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魔女の弟子の彷徨  作者: 丘/丘野 優
第1章 低級冒険者編
38/94

第38話 いつか

「……"我が身、我が肉体を強くし、疾風のごとき素早さを与えよ――身体強化コールルファスマン"」


 いつもはもっと子供っぽいような、幼さを感じさせる声が、詠唱を唱えるに当たって玲瓏な響きを纏っていた。

 深い集中が感じられ、魔力を集積し、現象へと変容させようとするリリアの体内魔力の輝きを俺の目ははっきりと捉えている。

 基礎魔術バイズマジーのときにはさほど感じられなかったが、彼女のこの集中力、魔力のコントロールは、意外とかなり高い位置にあるのかもしれない。

 彼女に渡した指輪による成長力補正もあるのは間違いない。

 しかし、それを考慮したとしてもおそらくすぐに辿り着くのは難しいだろうと思われるところに今彼女はいる。


 魔力は彼女の呪文イピラとイメージによって適切にその形を変容させ、リリアの身体をゆっくりと包んでいく。

 俺と比べればかなりゆっくりであり、魔力のロスも大きく、粗削りだと評価せざるを得ないが、初めて使用した魔術でこれだけの効果を出せると言うのは珍しいことだ。


 思いのほか、拾いものだったのかもしれない。


 リリアの呪文詠唱を見て、俺はそう思った。


 薄緑色の魔力光を体に纏ったリリアは、魔術が解けないように気を配りながら魔力の集積と発動を注視し続ける。

 それから、魔術が安定していることを理解した彼女は、ゆっくりと動いた。


「……魔術、かかってる、よね」


 あまり余裕がないのは初めてこの魔術を使ったから、そして持続型の魔術を使ったことがないからだろう。

 魔術・オーなどの、瞬間的に発動するタイプの魔術のコツと、低級身体強化魔術コールルファスマンシャルムのような一定時間の持続を要求するタイプの魔術のコツは異なり、自由に使えるようになるためには慣れが必要だ。


 今はその維持に意識の殆どを持って行かれそうなリリアも、数回使えば慣れていくはずである。

 魔物と戦うに当たっては、この魔術維持をほぼ無意識に出来るようになる必要があるから、出来るようになってもらわなければ困るという事もある。


 俺はそんなことを考えながら、リリアに頷く


「あぁ、問題なくかかってるよ。ただ、そのままじゃあ使い物にならない。リリアが低級とは言え、魔物を倒せるようになるためには、その魔術の維持をほとんど意識しなくても出来るようにならなければいけないからね」


