第57話 若者たちの選択
今年もよろしくお願いします。
「いや? きっちり出会ったよ」
俺のその言葉に、少年少女たちは目を見開く。
「おいおい……嘘を吐くなよ。だったらなんでお前ら生きてるんだ……」
少年がそう言ってひきつったように笑ったので、俺は証拠を見せるべく、収納袋から氷虎の素材を引き出す。
「嘘だっていうなら、これは何なんだろうね?」
首を傾げながら、リリアに反対側を持たせて広げて見せたその毛皮はただの自慢である。
俺は大分長い間、王族として生きてきたから、持ち物を自慢すると言うことがあまりなかった、というか憚られた。
王族の持ち物がいいものであるのは当然であるし、それをひけらかすように見せびらかすのは余り品のある行為ではないと理解されていたからだ。
だから今まで、さりげなく、目につかない程度に誇示するくらいで収めてきたのだが、今の俺にはそんなことをする必要はない。
むしろ、冒険者とは自分の戦果をある程度誇って、名を高めてこそなのだ。
だから、俺が氷虎を倒せるような力を持っている、と主張することは悪いことではない。
という理屈は一応あるが、実際は何となく彼らを驚かせてみたかっただけだ。
強くなりたいとは思っているが、極端に目立ちたいと思っている訳でもない。
いずれ国を興そうとするときには名声も必要だろうが、最初の内はあまり気にせずともいいだろう。
少年少女たちは、俺の見せたその毛皮を見て、唖然とすると、
「……ほ、ほんもの?」
茶色い髪の少女がそう呟いた。
切れ長の瞳に細身の体型は俊敏そうだが、力は余り無さそうである。
まさに魔術師、という感じで、ただその割には動けそうだなと言う印象を受ける。
「これだけの偽物を作るのも一仕事だと思うけどね。わざわざそんなことはしないよ」
「ユキトが倒したんだよ! すごいよねぇ」
リリアが能天気にそんな風に言うと、白髪の少女が、
「……まさか、こんな少年が氷虎を倒してしまったなんて……嘘……。さっきの動きを見る限り、貴女が倒した、と言われた方が納得できる……」
リリアに向かってそう言う。
確かに先ほど、俺は全く戦っておらず、その腕を見せたのはリリアだけであり、しかもその実力は彼女たちに比べて高いものであると感じられたのだろう。
そういう意見も頷ける。
俺としてはその方が自然に見えるならそれでもいいか、と思ったのだが、リリアは、
「うーん……私は魔物調教師だから、あんまり剣術は得意じゃないよ? そういうのはユキトの方が専門だもの」
と何の気なしに言ったので、少年少女たちはまたもや驚いたように目を見開いた。
それから、彼らの口から、
「あれで……得意じゃない?」
「そんな……もの凄い強かった……」
「あたしたち、ぜんぜんってこと……?」
とある種の絶望の声が聞こえてきた。
リリアは強くなった。
通常の緑小鬼や水妖くらいなら無傷で倒せるくらいに。
しかし、それでもまだまだであるのは間違いない。
所詮は付け焼刃に過ぎないからだ。
にもかかわらず、少年少女たちにリリアが強く見えるのは、彼らがそれにもまして弱いからに他ならない。
もう少し訓練をしてから実戦に出るべきのように思えるが、しかし実戦の中で強くなっていく、と言うのが冒険者として一般的な道なので頭ごなしに否定も出来ない。
だから、彼らの呟きは聞かないことにすることにした。
それから俺は氷虎の毛皮をしまい、
「ま、とにかく俺たちが氷虎を倒したってことは納得できたよね?」
そう尋ねると、少年少女たちは深く頷いた。
それから、彼らは自己紹介を始める。
まずは顔にそばかすの浮かぶ、くすんだ金髪の少年からだ。
「あぁ……疑って悪かった。そう言えば、渓谷の入口ですれ違った時は名乗りもしなかったのも悪かった……俺はFランク冒険者のロッド。一応、剣士をやってる。年は今年で十五だ。よろしくな。で、こっちは……」
そう言って、彼はまず白髪の少女に目を向ける。
ローブを纏った治癒術師の少女だ。
少女は前に一歩出て、話し始める。
「私もロッドと同じFランク冒険者のフォーラ。年もロッドと同じ。治癒術と神聖魔術を修めてる。よろしく……」
