第44話 年の功
「ところで……」
冒険者登録が無事認められた次の日の朝、朝食を食べながら、対面でパンをもぐもぐとしているリリアに話題を投げかける。
すわ、そのまま話し出すか、と思いきやリリアは見た目同様、育ちがいいらしく、しっかりとパンを咀嚼して飲み込み、こくりと飲み物を飲んでから、俺の言葉に答えた。
「なあに?」
「今日、リリアの魔物を捕獲しに行く予定な訳だけど、リリアはどんな魔物を従魔にしたいのかな、と思ってさ。それによって行き先も変わってくるよね?」
魔物には生存に向いた土地、というものがある。
ただの好みだったり、そこでしか生息できないと言う場合もあり、色々なのだが、まぁ、それはいいだろう。
とにかく、こういう魔物を捕まえたい、という希望があるなら言ってもらわなければ話にならない。
しかし、
「……あっ」
俺の質問にリリアは今はじめて考えた、というような顔ではっとする。
まさか、と思い俺は聞いた。
「……考えてなかったの?」
俺の質問に罰の悪そうな顔で、口を開き、
「う、うん……そうだよね、それは、考えておかないといけなかったよね……ユキトが試合とか手続きしてるときとか、いっぱい時間もあったんだし……私、ばかだったよ……」
頷きながらぶつぶつと自分を責める様に呟くリリア。
リリアの従魔なのだから、リリアに大まかでもいいからプランを立ててもらわなければどうしようもないので今回のことはリリアの失態なのは間違いない。
ただ、リリアの性格を把握していて、そういうこともあるかもしれないと心のどこかで考えていながら、一言も注意しようとしなかった俺にもそれなりに問題はある。
最低でも、昨日寝る前とかに考えておくように言っておくべきだった。
そう思った俺は、リリアを慰めるために言う。
「まぁ、考えてなかったならそれはそれで仕方ないさ……。今から考えればいい」
「そうかな……そうだね。うん。でも……」
即座にぱっとは浮かばないようで、うーんうーんと唸りながら悩むリリア。
見かねて俺はどうにか希望を引き出そうと質問をする。
「指針がないと難しいかもしれないな……そうだな、何か、こういう魔物がいい! みたいなのはないの?」
「うーん……そんなにこだわりはないから。従魔は、はじめのうちは弱かったとしても、沢山戦ったり、何か条件を満たせば進化したりもするものだし……。身の丈に合った魔物がいいな、とは思うけど……」
どうやら本当にノープランらしく、大体の方向性すらないようだ。
これは困った……と思ったところで、俺はふと思いつく。
「……そういえば、以前従えてた魔物はなんだったの? 逃げられた奴」
考えてみると聞いていなかったことを思い出したのだ。
同じような魔物、という感じで考えれば叩き台になるかなというのもあって、尋ねてみる。
すると、リリアは少し考えてから、思い出したらしく、答えた。
「うん。前のは水妖だったよ。最下級の」
水妖は魔物でも最も低級に分類される魔物で、倒すのもそれほど難しくない初心者向けの魔物だと言われることが多い。
もちろん、水妖にも色々と種類があり、中には強いものもいるのだが、ここで言っているのはそういうものではなく、何の特殊能力も持たない、ノーマル水妖と呼ばれる魔物のことだろう。
魔物調教師が従魔にする魔物としても、一番ポピュラーであり、大半の魔物調教師は水妖でもって魔物調教師の技能を身に着けていくということだ。
「じゃあ、今度も水妖を従魔化するのは?」
それが一番無難なのではないか、と思っての提案だったが、リリアは、
「うーん……そうしようかな……でも、なんとなく、水妖には一度逃げられちゃってるから、苦手意識があるんだよ……」
眉を寄せて、悩んだ声でそう言った。
リリアに落ち度は無かったと言え、一度そういうことがあると不安になるというのは当たり前の心情だろう。
同じ魔物を仲間にしても何となく不安、と言う風になってしまうのであれば、それは従魔として望ましい魔物とは言えない。
とは言っても、俺は他に何が初心者の魔物調教師に相応しい魔物なのかを知らない。
だからリリアに何か提案してもらうしかないのだが……。
「私も初心者だから……あんまりどういう魔物がいいとか、知らないんだよ……。魔物調教師組合でしばらくの間、契約の方法とか、個別の魔物の生態とかについてはたくさん勉強したんだけど、どんな魔物がいいとか、そういうのはあんまり考えなかったから……。大体の初心者魔物調教師は譲り受けた魔物で頑張っていくものだし……」
リリアはそう言って、腕を組み、うーんうーんと唸ってしまう。
俺にも何も思いつかない。
ここへ来て八方ふさがりか、と思いながらまだ手を付けていない食事を咀嚼しながら何かいい案は無いかと考える。
すると、リリアがぽつり、と言った。
「誰か詳しい人がいれば聞けるんだけどなぁ……」
その言葉に、俺は閃く。
「そう言えば、詳しい人、いたな……今日は休みだって言ってたような……」
俺に魔物調教師の知り合いなど、リリアを除けば一人しかいない。
