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魔女の弟子の彷徨  作者: 丘/丘野 優
第1章 低級冒険者編
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第45話 渓谷

「全く、身内の恥を晒した様じゃ。本当に悪かったのう……」


 深くため息をついてから、グイン老はそう言って頭を下げた。

 それが俺に向けてのものなのは、俺がリリアにせっかく契約できたと思った魔物を失ったということを思い出してほしくないと考えているという事をグイン老が感じ取ってくれたからだ。

 だからこそ、俺はリリアに聞こえないようにグイン老にこんな話をしているわけだし。


 本来、俺にそんな謝罪を受け取る権利など無く、それはリリアに属する権利なのだが、グイン老としては今は俺に謝るしかない。

 だから俺は受け取った。

 グイン老はそれから、


「わしは少し調べなければならないことが出来たでな。お嬢ちゃんへの謝罪は、全てが片付いたときに改めてさせてもらおう。ここの払いは、わしにツケておくように言っておくでな。好きなだけ食べるといい」


 俺とリリアにそう言って、おじいさんは立ち上がる。

 おじいさんの横でごろごろとしていた猫のような魔物も立ち上がり、おじいさんの後ろについた。

 それから、


「おっとそうじゃ。本題がまだじゃったな。別にユキト坊はわしに魔物調教師組合モンスターテイマーズギルドの不祥事の追及をしたかったわけではなかろう。何か聞きたいことがあったのではないか?」


 言われて、俺も危なく忘れそうだったことを尋ねる。


「そうだった。これからリリアの従魔を捕獲しに行こうかと思ってるんだけど、何がいいか、先達にアドバイスをもらえないかとと思ってさ。どうかな……?」


 俺の言葉に、リリアも一緒になって頷いた。

 グイン老は俺の台詞に少し考えてから、


「ふむ。そうじゃのう……もしお嬢ちゃんが従魔にしたい魔物にこだわりがないのなら、今の時期じゃと≪さびの渓谷≫に行くといいぞ。運が良ければ……いい出会いがあるかもしれん。ユキト坊がついてるなら、多少の危険があっても乗り越えられるじゃろう。とまぁ、わしからはそれくらいじゃな。もし行っても何も得られなかったそのときは、またここに相談に来るといい。休日であればわしは大体ここにいるでな」


 そう言って階段へと向かっていく。

 リリアは突然用事を思い出したといって立ち上がって帰ろうとするグイン老に驚き、一瞬あたふたしたが、急いでいる中でリリアの悩みに答えてくれたグイン老に何か言わなければならないと思ったのか慌てた声で叫んだ。


「あ、あのっ! ありがとうございます! お礼……そう、お礼がしたいです! お名前を教えてください!」


 そう言えば、まだ教えてなかったか。

 グイン老はその言葉にぶつぶつと、


「礼など……むしろこちらの不祥事なのじゃが」


 と言ったがリリアには聞こえなかったようだ。

 首を傾げるリリアに微笑ましいものを感じたらしく、グイン老は言った。


「わしの名はグインじゃ。グイン=フォスカ。お嬢ちゃんと同じ、魔物調教師モンスターテイマーじゃな。もしかしたら聞いたことのある名かもしれんが、何、たいしたことのない老いぼれじゃ。自分の祖父だと思って話しかけてくれて構わんぞ。ではまたいつかのう……」


 言い放って直後、グイン老はさっさと店を出て行ってしまう。

 余程急いでいるのだろう。

 膿はさっさと出さないと後々大きな問題になるものだから、対応に急ぐのは理解できる。 

 仕方ないだろう。

 そして、グイン老が去って行ったあと、リリアが目を見開いてグイン老の去っていった方向を見つめ続けていることに気づく。

 一体どうしたのかと聞いてみると、リリアは言った。


「あ、あのおじいさん!」


「うん」


魔物調教師組合モンスターテイマーズギルドの大幹部の!」


「あー……そうだね」


 そう言えばそれも言っていなかったかもしれない、と思い至る。

 魔物馬車の御者と聞けば、魔物調教師モンスターテイマーとしてもそれなりに高いレベルにあることが多いと言うことは迷宮都市において常識の範疇だと思っていたので、改めて説明する必要を感じていなかったのだ。

 そう言うと、リリアは、


「そ、それはそうだけど……あぁ、うん……そうだよね……」


 言われてやっと納得したようで、どうして思いつかなかったのかと自分を責め始める。

 少し考えれば分かる事だったのに、なぜ分からなかったのかと。

 ただ、説明しなかった俺も俺だから、気にする必要はない。

 グイン老はあんまり作法とかを気にするタイプではないことは、俺の敬語でない言葉遣いを自然に許してくれたことからもはっきりしている。

 落ち込む必要などないのだ。

 そう言ってやると、リリアも段々と精神的衝撃から回復してきた。

 それを見計らって、グイン老からの提案についての話題を始めることにする。

 このまま落ち込み続けても何にもいいことはないし、これから魔物の捕獲に行くのだから、時間もない。


「さっきのグイン老の話だけど、≪錆の渓谷≫って初心者向けにいい魔物いるの?」


 何かいい魔物がいると確信しているような口ぶりだったことを考えると、いるのだろうとは予測できるが、一応尋ねておく。

 何か危険があるような言い方だったのも気になるところだが、まぁそれはいいだろう。

 危なくなったら逃げればいい。

 リリアは俺の質問に答える。


「うーん……聞いたことないけどなぁ。いるのはそれこそ水妖スライムとか緑小鬼ゴブリンとかだけだって聞くよ。……でもやっぱり、熟練者ベテランの助言だし……なにかあるのかもしれない」


