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魔女の弟子の彷徨  作者: 丘/丘野 優
第1章 低級冒険者編
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第46話 若い冒険者達

「……帰ろっか?」


 必死な形相の少女が言った言葉をきいてまずリリアに対する第一声として出てきた言葉がそれだった。 

 氷虎グラスティーグルは比較的、上位の魔物だ。

 大した経験も無いような冒険者が簡単に倒せるような魔物ではないし、仮に倒せるにしても今日の目的はリリアの従魔の捕獲なのだ。

 無理して今日、《錆の渓谷》に行く必要もない。

 そう思っての言葉だった。


 けれど、リリアはきわめて残念そうな表情をしている。

 もっと言うと、情けないと言うか、眉が下がりまくりと言うか、そんな顔だ。

 本当に帰るのはなんとなくためらわれる気がしないでもなかった。


 しかし、《錆の渓谷》から戻ってきた若い冒険者三人は、俺たちが帰ることを疑ってないらしく、しきりにここから早く離れるべきだと叫んでいる。

 彼らは見るからに経験も実力も無い、駆け出しの冒険者と言う風情だ。

 俺達もぱっと見、似たようなもの、というか現実的にも似たようなものなので、普通ならその判断には間違いはないだろう。

 ただ、仮に氷虎グラスティーグルに出会ったとしても、俺ならリリアを連れて問題なく逃げられる。

 その部分が、彼等とは違っているのだ。

 だから、選択肢として、帰らないでこのまま向かう、というものもないではない。


 さて、どうしたものか。

 俺は考える。

 すると、


「……やっぱり、帰った方がいいよね……」


 リリアがぽつり、とそう言った。

 その声は余りにも悲しそうだった。

 その悲しみは彼女の身の上を考えれば慮って余りあるものだ。

 人生万事塞翁が馬というが、リリアはそのほとんどが馬からの転落で占められているような気がする。


 魔物と契約できたと思ったら、ほどなくして逃げられ、それでもがんばって生活しようと雑用依頼をたくさん受けたが、どうにもならなくなり、それでもやっと運が向いてきたのか、協力者を見つけてさぁ、新しい従魔と契約しようと気合いを入れてやってきた場所で、突然強力な魔物出現の報告がなされる。


 これほどついていない少女というのは中々いない。

 自分の国をわけの分からない魔物にある日突然滅ぼされた俺も俺でついていないが、リリアも似たようなレベルでついていないだろう。


 明らかに、運の値が低い二人組だ。

 数字に表せばもしかしたら一かゼロではないかと思ってしまうくらいには。

 このパーティは果たしてこれからもやっていけるのだろうかと不安になってくる。


 そして、思う。


 そういう不安の連鎖みたいなものは、さっさと断ち切るべきではないかと。

 悪いときは悪いものがどんどんやってくるものだ。

 しかし、一度転回すれば今度は反対の流れになる。

 それが人生というものだろう。


 それに、俺はこの間、リリアに言ったのだ。

 出来ることをすればいいと。

 ならば俺も俺で出来ることはすべきだろう。

 そう思った。


 氷虎グラスティーグルは確かに強力な魔物だ。

 魔物全体でも比較的上位の方に位置すると言っていいだろう。

 ただ、詳細にランクで言うのならあくまでCランク中位程度の魔物である。

 俺が戦ってどうにかできないというほどの魔物でもないのだ。


 リリア一人守りながら戦うくらいなら、出来ないこともない。


「とりあえず、行くだけ行ってみようか」


 だから俺はリリアに改めて提案する。

 リリアははっとしたように俺を見つめて、けれど力なく笑ってきわめて冷静な意見を述べてきた。


「ううん……いいよ。まだ低ランクの私たちが、氷虎グラスティーグルなんて魔物がいるところに突っ込んだら命がいくつあっても足りないことくらい、分かってるから……」


 しかし、俺は首を振って断言する。


「必ずしもそうとは言えない」


 その言葉に、リリアはぽかんと口を開いて言った。


「え?」


 俺はリリアの肩に手を置いて、ゆっくりと説明する。


「別に低ランクの冒険者がそのランク通りの強さだって決まっているわけじゃないよ。リリア、君は俺が高ランクの冒険者に実力を保証されているってこと、知っているだろう?」


