表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の弟子の彷徨  作者: 丘/丘野 優
第1章 低級冒険者編
5/94

第5話 冒険者組合

 母から渡された羊皮紙を持って冒険者組合ギルドを訪ねる。

 迷宮都市ハルヴァーンの中央通りに、でん、と建つ冒険者組合ギルドの建物はきれいでも汚くもなく、それなりの規模のそれなりの建物だった。

 遠くから見ると石造りの頑丈そうな建物のようだがだが、近づいてじっくりと見てみれば年月による劣化が外壁に見え、毎日の雨風によって降り積もった汚れが本来は真っ白であったのだろうその壁を少し煤けて見せている。


「……まぁ、こんなもんだろ」


 ファンタジー世界だからと言って見るからにそれっぽい外見をしていなかった冒険者組合ギルド建物に何となくつまらないものを感じないでもないが、ただそれだけだ。

 冒険者組合ギルドとしてしっかり機能しているのであればそれで必要にして十分だろう……と自分に言い聞かせて中に入る。


 しかし実際に中に入ってみると、期待外れな外見と比べて、建物の中は思いの外、俺の心を満足させてくれた。

 外と比べて少し薄暗い室内を、ぼんやりとした魔光灯ライトが照らしている。

 中は大まかに分けて、手前に冒険者組合ギルドの各種受付カウンターのある区画が存在し、奥の方にはおそらく所属している冒険者達なのだろう、屈強そうな男達や陰鬱な魔術師などがたむろして酒杯を傾けている酒場区画があった。

 酒場にいる男達は建物に入ってきた子供――俺のことだ――に一瞬ふい、と視線を向けるも、すぐに興味を失ったらしくまた酒盛りに戻る。楽しそうに酒を飲んでいるその姿は日頃の疲れを酒精によって癒そうとするサラリーマンそのもので、なんとなく見慣れた光景であり落ち着きを感じた。

 そのまま少しきょろきょろする。

 壁には魔物の討伐や街の雑用など数々の依頼の張られた掲示板があり、そこにたまに冒険者がやってきては依頼書を剥がして受け付けカウンターに持って行く姿を見かけた。

 あぁやって依頼を受けるのかとおもしろく見つめていると、そんな冒険者達のうちの一人が依頼書と酒場を交互に見ながら顎をさすり、そしてふっと驚いたかのように俺の顔を見た。

 どうやら、ギルドの依頼書掲示板の前に年若い俺のような者がいるのは奇妙に感じたらしく、その冒険者らしき筋骨隆々な男は少し考えた後、俺に話しかけてきた。


「おい、坊主。お前ここで何してる? 依頼出すならあっちだぜ」


 そうして男は冒険者組合ギルド受付カウンターを指し示した。

 つまり親切のつもりなのだろう。

 実際、俺のような年齢の者が冒険者組合ギルドに何かしらの依頼を出すことはそれほど珍しいことではない。

 どこかの商会や大家の丁稚や小間使いが主人に言われて依頼を出しにくることは普通のことだからだ。

 しかし、依頼を受ける側であることはまずあり得ないと言っていい。

 冒険者と一口に言っても色々な人間がいるが、それでも最低限必要なものがある。

 それは強力な戦闘技能である。

 一般人とは比較にならない武技や魔法行使能力がなければ、冒険者の仕事をこなすことは出来ない。

 簡単な雑用などの依頼も存在しないではないが、その依頼の中心を占めているのは戦いを主な内容とするものだからだ。

 だからこそ、目の前の男は俺のことを依頼を出す側だと思ったのだ。

 だが、それは間違いである。

 俺はあくまで"冒険者"になるためにここにきたのだから。


「いや、依頼を出しに来た訳じゃないんだ。冒険者になろうと思って」


 だから俺は俺の目的を素直に話す。

 目の前の男は決して悪い男には見えない。

 普通、俺のような子供を見つけてもわざわざ親切にしたりはしないものだ。

 俺の言葉を聞き、男は目を丸くして、それから気の毒そうにさぞ無謀に見えるだろう俺を止めにかかった。

 やっぱり、根が善人というか、面倒見のいい性格をしているらしい。


「おいおい……お前さん、いくつだよ。冒険者ってのは、そんなに簡単な仕事じゃないんだぜ? いや……そんなことは言われなくても分かってるか。それでもお前みたいな奴の年齢のときは、冒険者ってのはなんとなく格好良く見えるもんだもよな……分かるよ。けどな、一度、家にかえって母親にでも相談して見ろよ。どうせ家族に何も言わないでここにやってきたんだろ? まず相談して……それから許可をもらったらもう一度来いよ。そのときは……そうだな、俺がお前が一人前になるまで面倒を見てやるからよ。どうだ?」


 その男の台詞は、非常に優しいものだった。

 それにどうも慣れている雰囲気すら感じる。

 おそらくだが、俺のような年齢の子供が冒険者になりたい、などといって冒険者組合ギルドに登録しようとやってくることも少なくないのだろう。

 そしてそんな子供は、親の許しも得ずに着の身着のままやってくるのだろう。

 だからこそ、男は親の許可を得てくれば自分が面倒を見てやる、と一見大らかな姿勢を示していったん帰らせようとしているのだ。

 そして実際男の言うとおりにした場合、一般的には親に絶対にダメだと止められて終わりだ。

 冒険者という職業に自らの子供をならせようなどと考える者は非常に少数派だからだ。

 この世界の大半を占める農民は働き手がいなくなるという実際的な理由から、街に住む町民はわざわざ死地に子供を追いやりたくないと言う親として当然の思いから確実に反対し、しばらく家から出してもらえなくなる。