「わざわざ無駄足を踏ませたりもしないだろうしね……」


 何せ、リリアに組合ギルドが迷惑をかけたことの謝罪を含めて教えてくれた話だ。

 それなりに有用であることは間違いないと思っていいだろう。

 まぁ、最悪、何もなかったとしても、グイン老が言ったようにまた相談に来ればいいだけの話だし、試しに行ってみて悪いと言うことは無いはずである。

 リリアにそう言うと、


「うん……そうだね。ユキトが良いって言うなら、お願いしたい。色々な魔物を見て、決めたいって思うから」


「俺と君は一蓮托生だからね。お互いにやりたいようにやっていいんだよ。君が良い魔物を従魔に出来れば、それだけ俺も楽になるわけだしさ。そこは妥協しないで行こう」


「そうだね!」


 それから俺たちは飲み物を一つずつ頼み、≪錆の渓谷≫について、お互いが知っていることを話してから、店を出て都市の東門に向かった。

 ≪錆の渓谷≫は迷宮都市ハルヴァーンの東門から出て、北東方向へしばらく進んだ先にある。

 一日で歩いて行けると言うほど近くは無いが、やはり魔物馬車が出ており、しかもその馬車は初心者も乗れるようなので乗ることにした。


 鎧鼠アルミュールマウスほどではないが、同様に強力な魔物が引いている馬車には一瞬腰が引けるものを感じる。

 けれどリリアは魔物調教師モンスターテイマーだからなのだろう、ニコニコと魔物とそれを世話する御者のお姉さんに近づいていき、触れ合う許可を貰って楽しそうに撫でまわしていた。


 槌兎マルトーラパンと呼ばれる、両耳が硬質化した巨大な兎であり、見るからに強そうで少し怖い。

 リリアはそんな槌兎マルトーラパンの首筋辺りを撫でて「かわいいかわいいかわいい!」などと言い続けている。

 確かにこの娘に魔物調教師モンスターテイマーは向いているのかもしれないと思った。


 ◆◇◆◇◆


 ≪錆の渓谷≫に辿り着いたので、俺とリリアは馬車から降りた

 馬車は直後、走り去って行ってしまう。

 夕方になれば、また別の馬車がここを通るので、帰るときはそれに乗せてもらうようにと言われた。


 ≪錆の渓谷≫は大量の巨岩が剥き出しになっている中を、滝のような速さの川が流れている難所であり、色合いはどこを見てもまさに錆の浮き出たような朱色をしている。

 この色がこの土地の名前の理由なのだろう。

 おそらくこの辺りの地層には鉄分が多く含まれているのだろうと思われた。


 特色として、奥に行けば鉱産資源が結構あるらしく、人夫がしっかりと作られた鉱山への道を歩いていく姿が見られた。

 そちらについていくなら、難儀しないで済みそうだが、そういうわけにはいかない。

 鉱山への道と別れて、まさにけもの道、という感じの細い道が伸びているのが見える。

 川をじゃぶじゃぶと進むわけにはいかないし、俺たちはそこを進むしかない。

 渓谷の縁に数人が辛うじて歩けるくらいの幅に作られたその道は、≪錆の渓谷≫の第一の関門だ。

 これを超えれば開けた道に出るらしいが、そこまでで魔物に襲われると川に真っ逆さまに落ちて流されるか、そこここにある巨岩に頭をぶつけて死ぬことになる。

 気を付けなければならない。


「リリア。無理しないでゆっくり行こう」


 リリアに声をかけると、彼女は頷いて答えた。

 さぁ、進もうか。

 そう思って道に一歩踏み出すと、突然向こう側から何者かが走ってくるのが見えて、足を止めた。


「……うわぁぁぁぁぁ!!!」


 見れば、叫びながらやってきたのは三人組の若い冒険者らしきパーティだった。

 擦り傷や切り傷をいくつも負っているが、すぐに死ぬとか言ったレベルの重症は無く、二、三日放っておけば治るだろうと思われる程度のものである。


 だから不思議だった。

 魔物から逃げて来たにしては傷が浅い。


 死に物狂いで走ってきたのだろう彼らは、やっと渓谷の出口であるここに着いたことに気づいたらしく、そこで大きく息を吐いて、地にずり落ちた。

 どうしたのか気になったので、俺は聞く。


「何かあったの、君たち」


 一人の男の子と、二人の少女で、全員が十四、五、と言う感じだった。

 俺達よりも少し年上、という感じだ。

 はじめに俺が尋ねたのは男の子のほうだったが、彼は恐怖に駆られたように目を見開き、何も答えないので、少女の方にも同じ質問をする。

 すると、少女は言った。


「……出たのよ」


「なにが?」


「だから、氷虎グラスティーグルが、出たのよ!」


 それは、魔物の中でも上位に位置する、強力な魔物の名前だった。

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