 確かにその通りだった、と思い出したのか、少しリリアの表情が明るくなる。

 けれど、まだ決定打にはなっていないようだ。

 悩みながらも彼女は言った。


「……でも」


 リリアは逡巡している。

 俺としてはもう進む気満々なので、後押しするように言った。


氷虎グラスティーグルは確かに強力な魔物だけど、Cランク中位程度の実力だ。俺は今はGランクに過ぎないけど、Aランク冒険者からDランクと遜色ない実力を持っていると保証されている。だから、もし氷虎グラスティーグルに探索の最中に出くわしてしまったとしても、何とか――まぁ、逃げるくらいの事は確実に出来る自信がある。それこそ、リリアを守りながらでもね。それに、俺にはそれなりの切り札もあるから……勝つ自信も無い訳じゃない。……それと、専門家にこんなこと言うのもなんだけど、氷虎グラスティーグルは比較的大人しい魔物であることを君は知っているだろう? その縄張りにさえ入らなければ、襲いかかってくることはないはずだ」


 リリアはおっちょこちょいなところも頼りないところも無いではないが、その本質は意外に合理的だ。

 だから、こういう根拠立てた説得の方が通じやすいだろうと思ってのことだった。

 実際、俺のその思いつきは功を奏したらしい。

 リリアは少し考えてから、真剣な眼になっていった。


「本当に……大丈夫?」


「うん。大丈夫だ」


「危なくなったら、すぐ逃げるんだよ?」


「もちろん。そのときは俺が殿を務めるさ」


「だめ。一緒に逃げようね?」


 反対された。

 少なくとも前世の俺の年齢はリリアより上だったはずだが、今のこの状態はまるきり年上の女の子に怒られる無謀な少年だった。

 実際、ふつうならリリアの判断の方が正しいと考えられるから、まさしくその通りの状況なのだろう。


 まぁ、それはいい。

 話が纏まって錆の渓谷へ進もうとする俺たちを見た、今にも帰ろうとしていた三人の少年少女冒険者たちは驚愕の表情を浮かべて、叫び声を挙げた。


「ちょ、ちょっと待てよ! お前等、俺たちの話聞いてたか!? 氷虎グラスティーグルだぞ! 分かってるのか!?」


「そうよ! GランクやFランクに勝てるような魔物じゃないのよ! ねぇ……戻りましょう? そうした方がいいわ」


 俺たちって少年、お前は何も言えずに腰を抜かしてただろうと言いたいところだが、あえて突っ込まずにおく。


「心配してくれるのはうれしいけど、どうにかなるさ」


「ばっ……無謀と勇気は違うんだぞ!」


 少年は納得できないらしい。

 少女二人は呆れ顔で、リリアだけが苦笑を浮かべながらも肯定的な表情をしている。


「無謀じゃない。俺は氷虎グラスティーグルくらいなら問題なく倒せる。だから行くんだ。危なくなったら一目散に逃げるさ……。あぁ、俺たちは行くけど、間違ってもついてこないでよ? ……さぁ、行こう。リリア」


「う、うん……ごめんね、心配してくれて、ありがとう!」


 リリアが振り返って、少年少女たちへとお礼を言った。

 優しい反応である。

 対して俺は挑発的だったかもしれないが、これくらい言わないとついてきそうな気がしたのだ。


 そうして、俺たちは振り返らずに錆の渓谷への道へと歩み出した。

 後ろから叫び声がやむことはなかったが、冒険者というものは自己責任だ。

 彼らに俺たちを止める権利はない。


 ◆◇◆◇◆


 黒髪の少年と銀髪の美少女が錆の渓谷へ行ったのを唖然としながら見つめていたFランク冒険者、そばかすの浮かんだ顔が幼い少年、ロッドはパーティメンバーの二人の少女にあわてて尋ねた。


