第60話 相談に見せかけて
「じゃあ、しばらくしたらバトスに行く予定なんだ?」
ハルヴァーンへの帰りの魔物馬車で、俺はロッドにそう尋ねた。
バトス、というのは迷宮都市ハルヴァーンの周囲に存在する衛星都市群の一つであり、初心者向けと言われる迷宮が周囲に点在するハルヴァーンより小規模な街の事である。
こう言った街がハルヴァーンの周囲には結構な数あり、それはハルヴァーンの周囲には他の地域に比べて異常と言ってもいいくらいに迷宮が多いことに起因する。
だからこそ、ハルヴァーンは迷宮都市、と呼ばれるのである。
役割としては、ハブ空港に近いだろう。
ある程度以上ランクが上がれば、ハルヴァーンに拠点を持って依頼毎遠出するのがこの辺りの冒険者の基本なのだが、そうではないうちは、各々実力にあった迷宮の多くある衛星都市でお金を蓄え、実力をつける、というのが最も多くの者がとる選択になる。
俺とリリアはそれをするつもりはないが、ロッドたちはその基本に従って、ある程度装備が整ったらハルヴァーンを一時離れるつもりらしい。
せっかく知り合ったのに寂しいことだが、いつか実力者に、と夢見る冒険者の道を遮ることは誰にも許されていない。
それに、遠出と言ってもそれこそ魔物馬車が蜘蛛の巣のように走っているのだ。
会おうと思えばいつでも会えるし、武具の新調や単純に遊ぶためにハルヴァーンに来ることはあるだろう。
それを考えればそれほど深刻な話でもなかった。
「あぁ。あの街の周りはFランク向けの迷宮が多いからな。バトスにいる冒険者のほとんどがFランクのはずだ。ま、そうは言っても迷宮も奥の方に行けばFランクじゃどうにもならなくなってくるらしいが、浅層を歩く手間を考えるとFより上の冒険者にとっては時間の浪費だしな」
「確かにそう言った冒険者はわざわざバトスに行くよりも、他の街に行くことを選ぶだろうね。ただ、大丈夫なのかな? バトスは今、結構治安が悪いって聞くけど」
ハルヴァーンのようにしっかりと各組合が機能していたり、様々なランクの冒険者がバランスよく存在している場合、街の治安は悪化しにくいのだが、そうではない土地、たとえばバトスのように街の中の冒険者のランクがほとんど同じというような場合には治安が悪化しやすいらしいと聞いたことがある。
それは、冒険者たちの力がほとんど同程度なため、中から一人、強力な力を持つ者が現れると独裁に近いような傍若無人さを見せることが多々あるからだ。
現在、バトスはそのような状況に近いところにあり、あまり平和ではないらしい。
しかし、冒険者は基本的に自由なものだ。
組合もあまり干渉しないというのが基本になっていて、そう言った治安の悪化についてはさほど対応はしないようなのである。
結果として野放しになりやすいらしく、自主的な解決に期待するしかないらしいのだが、そのような場所にロッドたちが行くのは危険ではないだろうか。
ロッドはいいとしても、彼の連れの二人は比較的顔立ちの整っている少女なのである。
危険も増すだろう。
そんな俺の心配にロッドは言った。
「確かに治安は悪いって聞くけど、それでもせいぜい素行の悪い冒険者が数人いるって言う程度のはずだ。まさか本当に独裁者がいるってわけじゃないしな。あまりやりすぎると流石の冒険者組合も動かざるを得ないだろ?」
それはその通りで、街に迷惑をかけるを通り越して、法など何もないような振る舞いをした場合には相応の報いが当然用意されている。
自治都市、と言っても法が存在しないわけではないのである。
最低限の倫理と言うのは保たれるものなのだ。
「まぁ、そうなんだけど……なんだかロッドたちを見てると心配でね。今日みたいなことがまた起こらないとも限らないし、変なことに首を突っ込まないように気をつけなよ?」
そういう失敗をやらかしそうな雰囲気が、彼らにはあるのだ。
今日だって、相手が俺達でなければ間違いなく失敗だっただろう。
だからこその忠告だった。
ロッドはその言葉に笑い、
「はは。流石に俺も今日で反省したからな。気を付けるぜ……しかし、ユキトの言葉はすんなり心に入ってくるな。まるで本当の兄貴に言われてるような気分だ……年下のはずなのにな」
と、妙に鋭いことを言った。
実際、見た目はともかく生きてきた年数を考えれば俺の方が年上だ。
しかしだからと言って兄貴風を吹かせたいわけではなかったので、俺は否定する。
「いやいや、間違いなく俺が年下だから。見れば分かるだろ?」
「まぁなぁ……そうなんだけどな」
訝しげな目で俺をじろじろ見た後、ロッドは微笑んだので、俺も笑い返したのだった。
◆◇◆◇◆
馬車の中、ロッドたちから少し離れた位置で、リリアたちは会話していた。
なぜそんな位置取りなのかと言えば、リリアが望んだわけではなく、他の二人が馬車に入る時に引っ張って奥の方に陣取ったからだ。
そして、ユキトとロッドには少し離れて、と命じた。
