

 強いて言うなら、プリムラが誰かに損害を加えた場合に責任を求められる場合があるが、せいぜいそれくらいだ。

 ただ、隠して街の中に連れて行くよりは堂々と連れて行った方が街の治安を守る兵士などに印象が良いので、隠さずにつれていく、というだけである。


「ふぅ、やっとついたな。何だか長く感じたぜ」


「そう? 私たちはあっという間だったけど」


「リリアと話すのは楽しかった……」


 リリアと俺に続き、ロッド、セレス、フォーラの順で魔物馬車から降りてきた。

 女性陣二人はリリアとの会話が弾んだからか、ハルヴァーンまでの道のりを長く感じなかったらしい。

 確かに女性陣は馬車の中でも楽しそうだったから、分からないでもない。


 ハルヴァーンの東門に辿り着き、そこで兵士たちと二、三言のやり取りを経て街に入っても問題ない旨が確認される。

 リリアは特に氷虎グラスティーグルの幼生であることは告げなかったが、申請する義務のあるものでもないし、問題は無かった。


「じゃあ、冒険者組合ギルドに向かうか……」


 ロッドがそう言ったので、俺も頷く。


「あぁ、そうだね。俺達も行くよ」


 俺達も、そしてロッドたちにも、≪錆の渓谷≫で得た素材がいくつかある。

 それらを冒険者組合ギルドに売却して利益を得るのは冒険者の代表的な金銭獲得手段の一つであることから、依頼などから帰ってきた冒険者が街についてまず行く場所は冒険者組合ギルドということになる。

 ただ、今回は依頼を受けてはいないのだが、ロッドも、それに俺たちも依頼をどうこうというのではなく、素材を収めに行こうとしているのだ。

 単純に素材を売却するだけなら、別に依頼を受けている必要はないので、ふらりと行っても問題は無い。

 ただし、特定の素材の獲得を求める依頼があれば、依頼料もついでにもらえる場合もある。


 ロッドたちは≪錆の渓谷≫で水妖スライム緑小鬼ゴブリンを倒し、その素材を得ていたので、それを売ろうと言うのだろう。

 緑小鬼ゴブリンはともかく、水妖スライムの体液は錬金術や調薬の素材として重宝されるため、需要が尽きることがなく、Fランク冒険者にとっては重要な魔物であった。

 緑小鬼ゴブリンについては素材そのもの、というよりも邪まな個体が増加することによって、いずれ徒党を組み、大規模な集団になることを避けるために継続的に国から依頼が出ており、特定の部位――左耳を削ぎ取って冒険者組合ギルドに収めるとそれで依頼料がもらえる。

 そのため、緑小鬼ゴブリン水妖スライムは低ランクの冒険者にとっては飯のタネ、というわけである。


 俺達は緑小鬼ゴブリンと通常の水妖スライムの他に毒水妖ポイズンスライム豚鬼オークなども倒している。

 さらに、氷虎グラスティーグル雪山猫スノウ・リンクスの素材もある。

 全てを売却すれば通常のFランク冒険者ならば一週間かかっても手に入れるのは難しいくらいの金銭が一日で手に入ることになるが、しかしそれをする気は俺達には無かった。

 緑小鬼ゴブリン毒水妖ポイズンスライムなどはともかく、氷虎グラスティーグル雪山猫スノウ・リンクスの素材についてはゴドーかフローラ辺りに渡して何か作ってもらおうと考えているのだ。

 だから売るのは一部だけのつもりである。


「――あら。ユキトくんとリリアちゃんじゃない。どうしたの?」


 純粋な疑問、と言った感じで二人に声をかけたのは、冒険者組合ギルドの女性職員ミネットである。

 以前のように子供がどうしたという風ではなく、依頼も受けていないのにこの時間帯にここにいる、というのが不思議だったのだろう。

 今から依頼を受けるというのは時間帯的に考えにくいというのもある。

 夜でなければ出来ない特殊な依頼、というのもそれなりにあるが、そういうものは朝に受けて夕方には出発する、という段取りになるのが多いのであって、夕方に依頼を受けにくると言うのはあまりない。


「ミネットさん! 私、従魔を得ることが出来ました!」


 俺が答える前に、リリアがそう言ってプリムラをミネットに見せた。

 それを見たミネットは、


「あらあら……可愛い子ね。――猫かしら?」


 と冗談を飛ばす。

 リリアはそんなミネットに少しばかり頬を膨らませつつ、


「ちがいますよう。ちゃんと魔物です!」


 と主張する。

 ミネットはリリアの様子に苦笑し、


「分かってるわよ……冗談。けど、私は魔物調教師モンスターテイマーほど魔物に精通はしていないけど、それって多分、何かの子どもよね? 猫系の魔物の子って珍しいから……何の魔物か判別がつかないわ。本当にただの蒼い猫に見えるもの」


