第42話 試合
――見直す、と言うのはこういうことなのだろうな。
と、俺は目の前に佇む女性の構えを見て思った。
ハルヴァーン冒険者組合、組合長ノエル=バスティード。
彼女は今、冒険者組合建物の中に作られた訓練場の中で、俺と向き合って構えている。
以前言われた、腕試しの試合、という奴をこれから行おうとしている訳だ。
俺の素性について、あれだけの失態を見せてくれたのだが、戦闘能力も実のところ大したことがなく、口だけの奴である可能性が高いのではないか、と思っていたのだが、その予想はいい意味で裏切られたと言っていい。
大斧を片手で軽々と把持し、俺と向き合う彼女からは吹き上がるような闘志が感じられ、その威圧感は対面に立つ者の気力を大きく削ぐ力を持っている。
隙もなく、幾多もの戦闘経験に支えられているのだろうという事が一目で分かる彼女の立ち姿は、確かに歴戦の冒険者と言う評価に間違いはないと頷かせるだけのものがある。
「……おつむの方が軽いからどうかと思ったけど、中々様になってるじゃないか?」
俺が、挑発するようにそう言うと、ノエルは獰猛な笑みをその美しい顔に浮かべて言う。
「……バカで悪かったわね! みんなに言われてるからもうそんなことじゃ怒らないのよ!」
何か言いかえしてくるだろうとは思ったが、まさか認めるとは思わなかった。
しかしその返答はどうなのだろう。
なんだか脱力してくる。
まぁしかし、自覚のない馬鹿よりは数段マシかと思って、俺は構えを改めた。
俺の武具はラルゴ製の雷蜥蜴剣と雷蜥蜴鎧であり、魔力を通すパリパリと音を立てて雷が迸り敵を威圧する。
それを見たノエルは、
「……登録したばっかりだって言うのに、いい武具を持ってるじゃないの……」
「ラルゴが安く譲ってくれたんだよ。もっと高くした方がいいって言ったのにその辺の数打ちと大して変わらない値段でさ……」
言われて、俺がラルゴから懇意にしてもらっているという情報をミネットから聞いたことを思い出したのか、ノエルは頷く。
「あの頑固者にそんなこと言わせる奴なんてゴドー以外にいないと思ってたんだけど……これは油断できないわ、ねッ!!!」
そう言いながら、ノエルは大斧を振りかぶってこちらに突進してくる。
だらだらと話をしていたので、突然襲い掛かってくるとは思っていなかったが、別に油断していたという訳ではないので特に問題は無かった。
巨大な質量とエネルギーを持っているだろうその大斧に対抗するため、俺は早口で呪文を詠唱する。
「……身体強化」
呪文としては、基本的に低級身体強化と変わらないが、俺が構築したのはそれよりも効果の高い中級身体強化魔術と呼ばれるものだ。
どのくらい効果に違いがあるかは、使用者の魔力や技量、経験などによってまちまちであるため一概には言えないが、通常は元々の身体能力の3~5倍程度にまで引き上げる程度の効果があると言われている。
俺は自らの体にしっかりと強化がかかっていることを確認すると、斧を振り降ろしてくるノエルを向かい討った。
とは言っても、当然のことながら正面からそれを受ける気などさらさらない。
ノエルの持つ斧は、見るからに丈夫で、俺の持つ雷蜥蜴剣よりも高位の武具であることは否めない。
もしかすると、迷宮から得られた古代具の類かもしれず、そうなると流石に腕のいい職人であるラルゴの作ったものとはいえ、押し負けるのは目に見えている。
そもそも、俺の持つ雷蜥蜴剣はラルゴの最高の武具と言うわけではなく、どちらかと言えば数打ちに近い代物である。
そんなもので、おそらくは高位の冒険者であるだろう組合長であるノエルの武具とまともに打ち合って打ち勝てると考えるのは愚の骨頂であった。
だから、俺は振り降ろされる彼女の大斧を正確に見切り、刃と刃が触れあった瞬間に、くん、と力を抜いて横に抜け、そのまま彼女の懐に向かって間合いを詰めた。
それほど珍しい技ではなく、どんな流派であっても存在するような技術であるが、俺のこの行動はノエルの目には意外に映ったらしい。
おそらくは、彼女の気魄と大斧の威圧に負けて、初撃からそれをいなして懐に入ろう、などと考える者は少なかったのだろう。
けれど、俺は違う。
父や母、それに魔女アラドは、俺に対して、俺が手加減をしてくれていると思えるような戦い方をしてくれなかった。
それどころか、初めから全力で挑まなければそこで詰むような、そんな訓練ばかりをしてくれたのだ。
初撃であろうとなんだろうと、飛び込める瞬間があれば飛び込むくらいの判断が出来なければ、俺はあの頃に死んでいたのではないかと思うほどだ。
当然父母やそれに準ずるような存在だった魔女アラドであるから、俺が仮にそのようなことをしなくても殺しはしなかっただろうが、そんな自明のことを意識できなくなるくらいに、その三人は俺を責め抜いたのである。
そのときの経験が、俺に、初撃でノエルへの距離を詰める判断こそが最良であると呟いていたのだ。
乗らないわけにはいかなかった。
実際、ノエルは驚き、対処が一瞬遅れた。
ノエルの大斧を流したために若干背中の方に流れていた剣を、俺は改めて振りかぶることなく、そのまま真っ直ぐにノエルに向かって突き出す。
彼女の腹部に向かって俺の剣は伸びていき、このままいけば命中する、と思ったところで、ノエルは反応した。
流石に冒険者組合の組合長など務めるだけあるというところだろうか。
大斧の刃を引き戻して受けようとすれば間に合わないと判断したらしい彼女は、その細い持ち手の部分を下して、俺の剣の先端を正確にとらえて弾いたのだ。
針の穴を通すような所業であり、またたとえそんな技術があったとしても失敗したときのことを考えるとおいそれと実行に移せない方法である。
しかし、彼女は一味違った。
不敵な笑みを浮かべながら、思いもよらない方法で剣を弾かれて目を見開いている俺を見つめると、今度は彼女の方から攻勢に転じた。
向かってくるのは、大斧の刃ではなく、柄の方である。
そこに魔力が付与されて燃え盛り始めたのを俺は確認し、即座に魔術壁を張らなければならないと早口で呪文を唱える。
「我が前に土の盾を――土盾!」
唱えると同時に、一瞬で、何も存在しない空気中から浮き出る様に細かな石の破片が生まれ始め、そしてそれは衝突しあって最終的に俺の目の前を完全に覆う土の盾となった。
そこにノエルの大斧の燃え盛る柄が突きこまれるが、土の盾に阻まれて俺までは届かない。
破壊力はあったのは間違いなく、土の盾はノエルの大斧の柄によりすぐに破壊されたが、一瞬の間が開き、それによって俺は彼女から距離をとることに成功した。
さらに、大斧の柄に纏われていた炎は土の壁に衝突したことによって掻き消えてしまい、もはや彼女がもっているその武器は通常の大斧と異ならないものになっている。
これで、事態は振り出しに戻り、俺とノエルはお互いを見てにやりと笑い合う。
目の前に立つ者が、十分に自分と争える強敵であると認めたからだった。