第6話 目利き
Bランク冒険者であるらしいゴドーと迷宮都市を歩く。
彼の見た目は筋骨隆々な大男である。これから依頼を受ける予定だったために今の格好は頑丈そうな鉄鎧を身に纏って背中に大剣を下げている格好で、歴戦の剣士を思わせた。
ただ、そうであるとしても、Bランクまでの実力があるとはさすがに思ってはいなかったので驚いた。
一般的に冒険者はCランクに至ればベテランとされ、通常の依頼ならこのレベルの冒険者に依頼すればほぼ達成されるとされている。
それ以上は特殊なものやかなり困難な依頼をこなせる、ほぼ人を辞めたような化け物の類であると言われており、俺の横を歩いている大男がそこまでの人物だとはさすがに予想できなかったのだ。
「……なんだよ?」
「いや……Bランク冒険者、には見えないと思ってさ」
正直にそう告げると、ゴドーは笑った。
「なるほどな。まぁしかし、Bランク冒険者なんてもの意外にその辺にいるもんだぜ。B以上になってくると、変わり者も多いしな」
「ゴドーもそうなの?」
「どうだろうなぁ……まぁ、こんな真っ昼間に冒険者組合に行って、適当な依頼を受けて酒でも飲むかと思ってるときにふと見つけたガキの買い物の付き添いをしようかなんて考える奴は、変わってないとは言えないんじゃねぇか?」
くくっ、と笑って俺を見つめる瞳に少しからかいの色が混じっている。
まぁ、言われてみればその通りだなと頷いて、俺は言った。
「違いないね。そのランクに見合った依頼とか受けようとは思わなかったの?」
なんでこんな質問になったかと言えば、ゴドーは"適当な依頼で酒を飲もう"としていたらしいからだ。
Bランク以上の依頼は通常、それこそ何日がかりの大がかりなものが少なくない。日帰りのものもあるが、それで得られる賃金は酒どころか家が建つような金額であることも多い。
そのため、酒を飲むくらいの少額を得ようとしているゴドーが受けようとしている依頼は、必然、低ランクの簡単で時間のかからないものになる。
俺の質問にゴドーは歩きながら答えた。
「まぁ……ついこの間、でかい依頼をこなしたばっかりだからな。今はそんな気分じゃねぇし……俺はあんまり勤勉な冒険者じゃねぇ。その日暮らしで生きてるのさ。大体、こんな天気のいい日に化物共と戦うなんて勿体ねぇだろうが」
その言いぐさに、ぷっ、と笑いが出てしまう。
確かに空を見上げてみれば、そこには雲一つない快晴があった。
「あ、おい。笑いやがったな……この。……へっ。まぁ、そんなわけでよ。今日は薬草採取でもして……湖でちょろっと泳いできて、それから夜はその報酬で酒でも飲もうと思ってたんだ。ところが、冒険者組合の依頼掲示板の前で変なガキがいやがる。話を聞いてみればこれまた変な話で……しかも懐かしい名前を聞くじゃねぇか。面白そうな気がしてよ。で、今はお前と一緒に武具探しに歩いてるってわけだ。変な話だろ?」
薬草採取はそれこそ下から二番目のランクであるFランク冒険者がするような依頼である。Bランクがやるようなものではないのに、ゴドーはそれをやるつもりだったという。
しかし、それにしても口調の割に楽しそうなのがまた面白い。
しかしこの男はずいぶんと奇矯な男らしい。
自分でも言っていたように、確かにBランク以上の冒険者というのは変わり者が多いのかもしれない。
とは言っても、俺が知っているBランク以上は、両親を除けば今のところこの男一人だけだが。
「ついこないだのでかい依頼って、どんなの?」
先ほど出てきたその台詞が気になり、俺は質問した。
Bランクの依頼というのがどういうものか、気になったのだ。
俺が知っているのは一般人でも知っている簡単な冒険者の常識だけで、詳しいことや細かいことは知らないから。