「……できるかな?」


 不安そうにゆっくりと首を傾げるリリアに、俺は言った。


「出来るさ。もちろん、根拠なく言っている訳じゃない。リリアに渡した指輪の力があるし、それ以上に今リリアが魔術を発動させるのを見て思ったことがある」


「……それは?」


「リリアには、結構な魔術の才能があるかもしれないってね。魔女に魔法の深淵を学んだ者がそう太鼓判を推しているんだ。これは結構な根拠なんじゃないかな?」


「フローラさんが……ユキトは魔女アラドの弟子って言っていたもんね……本当なんだ」


「あぁ、本当さ。ただ内緒で頼むよ。あんまり言い触らすと、呪われちゃうからね」


「……っ!?」


 冗談のつもりで言った台詞だったのだが、リリアにはそうは聞こえなかったらしい。

 驚いて集中が解け、魔術が霧散してしまった。

 それから少しだけあとずさって、


「……呪われたくないから、だまってる……」


 と本気でいう者だから、俺は笑ってしまった。

 気持ちは分からないでもないのだ。

 この世界では、魔女はお化けと等しい。

 悪いことをしたら悪い魔女がお前を食っちまうぞと言われて子供は育つ。

 だから、リリアもそんな気分になったのだろう。

 実際、アラドはデオラスの国土に絶大な呪いを残して逝ったのだからあながちウソであるとも言えないのだが、わざわざリリアを呪ったりはしないのでやっぱりただの嘘である。


 俺が爆笑しているのをリリアは口を尖らせてみていたが、それからしばらくして、いつの間にか二人で笑っていたのだった。


 ひとしきり肺の中に溜まった空気を吐き出した俺たちは、それから日が沈むまで魔術の訓練を繰り返した。

 やることは単純で、リリアが魔術を唱え、それを自分の魔力がなくなるまで持続する。

 ただそれだけだ。

 魔力が完全になくなったら、俺の魔力を分け与えて回復させ、また同じことをする。

 魔女の技術は、そんなことまで可能とさせているのだ。


 そして、ただそれだけのことの繰り返しが、リリアの魔術行使能力に絶大な影響を及ぼしていることを、俺の目は明確にとらえていた。

 リリアが魔術を使いきると同時に、リリアの体内に流れ込んでいく俺の大きな魔力。

 それが、リリアの魔力総量をゆっくりと拡張させていく。


 イメージとしては、風船のような感じだろうか。

 はじめは30センチくらいにしかならなかった風船。

 けれどそれはなんども空気を入れることによって、その表面積を増やし、大きく、大きくなっていく。

 普通の風船なら、すぐに割れてしまうだろう。

 けれど、その風船は特殊な方法によって割れないようにすることができる。

 一度に大きく膨らませるのではなく、じわじわ、じわじわとその大きさを拡張していくことによって、割らずに膨らませることができるように設計されているのだ。

 もちろん、限界はあるが、そこにたどり着くには、長い年月がかかる。

 だから今、この場にある風船――リリアが破裂する日は、おそらく来ないだろう。


 何度も魔術を発動させることによって、リリアの魔術の持続時間は伸びていく。


 はじめは20分だった。

 けれど次は25分になった。

 その次は、40分になり……最終的には2時間の持続を可能とするまでになっていた。


 そこまで至ったところで、リリアの疲労が限界に達し、しかも日も暮れてこれ以上は訓練と言う感じでなくなってしまった。


 二時間の持続を終え、くたくたで地面に座り込むリリアに、俺は言う。


「今日はそろそろ帰る?」


「……い……いえ、まだまだ………!」


 手をぐーにして振り上げようとリリアは立ち上がるが、ふらっとして倒れそうになったので俺は慌てて支えた。

 銀髪が顔にかかり、鬱陶しい。

 いい匂いはするし、さらさらではあるのだが、なんというかくしゃみが出そうになる。

 口には出さないが。


「ふらふらじゃないか。そんな状態で訓練したって身に着くものも身につかないよ。また明日、だね」


「で、でも……」


「別に焦らなくていいさ。焦ってもいいことなんて何もない……今出来ることをやるんだ」


「うん……」


 思っていた以上に、俺のその言葉には強い力が籠ってしまって、俺の方が少し驚く。

 リリアはそこに説得力を感じたようで、項垂れながら頷いた。

 気持ちは分かる。

 早く力を身に着けて、一人前になりたい。

 それが彼女の望みなのだろうから。


 俺も、同じだ。

 早く強くなって……そして。


 けれどすぐに出来ることと出来ないことがある。

 強くなると単純に言うが、それは一体どういうことなのか。

 ただ腕をあげればそれでいいのか。

 むやみやたらに戦い続ければ、それで俺はデオラスの呪いを解けるのか。

 いや、そんなわけがないだろう。


 それに、魔女も、父も強者であるにも関わらず、一撃で倒されてしまったあの鎧騎士。

 魔術を無効化するあの武具の力もさることながら、鎧騎士本人の能力もおよそ考えられないくらいに強かった。

 あれに類するような存在がいずれ俺の前に立ちはだかった時、俺はそれを退けられるようにならなければならない。


 そのためには、まずは、力をつける。

 それは単純な実力でもあるし、それ以外の――デオラスを復興に導けるようなものを得られるような権力に類するような実力もだ。

 そのためには、冒険者として名を上げ、様々なところに行って資金と、人とのつながりを築いていく必要があるだろう。

 気の遠くなりそうな長い道のりだが、頑張っていかなければならない。


 その間のデオラスについてだが、デオラスは、幸いその立地からして、すぐに他国にそこを拠点に魔物が攻め込んでくるという事は考えにくい。

 あの土地は、峻険な山々に囲まれ、海路も潮の流れの関係で難しい自然の砦だったからだ。

 よく山を知る者でなければ、たとえ魔物であるとしても超えるのは簡単ではない。

 そもそもあの国の国土は完全に呪われており、わざわざそれを手に入れようと足を延ばす国がそうそうあるとは思えない。

 だから、放っておいても大丈夫だろうとのん気に考えている部分もある。


 そして、だからこそ、デオラスの国民の大半は逃げることもままならずに滅びただろうとも思った。

 ある程度の国民は生き残っているらしいが、その生き残ってオリンに逃げた者たちも、相当難儀したはずで、だからこそそういう者たちにはどうにかしてこれから先も生き残ってほしい。

 ただ、それは俺がやることではない。

 母が、その責任でやってくれる。


 だから俺がやるべきは、とにかく、デオラスに巣食う呪いをどうにかして解き、そしてあの地に新たな国を樹立するためのあらゆる努力を行う事。

 それだけだ。

 ただ、気負いすぎても出来ることも出来なくなってしまう。

 適度に余裕をもって、無理はしすぎずにこつこつやることが大事だろう。


 そこまで考えて、俺はリリアに言う。


「強くなりたいのは……俺も一緒だ。でも無理しては、できることもできなくなってしまう……ゆっくりでもいい。確実に強くなろう。俺にも、リリアにもそれができるはずだ。……そう思わないと、やってられないだろう? 見返してやりたい……そう思うだろう?」


「……ユキト。そんな……泣きそうな顔しないで……」


「あれ……?」


 気づかず、目が潤んでいたらしい。


「ごめん。別にそんなつもりじゃなかったんだけど……とにかく、頑張ろうね」


「……うん。ユキト、私……頑張るから」


「あぁ。その調子さ。大丈夫だよ……大丈夫」


 そうして俺たちは、宿に向かった。

 ちなみに宿だが、リリアが俺が使っていた宿に拠点を移している。

 彼女曰く、同じパーティに所属する者はそうするのが多いとのことだ。

 絶対と言うわけではないが、俺としてはリリアとプライベートはどうしても分けたいだとかそういう考えは持っていない。

 色々と都合も良さそうなので、ぜひにそうしてもらった。


 帰り道は話が弾んだ。

 明日は魔術に加え、剣術の模擬戦もすることにしよう。

 そんな話を沢山した。

 そこには希望があった。

 俺も、リリアも、あまり明るい日々を送れてきたわけではないが、それを引きずるのは良くないことを分かっている。

 今を生きるときは、明るい気持ちでいるのが一番いいのだ。

 そう思って。

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