 確かに、ミネットの言う通りで、プリムラが氷虎グラスティーグルの子どもであると理解した上で見ればまさにそうだろうと感じるのだが、何も言われずに見せられればちょっと綺麗な猫にしか見えない。

 大きさもそんなものだし、親と比べると顔立ちもどちらかと言えば猫寄りなのだ。

 まだ子供だからか、そういう顔に生まれたのか。


「何の魔物なのかは、まだ内緒ですよ。でも、きっと強くなります!」


 とリリアが胸を張ったので、ミネットは訝しげに彼女を見た後、俺に目くばせしたので答えた。


「――色々事情があるんだ。とりあえず、この魔物を得られたのはグイン=フォスカ老のお陰だから、彼に話をしようと思ってる」


 グインの名前にミネットは少し目を瞠る。


「へぇ、あの方の紹介なのね。なら、きっとその子はいい魔物なのね……」


「知ってるの?」


「もちろんよ。うちの組合長ギルドマスターとは違って人格者でいらっしゃるし、実力もあるわ。本来ならあの方を組合長ギルドマスターにという声もあったくらいよ。でも、色々あってあの人――ノエルになったのね」


 忌々しそうな表情でそんなことを言っているが、声は優しげである。

 本当に嫌がっている訳では当然ないだろう。


「そう言えば、ノエルは今どうしてるの?」


「書類仕事に缶詰めになってるわ。しっかり執務室の前に見張りを立てているから逃げられないわよ。窓の外にもね」


「……鬼だね」


 そう言うと、ミネットは、


「自分の興味のために必要以上に組合を留守にしたあの人が悪いのよ……ま、それはいいでしょう。今日はまさかリリアちゃんの従魔を自慢しに来たわけじゃないでしょう? 何の用事?」


「あぁ、従魔捕獲のついでに魔物をいくつか倒してきたから、その素材を収めに来たんだ。あと、知り合いが出来たんだけど、こっちも同じ用事で……」


 俺たちがミネットと話している間、所在無げにしていた三人を示しながら言う。

 ミネットはそれに気づき、


「――あら。ロッドたちじゃない」


 その声に、ロッドたちは頭を下げた。


「知り合い?」


 俺が尋ねると、ミネットは言う。


「知り合いも何も、登録から私が担当してたのよ。冒険者組合ギルドでは一番長い付き合いになるわ。それでも半年くらいだけど……」


 俺を始め、子供の新人とばかり縁があるのだろうか。

 そんな気持ちが表情に出ていたのだろう。

 ミネットは言った。


「子供は貴方とロッドたちだけよ。それに私、あんまり受付にいないから……たまたまね。そのたまたま登録に付き合った子たちが知りあうなんて、世間は狭いわ」


 実際狭いだろう。

 ハルヴァーンの中で、同じ冒険者組合ギルドという組織に所属している年の近い者同士なのだ。

 いずれ出会っていただろうことは間違いない。

 ただ、ロッドたちはしばらくすればこの街を去る予定なので、それを考えれば顔も合わせずに終わった可能性もある。

 だとすれば、一種の運命、と言える部分がないではないのかもしれない。


「ま、雑談はこれくらいにしましょうか……それで、素材の売却ね? 別室があるから、そちらに案内するわ。別々がいいならそうするけど……」


「俺達はどっちでもいいよ。ロッドたちは?」


「あぁ……俺達も一緒で構わないぜ。ユキト達が何を倒して来たのか少し興味があるしな。良ければ見学させてほしい」


 そう言ったので、一緒に行うことになった。

 ちなみに、受付で狩ってきた魔物の素材を広げられると場合によっては血だらけになったり酷い匂いが広がったりする。

 それを考えて、冒険者組合ギルドでの素材納入は別に設けられた部屋で行われるのだ。

 何部屋かあり、そこには常に冒険者が行き来していて、盛況である。


「じゃ、行きましょうか」


 ミネットが自分の担当していた受付に≪隣の受付にお回りください≫と書かれたプレートを置き、俺達を先導した。

 俺達の後ろに並んでいた冒険者たちが怨嗟の声を上げたが、あえてそれを聞かなかったふりをしながらミネットについていく。

 並んでいた冒険者はその殆どが男性で、ミネットはどうも、そういう人気があるらしかった。

 その場を去る時、さらりと彼らに笑顔で手を振るミネットの姿は確かに印象が良く、惚れられるのも分かる気がしたが、まるで誰かに靡きそうな感じには見えない。


 ――これは難攻不落だな。


 そう思ったが俺は口には出さず、黙ってミネットの後ろに続いたのだった。

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