「あぁ……ここから南の方に行ったところに、ファミール墓所っていう迷宮があるんだけどよ。そこの深部に現れたらしい特殊個体の討伐依頼を受けてな。冒険者組合で同じ依頼を受けようと顔をつき合わせた奴らで野良パーティ組んで倒しに行ったんだよ」
「野良パーティ?」
その言葉は初めて聞く。
「あぁ……しらねぇか。野良パーティってのはだな。色々意味はあるが……この場合は臨時パーティってことだな。迷宮で別の冒険者と出会ったときに、組んだりするのも野良パーティだし、あらかじめその一回の依頼の為だけに組むパーティも野良パーティって言うんだよ。どっちかってぇと、外――街の外で出会った奴らがその場限りで組むパーティのことを言うんだが、意味が広がってな。臨時パーティって意味で使うようになった言葉だ」
「へぇ……ゴドーは物知りなんだね」
「こんなの常識だぜ。お前も冒険者やってくつもりならしっかり覚えとけよ。そのうちお前も野良パーティ組んだりするようになるぜ。仲いい奴らと常設パーティ組むのも楽しいけどよ、野良は野良で楽しいもんだぜ。知らない話を聞けるのも大体野良だしよ……おっと、ついたみたいだぜ」
一件の店の前で、ゴドーがそう言って顔を上げた。
そこには店の看板が出ていて、"ラルゴの店"と無愛想に書かれている。
おそらく、ラルゴ、というのが店主の名前なのだろう。
それ以外の情報など必要ないと言う店主の頑固さがそこに現れているような気がした。
そんな俺の感情を読みとったのか、ゴドーが俺の方を叩いて言う。
「心配すんな……まぁ、確かにラルゴのおやっさんはちょっとあれだが……慣れると味があるぜ?」
「それはフォローになってないよ、ゴドー……」
「はっはっは! まぁ、いいじゃねぇか。入るぜ」
そう言ってゴドーは足早に店内に消えていく。
俺も後を追った。
店の中に入ると、そこには熱気が満ちていた。
どうやら、ここは鍛冶屋らしい。
カン、カンと鉄を叩く音が聞こえ、店のカウンターの奥を覗くと広い作業場の中で赤く溶けた鉄が少しだけ見えた。
「おい、おやっさん! ラルゴのおやっさん!! いるか!! 客が来てやったぜ!!」
ゴドーがその巨体に見合った大声で馴れ馴れしくそう告げると、
「ちょっと待ってろ!! 今手が放せねぇ!!」
と、ゴドーの声を超える特大の怒声が店内から帰ってきて、鼓膜をびりびりと揺らした。
「おう! 分かった!」
ゴドーがそう返すが、もう声は返ってこない。
おそらく言うべき事は言い終えたからだろう。
商売する気があるのか疑問のその店の対応に、俺は前世の商店の過剰なサービスとの違いを感じて微妙な気分になった。
まぁ、この世界ではこういうのもありなのだろうし、慣れると楽でいいかもしれないとも思ったが。
ゴドーは振り返って言う。
「じゃ、少し待ってるか。おやっさんは一回鍛冶に手をつけるとしばらく現実に帰ってこねぇからな……一時間は待つが、我慢しろよ?」
「結構長いね……まぁ、いいか。ここには面白いものがいろいろありそうだ」
そう言って見回すと、店内に様々並んだ商品の数々が見えた。
ラルゴという鍛冶師が売ったのだろう刀剣や防具の類が所狭しと陳列されていて、それだけでも圧巻だ。
魔法銀に、木目鉄、亜竜の鱗など、ぱっと見るだけで誰でも知っている希少な素材で作られた最高級の品であることが分かる品物もあれば、一般的な鉄や低級魔物の皮革など初心者でも手の届きそうな材料が元になっている品物もあり、この店の店主が幅広い素材を扱えることがよく分かる。
しかもそのどれもがかなり品質がいいものに見え、店主の腕の良さが理解できるものだった。
「やっぱりお前は初心者離れしてるんだな?」