「お、おい……どうする。本当に行っちまったぞ!」


 その言葉に、少女のうちの一人が言う。


「どうするも何も……放っておくしかないんじゃない? 冒険者ってそういうものだし」


 答えた茶色の髪の細身の少女、セレスの少し冷淡な意見に、もう一人の少女がおずおずとした様子で言う。

 眠そうな目の、白髪の少女だった。


「でも……このままっていうのも後味が悪い……。冒険者組合ギルドに報告くらいはした方がいいと思う……」


 それは、極めて真っ当な意見で、しかも、それほど後味の悪くならない提案だった。

 冒険者として、良識に従ったと評価できるものだからだ。

 仮に彼らが死んだとしても、自分たちは何もしなかったわけではないと言い訳をすることも出来る。

 当然、見捨てたとしても何か法に触れるわけではないが、良心の呵責に苛まれたくはないものだ。


 けれど、その意見には大きな問題がある。

 少年はそれに気づいて言った。


「だけどっ! 魔物馬車が来るのは夕方だろう!? そんなことしてる間にあの二人は……!」


 そう言い放った少年を見て、少女二人はため息をついた。

 ロッドの悪い癖が出た、その共通認識を改めて確認したからだ。


 彼等はハルヴァーン近くの小さな村の幼なじみ三人で、一緒に出てきて冒険者になった。

 幸い、運のいいことにたまたま村に来た冒険者に剣術の基礎を叩き込まれ、それなりに戦える力を持っていたロッドに、村の薬師にいくつかの魔術を学び、魔術師としての能力のあったセレス、治癒術を教会の司祭に学んでいた白髪の少女フォーラは、同じく冒険者になりたいという夢を持っていた。

 もちろん、冒険者になるというのは村ではあまり歓迎される選択ではなかったが、冒険者として得た金銭を一定額村に仕送りすることを約束した結果、しぶしぶとではあるが、それぞれの親から許可が出た。

 冒険者の得られる報酬は低ランクでも、命をかけるだけあってそれなりの高額だ。

 雑用しか受けられないGランクではなく、Fランクになれば報酬は跳ね上がる。

 それを、彼らの親は期待したのだった。

 そして、三人は堅実に依頼をこなしていき、Fランクに上がって、実際に村に送金している。


 冒険者として、彼らは非常に順調であり、このままいけばいいところまで行けそうな感じであった。

 実際、そうやってこつこつ続けていければ良かったのだが、残念なことに、ロッドにはよくない癖があった。


 彼は、人がいいのである。

 それも、底抜けに。

 他人に害が及びそうになると、自分の実力と相談もせずに助けようとするところがある。


 そしてそんな性格はいつまでも直らずに、今に至っている。

 今まではそれでも何とかやってこれたが、今回はその性格はかなりまずい方向に働こうとしていた。


 少女二人は、そのことを素早く頭で考えたのだ。

 だから、少女二人としては、ロッドのしようとしていることに難色を示し続けた。

 けれど、ロッドはいかにあの二人組の子供パーティが危険に足を踏み入れようとしており、それを助けることが必要かということを熱く語り続けた。


 結果として、少女二人はロッドの提案に――あの二人に加勢しに、もう一度、《錆の渓谷》に足を踏み入れるという提案に、頷いてしまう。


 仕方のないことだった。


 なにせ、少女二人にとって、冒険者、などという道を選んだのも、このロッドの説得に負けてのことだったからだ。


 ロッドだけは、二人がはじめから冒険者になりたいと思っていたと勘違いしているようだが、それは大きな間違いである。


 村人であれば、妻は一人しか持てないが、冒険者のそれなりのランクまで上がれば、複数の妻を持つことが許されるという法があるのだ。

 二人はそれを調べ、知っていた。


 真実を語る日はいつになるのだろうか。


 そんなことを目線で会話しつつ、少女二人は先に進むロッドの背を追いかけた。

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