少し引っ込み思案な雰囲気なのはそういう性格なのだろう。
リリアに手を差し出してきたのでリリアはその手を握ってぶんぶんと振った。
うちのパーティメンバーはそういう人見知りな性格とはまるで無縁らしい。
まぁ、唐突に俺に話しかけてきてパーティまで組んだ経緯からして当然かもしれない。
それから、最後に茶髪の少女が口を開いた。
妖術師と思しき細身の少女だ。
着ているものはどちらかと言えば盗賊と言った方が頷けるような身軽な格好だが、持っているワンドや魔力の質が盗賊のものではない。
こんなことが見ただけで分かる者はそうはいないので、あえて勘違いを狙っているのかもしれない。
「あたしもFランク冒険者よ。名前はセレス。年も二人とおんなじで十五。こう見えて妖術師なの。それと……少しだけど盗賊の技術もあるわ。よろしくね」
三人そろってFランク、というわけだ。
間違いなく駆け出し冒険者で、強さもそれに見合ったものだと納得できるが、しかしそれにしては意外なところがあった。
「うん。よろしく。俺はユキトだ。こっちはリリア。しかし……ロッドはともかく、フォーラとセレスは器用なんだね」
俺はその疑問を率直に口にした。
通常、冒険者と言うものは一つの職業に特化してその技術を磨いていくものである。
剣士なら剣術を、妖術師なら妖術を、治癒術師なら治癒術だけを、と言う具合にだ。
なぜならば、人には才能の限界と言うものがあり、あまり色々な技術に手を出しすぎるとどれも中途半端に終わる、という認識が一般的だからである。
リリアの例を見てみるとそれが良く分かるだろう。
彼女は魔物調教師としての技術は身に着けていたが、剣術など、自分の身を守る技術すら修めていなかったのだ。
それは、魔物調教師は魔物調教師としての技術の習得に専心すべきであり、他のことをやる暇があったら、魔物調教師として努力すべきだと考えられているからに他ならない。
他の職業でも大なり小なりそう言った共通認識があり、だからこそ、いくつも職業を掛け持ちする者は少ないのだが、フォーラとセレスは違うようだ。
俺としてはそれが珍しかったので、話のとっかかりに言っただけの台詞だったが、フォーラ達にはあまりいい意味に聞こえなかったようだ。
フォーラが言う。
「……あまり感心されないのは知ってる。でも、私たちは三人しかいない。一人で色々なことが出来ないと……」
続けてセレスも、
「魔物の不意打ちを受けた身で偉そうなことは言えないけどね。盗賊の技術は少人数パーティだとやっぱり生命線なのよ。誰かが身に付けないと……」
と言い訳のようなことを言った。
確かに、彼女たちが危惧するように、いくつもの職業を横断するものを良くない目で見るような輩が少なからずいることは事実だ。
しかし、最近では彼女たちのように複数職業に渡って修行するものも若い者を中心に増えている。
それは、事実として複数職業を修めて活躍する高ランク冒険者が最近増えてきているからだ。
だから、彼女達の選択には何の問題も無い。
むしろ俺としてはいい選択だと褒めたいくらいだ。
何せ、リリアに魔物調教師と双剣士などというニッチな選択をさせた張本人が俺なのであるのだから。
「別にそんなに自分たちを卑下することは無いと思うよ? リリアだって似たようなものだし」
「え?」
フォーラが首を傾げたので、リリアが言う。
「私、さっきも言ったけど魔物調教師なんだよ? それに双剣士の修行も初めて……だから二人とおんなじ複数職業なの」
「あぁ……そう言えば、そうよね。驚きすぎて抜け落ちてたけど……」
セレスが納得したように頷く。
それに、俺も複数職業と言えばそうだ。
「俺も魔法剣士だからね。魔術師と剣士の複数職業だ。むしろ現代にはこういう選択の方が合理的だと思ってるよ」
そう言った俺に、二人はやっと安心したような表情になり、
「そう、そうよね! やっぱり、一つだけの職業だと不安で……」
「治癒術と神聖魔術は起源からして近い。両方を修めることによって、どちらの魔術への理解も深まる……」
と嬉しそうに語り出したのだった。