商品を見る俺の目に何か感じるものがあったのか、ゴドーがそうつぶやいた。
「どうして?」
そう尋ねると、ゴドーは笑って答えた。
「武具の出来に感心してるように見えるからな。お前みたいなガキにこの店を案内してそんな顔されるのは珍しいぜ。普通は、大半がこっちの高い素材の武具だけ見てこういうのがほしいって言うだけだからな」
高級な素材が使われた武具の置いてある区画を指し示してゴドーはそう言った。
「俺だって、そういうのがほしいよ?」
「いや、そりゃそうだろうが……低級魔物を素材にした武具も満遍なく眺めてたろ。そういうの、見る奴少ねぇんだ……初心者にとって大事なのは、安い素材でどれだけいい武具を作ってくれるかなのによ。誰も彼もはじめは大体、使い捨てする気でいるからそういうものを見る奴は少ねぇ」
「ははぁ……なるほどね」
俺はゴドーの言葉に頷く。
確かに、いい武具があればそちらに目がいってしまって、自分の使うはずの武具の選択が疎かになる者はいるだろう。
良い武具は、見ているだけで楽しく、人の物欲というものを強く刺激するのだから。
ゴドーは続けた。
「だけど、お前は違うだろ?」
そんな断定するような口調のゴドーに俺は首を振る。
「買いかぶり過ぎだと思うんだけどな」
「じゃあ、聞くが、そうだな。銀貨五十枚渡されたら、この中でどの武具をお前は選ぶ?」
そう聞かれて、俺は店内に並んだ武具を眺める。
値札は張られていないから、目利きしてみろということなのだろう。
時間はあるから、こういう遊びも面白い。
「制限時間は?」
「特にないが……おやっさんが来るまでに選んでおけよ」
そのための暇つぶしということだろう。
「分かった、手にとって見てもいいのかな?」
「おやっさんはその辺り、口うるさくないぜ。俺もいつもじっくり眺めさせてもらってる。手にとってな……あぁ、当然だが、丁寧に扱えよ」
俺は頷いて、武具を選び始めた。
武具の一つ一つを手にとって矯めつ眇めつ検討する。
もちろん、絶対に傷つけたりしないように細心の注意を払って。
そうして、どのくらいの時間が過ぎただろう。
俺は鉄のロングソード一本と、低級魔物の皮を使ったレザーアーマー、同種のガントレットとグリーヴを選んで、ゴドーに示した。
「……それで決定か?」
顎をさすりながら俺の選んだ品々を見つめるゴドーの目は意外なほど鋭い。面白がっている色も感じるのだが、真剣そうでもある。なんとなく、冗談を言うような雰囲気ではない。
俺は頷いて言う。
「あぁ。決定だよ」
「……盾を選ばないのは何でだ?」
「それは俺の戦い方の問題なんだけど、盾を使わない主義なんだ」
父に学んだ戦い方は、基本的に全てを剣一本で担うやり方である。
攻撃も防御も、使うのは剣一つ。
ゴドーは俺の言葉を聞いて、頷く。
「そうか……お前はモラードの弟子だもんな。そうなるか……分かった」
そう言ってうんうんと頷くゴドーに俺は聞いてみる。
「合格かな?」
「……どうだろうな。……おい、どうだ、おやっさん?」
そう言って、ゴドーは俺の背中辺りに向かって声をかけた。
俺が驚いて振り向くと、そこにはむっつりと押し黙りながら太い腕を組む、ドワーフの壮年の男が立っていた。
身長は低いが、圧力が半端ではない。
この男が、この店の店主たるラルゴなのだろう。
その手は固そうでありながらも実に器用そうであり、確かにその手には鍛冶師としての長年の経験が蓄積しているように思われた。
そんな男がゴドーの言葉にゆっくりと頷き、
「……合格だ。久々に面白そうな奴をつれてきたじゃねぇか、ゴドー」
と言って俺に笑いかけた。
鬼か熊が笑ったかのようなその顔に、俺は何か本能的な恐怖を感じだのだった。