それは、魔物馬車の御者のおじいさん、多種使いとまで呼ばれる魔物調教師グイン・フォスカ老である。
ラミズの村へ行く道すがら、空いた時間はグイン老とよく話していた。
その中でした雑談の中に、馬車の運休日についての雑談もあったのを思い出した。
「だれか、知り合いでもいるの?」
リリアが首を傾げてそう言うので、俺は説明する。
「あぁ。以前、ラミズの村まで行ったときに乗った魔物馬車の御者のおじいさんがね。結構話したし、今日は休みだったはずだよ。休みの日は魔物調教師組合の対面にあるカフェに朝から一日中いることが多いって言ってたから、リリアさえよければ行ってみようかと思うんだけど、どうかな」
もちろん、リリアが嫌だと言うなら、別の方法を考えるしかない。
リリアは魔物調教師組合に不信を抱いているから、断るかもしれないと思ったのだ。
けれど、リリアは何でもないことのように言った。
「うん。いいよ。行ってみよう」
意外な答えに、俺は少し驚く。
行くにしてももう少し渋るとか考えるとか、そういうことがあると思っていたからだ。
「……嫌じゃないの?」
「うん。私だって、いくら魔物調教師組合が信用できないって思っていても、そこに所属する人全員がだめだとか思ってるわけじゃないから。いい人もいるって分かってるよ。ただ……魔物との契約それ自体については、もう自分の手でやらない限り、しっかり成立してるって確信できそうにないから……」
つまり、もう一度、魔物調教師組合に行って魔物を譲り受ける、というのは無しだということだろう。
それなら今回の事は許容範囲だと。
納得した俺は言った。
「そっか。分かった。じゃあ行ってみようか」
俺たちは残った朝食をさっさと片付けて、目的の場所に向かったのだった。
◆◇◆◇◆
薄暗い店内を、柔らかな間接照明が照らしている。
光が窓から差し込み、飴色に輝く良く磨かれた木製の床が反射していた。
件の店舗は二階建てになっていて、一階にカウンター席とテーブルがいくつか、二階は一階を見下ろせるような形で、一階の大体半分くらいの広さになっている。
グイン老は、店内二階の一番奥まった席に座ってお茶を飲んでおり、その横には鎧鼠とは異なる種類の魔物を座らせて撫でていた。
ゆったりとした時間が流れているような光景に、なんだか心が和む。
思えば、あの森の中にいるときも、この人の近くにいると不思議な安心感があった。
俺は、改めて挨拶をすることにする。
「こんにちは」
「――おや。ユキト坊ではないか。この間ぶりじゃな」
どうやら、おじいさんは俺の顔と名前をしっかり覚えていてくれたらしい。
しかし、坊はどうなのか。
前世と合わせればもう三十はいくつも超えているのだが……。
いや、グイン老から見れば、俺などどちらにしろ坊主か。
そう納得して、気にしないことにし、話を続ける。
「少し話があって来たんだ……もしよければ、座ってもいいかな?」
「もちろんじゃ……一人で茶を啜るのもいいが、毎日じゃと暇でのう。客は大歓迎じゃよ。……そちらの御嬢さんは、ユキト坊の連れかの?」
「うん。パーティメンバーなんだ。彼女も座っていい?」
「おぉおぉ、もちろん……何か頼むか? わしがおごってやるぞ」
俺とリリアがグイン老のテーブルに腰かけると、すぐにメニューを取り出してそんなことを言い出した。
なんだか孫に対する祖父のような振る舞いに、微笑みが漏れる。
しかし、リリアは目を白黒させて、それから俺に目線で問いかけた。
(いいのかな?)
俺は同じく目で答えた。
(いいんじゃないかな? 良い冒険者は宵越しの金は持たないらしいし)
リリアはそんな俺の返答を確認してから、嬉々としてメニューを眺め始めた。
おじいさんはリリアを微笑ましい瞳で見つめ、それから静かに俺に尋ねた。
「――ところで、ユキト坊。なにか余程の用があってきたのじゃな?」
「わかる?」
「よく言うじゃろ……年の功が……などと。わしも伊達に年をとっておらんでのう。そこのお嬢ちゃんの事か?」
声を潜めて、リリアに聞こえないように俺の耳に口を寄せてそう言った。
リリアはメニュー選びに夢中で何も聞いていない。
実に騙されやすそうだ。
「あぁ、そうなんだ……どうもこの娘――リリアは、魔物調教師組合で色々あったみたいでさ」
「……む」
おじいさんの目線が鋭くなる。
やはり幹部という事だろうか。
自らの取り仕切る組合のことは放っておけないのだろう。
「何があったのじゃ?」
「魔物調教師組合では、初心者に初めての従魔を譲るんだろう?」
「そうじゃな……新人には従魔を捕獲するのは難しいからのう」
「その際に、どうも失敗したらしくて」
「……珍しいのう。ほとんどそんなことはありえないはずじゃが。じゃが心配することもなかろうて。そういう場合は新たな魔物を与えられるはずじゃぞ」
「それが、担当した魔物調教師が自分は失敗していないって言い張って、どうにもならなかったらしいよ」
「……それは」
グイン老の皺が深くなった。