理由を尋ねられれば、二人は、ロッドたちに男同士の会話があるように、自分たちにも女の子同士の会話と言うものがあるからだと強弁して黙らせた。
リリアはユキトの隣に座りたかったのだが、二人がそこまで望むなら仕方がないと、ユキトに目で謝りつつ、二人に従う。
目のあったユキトは仕方なさそうに笑って、いっておいでと目で告げてくれた。
こういう、さりげない気遣いにユキトに守られている、とリリアは感じ、なんとなく頼ってしまうのだが、自分の方が年上なのに申し訳ないなと思いつつ、リリアは馬車の奥の指示された位置に座った。
「……で、リリアはユキトくんとどういう関係なの?」
単刀直入、というのはこういうことか、というほどばっさりと言い切ったのは茶髪の盗賊兼妖術師ことセレスである。
しかしリリアはそれが一体どういう意味合いの質問か捉えかね、首を傾げつつも端的な事実を口にした。
「どういう、って……パーティメンバーだよ? 仲間なの」
しかしその答えはセレスにも、そしてその隣に座る白髪の治癒術師フォーラにも不服なものらしい。
二人は顔を見合わせ、首を振ってから再度尋ねてきた。
今度はフォーラだ。
「……そうじゃない。そうじゃなくて……私たちが聞きたいのは、二人は恋人同士なのか、ということ」
突然、恋人、という言葉が出てきたことにリリアは傾げていた首の角度をさらに深くし、それから何ともない様子で返答した。
「違うよ? それに恋人なんて、大人がなるものだよ。私もユキトもまだそんな年じゃないよ……」
ユキトの年齢は十歳だし、リリアもまだ十二である。
恋人、というのはリリアからすればもっとずっとお姉さんが作るもの――たとえば、目の前の二人くらいの年になって初めて考えるものであって、今の自分たちに関わり合いのあるものではないという感覚だったからこその答えだった。
そんなリリアの心情を読み取ったのか、二人は呆れたような顔をする。
そしてセレスが言った。
「……リリアって、なんだかすごく純粋な感じがしたけど……もしかして、凄い田舎育ちとか?」
続けてフォーラも、
「実際に恋人を作るかどうかはともかく、今時、恋愛について考え始めるのはリリアくらいの年なら当たり前。どんなに興味のないそぶりをしていても、ここまで無関心では中々いられない……」
と驚いた様子であった。
リリアはそんな二人の反応にびっくりして、尋ねる。
「そ、そうなの? でもユキトもそんなこと考えてないと思うよ? いつも優しいけど……」
恋に目覚めた男は、なりふり構わないものだとリリアは祖母に教えられてきた。
それこそ、どんな手段を使っても“ものにしようとする”ものだから、気をつけなければならない、と。
だから女は本当に好きな男が出来るまでは、あまり華美な格好はせず、地味にしておく必要があるのだと。
けれど、ユキトからそういうものを感じたことは一度も無い。
故郷にいたときも、そしてハルヴァーンに来てからも、男の人からそういう目で見られている、と思ったことは何度となくあるが、ユキトにはそういう視線が一切ないのである。
だからその感覚は確信に近かった。
けれど、フォーラ達にはそれが理解できないようで、別の解釈を始める。
「いえ、いつも優しいのはリリアのことが好きだから、よ。確かになりふり構わないような男の人もたくさんいるけど……ユキトくんはそういうタイプじゃないわね。きっと」
「ユキト、好きな人は遠くから見守ってそうな感じがする……きっとリリアは、その見守られている対象」
あさっての方向の解釈に、リリアは慌てて首を振った。
「えぇ!? ちがう、ちがうよ! ユキトは……なんていうか……」
リリアにとって、ユキトが自分に恋心を持っていないことは明確な事実だった。
そんなことは、これだけ一緒にいれば分かる。
しかしこの感覚を言葉にするのは難しく、何とも説明に窮した。
それを二人はどう理解したのか、いつのまにか、ユキトはリリアが好きで、リリアもユキトが好きだが、しかし二人とも子供過ぎてまだ自分の想いを自覚していない、という結論になってしまった。
リリアはそれに非常に困り、なんとか誤解を解こうとした。
たとえリリアがユキトを好きであっても、その逆はありえないのだから。
だけど、弁解の機会は与えられず、話はセレスとフォーラのロッドに対する想いについてに移っていった。
聞いてみれば、どうやら彼女たちは始めからそれが話したかったらしく、リリアとユキトの関係を聞いたのも、そのためのとっかかりとして、だったようである。
リリアはそれに何となくほっとした。
なぜほっとしたのか、と聞かれると難しいところだが、自分たちの関係はあまり言葉にすべきところにはまだない、と思っているからかもしれない。
いつか、セレスとフォーラのように、はっきりとすることもあるだろう。
そのときまでは……。
リリアはそう思って、二人の話を聞くことにしたのだった。