第41話 侮りの帰着
冒険者組合の組合長、ということで俺は勝手ながら壮年以上の男性なのだろうと思っていたのだが、その予想はノエル=バスティードの登場により完全に覆された。
自己紹介を受け、黙っているわけにも行かず、俺は言う。
「……俺は、ユキト=ミカヅキ。ついこの間、冒険者組合に登録した冒険者だよ」
すると、ノエルは目を見開き、俺を見つめて、それからミネットに顔を寄せて言った。
「どういうことかしら? なぜ子供が冒険者組合に……」
その言い方からして、ノエルには俺が母ププルの紹介を経て登録されたことは説明されていないのだろう。
特殊な魔道具を除いて、連絡手段が手紙くらいしか無い以上、それも仕方のないことだが、こうなると少し面倒なことになってくる。
ミネットはノエルの質問に答えた。
「組合長、ユキトくんはあの雷姫ププルの紹介状を携えて登録しに来ました。Bランク以上の冒険者の推薦があれば、少なくとも登録は許可されることは規定の通りです」
はっきりと細かい説明を聞いたことはなかったが、そういう仕組みがあるらしい。
ノエルは雷姫ププル、のあたりで少しいらついた表情になり、それからミネットが最後まで言葉を口にしてから、その表情に見合った声で、けれど周りには聞こえないように囁くような音量で言った。
「それは偽造ね。なにせ、デオラス王国は一週間ほど前に魔物の襲撃と原因不明の呪いによって崩壊したのだから。雷姫ププルは……一般には知られていないけれど、あの国の王族に連なる方よ。生きているはずが無いわ……」
そう言って少し唇を噛んだ後、ふいと俺の方を見て、
「ま、そういうわけだから、今度からはもっとうまくやりなさいな。少年。情報って言うのは大事よ?」
などと馬鹿にしたように言うので、俺は笑ってしまう。
彼女の言っていることは確かに正しい情報を多く含んでいる。
しかし、残念なことに現実が明らかに異なることを俺は知っているのだ。
それに、彼女が偽造と決めつけているそれは、まさに母ププルによる魔法印の施された、偽造不可能なそれに他ならない。
俺の見た目で侮り、結果として間違いにたどり着いている愚かな存在が、これほど滑稽に見えるとは思わなかった。
そんな俺の表情が、ノエルを馬鹿にするものだと理解できたのか、彼女は声を荒げて言う。
「何がおかしいのよ!?」
何が、と言われると困ってしまう。
別に怒っているわけでも腹が立っているわけでもないのだが、勘違いもここまでいくと笑える、と思っているだけの話だ。
だから俺は正直に言った。
「……いや、組合長がこんなので大丈夫なのかと思ってさ。ミネット。この人は本当に組合長なのかな?」
俺の言葉にミネットは首を振って、
「残念ながら……なんというか、この人、あんまり頭が回らないのに賢そうに振る舞いたがるのよ。ユキトくん、ごめんね。……組合長」
ミネットはノエルの方に向き直り、言った。
ノエルはそのことばに、
「なによ!?」
と切れ気味で言っているが、もはやそこに威厳など感じない。
ミネットは続ける。
「まず、ユキトくんの言っている話は真実です」
「え、だってデオラスは……」
「雷姫ププル様の出身地や所在地とかはわかりかねますが、ユキトくんが私に示した紹介状は正規の魔法印の施された正式なもので、偽造することは不可能です。印影も確認しましたが、冒険者組合外秘の印影記録と照合した結果、確かに雷姫ププル様のものと確認できています」
後出しと言えば後出しの話だが、一言も事情を聞こうとしなかったノエルが悪いだろう。
ミネットは鋭い剣幕で続ける。
ノエルはその間、
「えっ、えっ……」
などと言いながらあわてているが、自業自得だろう。
「さらに、仮にププル様の紹介状に問題があったとしても、うちうちにではありますが剛剣ゴドー様よりその身元、実力について保証を頂いています。特級鍛冶師でいらっしゃるラルゴ様からも、今後、ユキト様に素材収集の依頼を指名することがあると連絡も頂いているくらいです。彼は間違いなく将来有望な冒険者であり、その所属を認めない理由はありません」
矢継ぎ早に言われる様々な事実。
その中には俺も知らなかったものがあった。
ゴドーもラルゴも何をやってるんだ、と思う反面、非常にありがたいものを覚える。
こうやって味方してくれる知り合いが増える、というのは嬉しいものだなと修羅場の中思った。
そして、最終的に自分の言った台詞が完膚なきにまで間違いであることをミネットに論破されたノエルは、がっくりと膝を地面につけてさめざめと泣きだし、それから俺に言った。
「ご、ごめんなさい……私が間違ってたわ……」
としっかり謝ってくれた。
俺としては、ここまで言ってくれたのだから特に問題はない。
早とちりで登録が出来ない、などという事態にならなかったのだし、あとは水に流してもいい。
そんなようなことを言うと、ノエルは、
「ほんと!? ありがとう……許してくれなかったら、私、今日も晩御飯抜きになるところだったわ……助かった。私の食事が、助かった!」
と、なんだか精神年齢が下がったような雰囲気でしゃべり出すものだから、ミネットの顔を見て首を傾げると、ミネットはあきれたような顔で言った。
「もともとこういう性格なのよ、この人は。さっきまでのは……外面と虚勢? だから、出来れば許してあげてほしいわ……。ご飯の話はあれね。私と同じ建物に住んでるから、この人が街にいるときは作ってあげてるのよ。この人、戦い以外なんにも出来ない人だから」
なんでそんなのが組合長なんかしてるんだ、と聞きたくなった俺の気持ちを理解したのか、ミネットは続ける。
「その戦いの技能が、結構すごいからね。ここは地理的に迷宮から魔物が大量にやってくることが少なくないのよ。そのときに活躍できる人材が、冒険者組合の組合長として適任、と判断されたの」
ミネットの言葉を聞いた俺は、リリアに尋ねる。
「……知ってた?」
リリアは首を振って、でも、と話し出す。
「組合長が女の人だって言うのは知ってたよ。なんども見たことあるし、綺麗な人だなぁって思ってた。けど……」
けど、の続きをリリアは言わなかったが、大体何を言いたいのかはわかった。
こんなに馬鹿だとは思わなかった、と言いたいのだろう。
魔物調教師組合の講師にだまされた彼女をしてそう思ってしまうような人物である。
本当に大丈夫なのか、と思ってしまうが、ミネットが言う。
「……確かに、今日は特にひどかったわね。大方、ユキトくんが子供で、かつ街に帰ってきたばかりで頭がぱっぱらぱーだったんでしょうね。本当にごめんなさい。私も代わりに謝っておくわ」
「いや、それはもういいんだけど……ねぇ、ミネット」
「ん?」
「俺、試合しないといけないの? これと」
とノエルを指さして言うと、ミネットは、うーんと悩んだ声を出すが、それを聞いていたノエルがあわてて言った。
「ちょ、ちょっと待って! 下位ギルドを経てない新人で、特に子供や女の人が来た場合に試合するのは規則よ!? 試合はしないとだめよ!?」
といかにも必死そうである。
俺は非常にいやそうな顔で彼女を見つめ、ミネットとリリアもそれに倣うような視線でノエルを見た。
結果としてノエルは泣きだし、そして俺たちに何度も謝る羽目になったのだった。