 だからこの男のやっていることは非常に正しく、また真っ当な説得であった。


 その説得を向ける相手が、俺でなければの話だが。

 俺は男に返答する。


「親の許可は得てるんだ」


「おいおい……嘘はいけねぇぜ、坊主。普通の親ってものはなぁ……」


 はじめから嘘と決めつける辺り、少し頭の回る子供がこんなことを言うのは珍しくないのだろう。

 けれど俺が親の、母の許可を得たのは事実だし、その証拠もあった。

 だから俺はそれを男に示す。


「嘘って決めつけなくてもいいじゃないか。いや、そう言いたい気持ちはわかるんだけどね……というわけで、はい、これ」


「……あぁ?」


 差し出された羊皮紙を男は首を傾げて受け取り、結び紐を解いて中身を読み始める。

 それから徐々に表情の変わっていく男を見ているのは結構おもしろい見せ物だった。

 そして最後まで読み終わった男はため息をゆっくりと吐き、言った。


「……疑って悪かったな。お前の言うことは本当らしい。……お前の面倒は約束通り、俺が見てやる。……必要かどうか、わからんが。あとこれはもう俺みたいな冒険者に見せるんじゃねぇ」


「……? 実は俺、そこに何が書いてあるか知らないんだけど、何が書いてあったんだ?」


「なんだ。知らないで渡したのか? お前も不用心な……いや、普通は信じないからいいのか。まぁ、いい。簡単に言うとその羊皮紙にはな、お前がすでに、最低でもDランク冒険者として活躍できる程度の実力があること、そしてそのことを雷姫ププルが証明するということが書いてある……雷姫いかずちひめププル。久々に聞いたなぁ……生きてたのか」


 雷姫ププル。

 ププルはいいだろう。

 しかし雷姫いかずちひめとは。

 なんだそれは。

 いや、聞くからに母の冒険者時代の名前なので、その二つ名なり異名なんだろうが、それにしても少し物騒というか、豪華すぎやしないか。

 顔に驚きが張り付いているだろう俺の顔を見て、男は再度不思議そうな顔で言った。


「それも知らなかったのか? 雷姫ププル……元Aランク冒険者にして、最高の雷魔法の使い手だ。同じく元Aランク冒険者、迅剣じんけんのモラードと組んで数々の依頼を達成したんだが、ある日突然引退を宣言してな。それからはとんと見なかったんだが……まさかその弟子に会えるとは」


「……弟子?」


「違うのか? ここにそう書いてあるぜ」


 言われて男が示した羊皮紙の文章を読んでみると確かに"この羊皮紙を持つ者はププル=オーゼンの弟子であることを証明する"と魔法印と共に記載されている。

 魔法印とは特殊な組み方をした魔力を物体に焼き付けて個人証明とする手段のことで、様々な条件を付与することの出来るものだ。

 たとえば手紙や羊皮紙については、許可を得ない者が内容を読もうとしても読めないようにしたりすることができる。

 無理に読もうとすると、紙が燃えたり、真っ黒に塗りつぶされたり、危険なものでは呪いがかかったりすることすらもある。


 しかし、弟子か。

 俺の名前を書かずに、羊皮紙を持っている者、としたのは本名を使わずに登録しろと言う母の気遣いなのだろう。

 魔法印が焼き付けられていることで、この羊皮紙の内容を示すことが出来るのは俺だけということになるし、証明としては十分だ。

 目の前の男が内容を読むことが出来たり、俺に見せることが出来ているのは俺が許可を与えたからに過ぎない。

 一定以上の時間が経って、俺の占有を離れた状態が継続すると、自動的に読むことが出来なくなる。


 俺は男に答える。


「確かに、弟子といえば弟子だけど……」


「なんか奥歯にものの挟まったような物言いだな」


「師匠はププルだけじゃないからね。モラードもそうだし、他にもいた」


 もちろん最後の一人は魔女アラドだ。

 ただしこれについては言うわけにはいかないだろう。

 なにせ、あの婆さんはデオラス王国の魔女だった。

 それに教わっていると明らかにすることは俺の所属を明らかにすることと異ならない。

 もはや滅びた国だ。

 明かしても問題は無いかもしれないが、その滅びた事実すらまだここには伝わっていない今、それを話すのは少し面倒だろう。

 だから適当に濁して話を続けた。


「ま、いいさ。これを冒険者組合ギルドに出せば登録してくれるよね?」


「もちろんだ。ププルに保証されるほどの腕をもっているなら、組合としても文句はないだろう。ただ、気をつけろよ。ここの組合長は戦闘狂だからな。腕試しとか言いながら戦いを強要してくるぞ」


「……まぁ、それくらいはいいんじゃないかな。殺されはしないだろう?」


 若干不安になったが、その程度なら許容範囲だ。

 冒険者の腕前がどのくらいなのかを測ることもできる。


「たぶんな……いや、不安だ。おおざっぱな人だからな……」


「……」


「ま、大丈夫だろ。それより、お前武器を持ってないようだが」


「あぁ、登録してから買おうと思ってるんだけど、まずいかな?」


「いや、もしかするとすぐに試合だ、とか組合長が言い始めるかもしれねぇからな……先に買っておけよ。そうだ。俺がお前の面倒を見るって言ったことだし、これだけ色々説明したついでだ。いい武器屋防具屋鍛冶屋を紹介してやるぜ」


「これから依頼を受けるつもりだったんだよね? いいの?」


「ま、酒代稼ぎに適当な依頼を受けるつもりだったんだが、別に構わん。じゃあ、行くか。おっとその前に、名前を名乗っておこうか。俺の名はゴドー=フラン。"剛剣のゴドー"とも呼ばれている、Bランク冒険者だ」


「……え」


 思いの外、腕の立つひとだったらしいことに俺は驚き、ゴドーは俺のそんな表情を見ておもしろそうに笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