第58話 出自
少女二人の話はその表情から感じられる熱の入りようからして面倒くさそうな匂いがぷんぷんと感じられたのでリリアに丸投げすることにする。
「……リリア。俺は男同士ロッドと話してるから、二人と色々話すといい。一応、冒険者としては先輩になるんだし、色々と聞いておくと助かるかもよ」
理由は適当である。
ただ、とっさに言った割には意外と説得力に満ち溢れていたので、自分のアドリブ能力の高さを心の中で自画自賛しながら俺はロッドに近づいた。
「と言う訳で、色々話そうか?」
「え? お、おう……」
唐突に近づいてきた俺に、ロッドは少し面食らったようだが、先ほどリリアに言った台詞からして、自分も冒険者の先輩として頼られていると感じたらしい。
満更でもない表情で話に応じてくれた。
ロッドの身長は俺より高く、170を超えたくらいである。
対して俺は、140くらいと小さ目で、結構な身長差だが、話しにくいと言うほどではない。
ロッドも連れの一人、白髪の少女の身長がそれくらいだからか、慣れているような感じであった。
「ロッドはあの二人とパーティ組んで長いの? 随分仲がいいみたいだけど」
Fランクで15歳だ。
彼らのパーティに大して歴史はないだろうと分かってはいたが、とっかかりというのは重要である。
俺の質問に、ロッドは答えた。
「いや、まだ冒険者になって半年も経ってないからな……仲がいいのは、俺もあいつらも同郷の――ハルヴァーン近くの森の奥にある、サルーって村の出身だからだ。ほとんど自給自足の小さな村さ」
「へぇ? だとしたら意外だね」
俺は素直な驚きを口にする。
ロッドは首を傾げた。
「何がだよ?」
「だって、そんな村の出身者だったら普通は農民になるものでしょ? それに、ロッドは正統な剣術を、フォーラとセレスは魔術を修めてる。それなりの大きさの街の子どもだってそんなものを身に付けられるのはそこそこお金がないと難しい。そうじゃない?」
俺の言葉に、ロッドは納得したように頷き、それから懐かしそうな顔で語り出した。
「――あぁ。確かにそうだな。だけど、俺もあいつらも、随分運が良かった。たとえば、俺の剣術は、たまたま村に来た冒険者が気まぐれで教えてくれたものさ。普通なら金をとるものだろうが、その冒険者は気前が良くてな。まぁ、村には何も無かったから、暇つぶしを探してたって事もあるんだろうが……それなりに形になるまで修行に付き合ってくれたのさ」
「その冒険者は、依頼で?」
「あぁ。どうも近くに少し強力な魔物が出没してたらしくてな。村の大人たちが金を集めて依頼したらしい。それで来たのがその冒険者だった――確かCランクって言ってたから、結構な金額がかかっただろうな」
Cと言えば、以前、星鳥の群生地を確認しに行くと言っていたダークエルフのミリーと同じだ。
あのレベルの冒険者を呼ぶ、ということはその辺の村に出現するにしては相当強力な魔物が現れたのだろうと想像がつく。
そして依頼料もかなりのものだっただろう、ということも。
通常、そう言った村を襲うような魔物はもっと低級の、それこそ緑小鬼クラスの魔物であることが多い。
人は昔からそう言った場所を選んで住処を形成した来たからだ。
だから、強力な魔物の存在する土地、というのは人の住むような場所でなかったり、また、大きな戦力があるような地域であったりする。
ただ、稀に、強力な魔物がそのような土地を離れて人里に下りてくることもあり、そのような場合には大きな被害が生じたりすることもある。
ロッドの話によれば、その村は、ハルヴァーン近くの森にある、ということであるから、迷宮辺りから這い出てきた魔物が彷徨って辿り着いたのかもしれない。
「それだけの実力者がよくただで剣術教えてくれたね……いや、むしろ実力者だからかな?」
あまり金には困っておらず、暇つぶしに教えた、というあたりだろうかと思っての台詞だった。
ロッドは頷く。
「そうだな……そう言う事だったのかもしれない。しかしだとすれば本当に運が良かったぜ。そんなことはほとんどありえねぇんだ。村で生まれたら、村の外になんてほとんど出れないで死んでいくものだからな……」
買い物とか、各種手続きの為に村の代表者が街を訪ねるくらいのことはあるが、ほとんどの村人はそういう機会すら持てない。
だからロッドの言う通り、ほとんどの村人が、村の外を見ることなく死んでいく。
もちろん、例外と言うか、自ら出ようと考えれば出れないことは無いのだが、村を出たところで生きる手段がないのだから普通はやらないものだ。
ロッドは剣術、という冒険者になれる技術があったから村を出れたと言うだけである。
「まぁ、ロッドのことは分かったよ。他の二人は? 魔術なんて、剣術よりも身に着けるのが大変じゃないか」
すんなり身に着けている俺が言う事ではないかもしれないが、それは事実だ。
魔術は一撃放てばそれだけで生き物に致命傷を与えることの出来る凶器である。
したがって、教える側にもそれなりの覚悟が必要なものだ。
それぞれの組合による縛りもあるし、そうそう簡単に学べるものではない。
俺は王族だったからそう言ったありとあらゆる制約をすっ飛ばせただけだ。
しかも、師には魔女がいた。
普通と比べることがそもそも間違いなのである。
一般的に魔術を覚えるためには、魔術師にお金を払って学ぶか、弟子入りするなどする必要がある。
魔術学院に入る、という手段もあるが、これこそ頭の痛くなるくらいにお金がかかる方法であって、それこそ普通の村人に可能なことではない。
だから、フォーラとセレスについては前者の方だろうと想像がついた。
ロッドは言う。
「ユキトの言う通りだよ……だが、これも運のなせる業だな。俺の村には多少の魔術の心得のある薬師と、それに教会の司祭がいてな。二人ともそれぞれ弟子入りして学んだのさ」
「薬師もいて、教会まであったんだ」
俺は意外な事実に目を見開いた。
もちろん、どんな村でも教会くらいはあるものだが、それは正式な司祭のいるものではなく、村の集会場などに申し訳程度に併設された納屋に近いような場所のことを普通は指す。
ただ、ロッドの台詞から、彼の言う教会と言うのは、まともな建物と司祭がいる、しっかりとした施設を指しているように感じられた。
薬師もまた、似たようなものでまともなものはその辺の村にはおらず、村の中で最も薬草に詳しい、とかそのレベルであるのが普通だ。
学問として薬学を修めている者などはやはり街でなければ存在しない。
しかし、これもやはりロッドの話からすれば、彼の村にいた薬師はしっかりと薬学を修めたものであるようだ。
正規の薬師は魔法薬を作る関係で魔術についてもある程度、造詣があるからである。
だからこそ、セレスは魔術を学べた、ということなのだろう。
「こう言っては何だけど……あまり裕福そうな村ではないのに、随分と優秀な人たちがいたものだね」
「全くだな。ほとんど奇跡に近い、とか言いたくなるくらいだ。まぁ、ありえない話じゃないだろうけどな」
確かに全くあり得ないという話ではなかった。
薬師にしろ、教会の司祭にしろ、ある程度年齢を経ると隠居する者も出てくる。
そう言った者がどこかの村に引っ込むことは少なくないからだ。
ただ、全体から見れば少数なのも間違いない。
だから、やはりロッドたちは幸運だったのだろう。
「ま、そんなわけで、俺達はなんとか冒険者をやってられるわけさ。複数職業なのも、あいつらが学んだ師匠がそうだったからってわけだ」
「神聖魔術と治癒術を司祭が使えるのは分かるけど、盗賊の技術と妖術師の技術を修めている薬師ってのは胡散臭くない?」
俺の質問にロッドは微妙な表情になり、それから俺の耳に口を寄せて小声で、
「どうもその薬師の婆さん、若いころは色々ヤンチャしてたらしくてな。善人とはとてもではないが言えない人だったらしい。だからだろうな」
と教えてくれた。
まさか、職業としてではなく、事実として盗賊だったわけではなかろうが、近いことをしていたのかもしれない。
まぁ、そういう者もいるだろうと俺は納得して、頷いた。
「一度行ってみたくなる村だね」
そう言うと、ロッドは、
「おう。来い来い。俺達も落ち着いたら里帰りはするつもりだしな。予定が合えば一緒に行こうぜ」
と請け合ってくれた。
それから、彼と雑談していると、女性陣の方から歓声が上がった。
それは明るいもので、何か問題が起こったという感じではなかったが、気になった俺とロッドは顔を見合わせる。
「なんだろうね?」
「さぁ……あいつらはいつも騒がしいからな。ま、一応見に行くか?」
「リリアもうるさいと言えばうるさいからね……問題があると困るし、行こう」
そんな風に女性陣に聞かれれば、お互いにあまり命の保証はされないような会話を交わし、俺達は彼女たちに近づいたのだった。