第36話 基礎魔術
早速訓練を始めることにしたのでリリアに構えから教えることにする。
リリアの装備している武器はレイピアとダガー。
レイピアで相手にダメージを与えることを、ダガーで攻撃の防御を行うという事を考えているので、両手にそれぞれの武器を持っている状態だ。
つまり、二刀流である。
初心者にそんなものを勧めるのは明らかに間違っているという事は、俺も分かっている。
なにせ、二刀流は難しい。
日本の剣道の試合で二刀流がルール違反でないのにほとんどそんな戦い方をする者がいないのは、それを使い物になるまで鍛え上げるのが難しいからだ。
この世界においても、その事実が異なるわけではなく、同じように難しく二刀流を選択する者などほとんどいない。
全くいないわけではなく、それなりに名の通った二刀流の剣士、というのも存在しないわけではないが、初心者があえてそこから始めることは極めて稀だ。
通常は、一般的な剣術を修めて、その後に一つの選択肢として考える、ということが多い。
けれど俺は、その困難な道をあえて始めからリリアに勧めた。
なぜか。
一言で表すならば、それは浪漫、という事が出来るだろう。
二刀流の女剣士。
超カッコいいではないか、という物凄く単純な理由に基づいている訳だ。
正直にそう言ってもリリアなら「そうですねっ!」とか言ってくれそうとは思ったのだが、初めから二刀流は難しいんだよ、などと言うと先入観がついてよろしくないのではないか、とも思ったのでその事実についてはリリアがいっぱしの使い手になってから説明しようと思っている。
そもそもリリアの本職は魔物調教師なのだから、その補助として身に着ける武術が多少趣味に走ったものだとしても、それほど深刻な問題は発生しないだろう。
それに、難しいと言っても、全くいないと言うわけではなく、それなりにはいるわけだし……。
と、頭の中で言い訳を拵えつつ、もう気にしないことを決めてリリアの指導に入ることにする。
それに、いくら俺でも何の勝算もなく浪漫だけを追い求めてリリアに困難な道を身に付けさせようと考えている訳ではない。
魔物調教師であるリリアにとって、どんな戦い方を身に付けるかというのは今回に限ってはかなり重要なことである。
自らの力で魔物を倒し、従えるというのが人から魔物を譲り受ける以外の従魔を得る基本的な方法である以上、リリアは少なくとも低級の魔物を倒すに足りる実力を身に付ける必要があるのだから。
そんな人生を左右する選択を、俺の趣味を推して選ばせた責任くらいは少なくともとらなくてはならない。
だから、基本的な武器の握り方、構え方を教えてから、俺はリリアに魔術をも教えることにした。
今のリリアの基礎能力ではどうやったって魔物の速度や筋力についていけるはずもないのは明らかである。
魔術による基礎の押し上げを図ることによってやっと戦えるようなレベルになる。
もちろん、俺が補助魔術を使用して戦ってもらう、というのも考えたが、魔物調教師にとって、もっとも大事なのは才能、そして自信である。
自信なき魔物調教師に魔物は従わず、契約も失敗することが多い。
だから、自分の力のみで魔物と戦える、という事実をリリアに認識してもらい、自信を持って魔物を従えてほしいというのがあった。
そうであるとしても、魔物調教師、細剣士、それに加えて魔術師の技能まで身に付けるというのは器用貧乏への道まっしぐらのようにも思えるが、そうはならないように俺がしっかり鍛えるつもりであるから別にいいのである。
リリアとしても文句はないようだ。
ただ、それでも不思議ではあったようだ。
首を傾げて質問してくる。
「そんなに色々やって、身につくものなの? そもそも私、大して魔力ないから魔術師の技能なんて……」
一端の魔術を使える魔術師になるために一番重要なのは、十分な魔力を持っているか否か、基本的にこの一点に尽きるので、魔力の量に自信のないリリアとしては不安なのかも知れない。
一般的に、生来の魔力量の増加は難しいと言われており、その増加は絶対にないとは言わないが、まれなことだと言われている。
けれど俺は魔力や魔法についてこの世界の誰よりも詳しい種族、魔女の弟子である。
魔力量云々についてはいくらでも抜け道が存在することを知っていた。
「魔力については俺がどうにかできる。まずは……これをつけてくれ」
俺は自分の指にはまっていた指輪をリリアに渡す。
黒色の宝石が銀で出来た台座に載せられたその指輪を、リリアは不思議そうな目で見つめる。
「きれいだね……でも、これは?」
「それは魔導具だよ。つければそれだけで魔力総量が増加するし、魔力の成長も促進されるものだ」
俺の言葉にリリアは目を見開いた。
デオラスから持ち出せたものは多くない。
なにせ、あの戦いのさなかに何かを持ってこれる余裕などあるはずがなかったからだ。
けれど常に身に付けていたものについては、その限りではなかった。
俺が魔女アラドから譲り受けたいくつかの魔導具、それを俺は身に付けていた。
そのうちの一つが、いまリリアに渡したそれだ。
効果はリリアに説明したようなもので、これはかなりの高性能と言っていい。
魔力総量増加のできる魔導具が一般に存在しないわけではないが、リリアに渡したものは市販のものとは異なってかなり高い割合で魔力量を増加させるものであるし、それに加えて魔力の成長促進効果まで持っている。
売りに出せばかなりの値段になるのは間違いなく、作れる者も相当少数だろう。
俺も魔女アラドに魔導具の制作については学んでいたが、おそらく作るのは難しいという他ない。
どちらか片方の効果を持つものならば、それもある程度性能を低下させたものならば、材料さえあれば出来なくはないのだが……。
リリアとしても、俺の渡した指輪の効果がけた外れであるということは理解したようで、だからこその驚きだろう。
リリアは言う。
「え、で、でも……そんなもの借りていいの?」
「別にいいよ。あげてもいいし」
「こんなもの、ぽんぽん人にあげちゃだめだよ……」
「いや、ぽんぽんあげてるわけじゃないよ。リリアがパーティメンバーだからあげてるんだ。おかしいかな?」
そう言うと、リリアは少しだけ涙ぐんで、それから微笑んだ。
「……そっか。ありがとう。……でも、借りておくね。もらうのは……申し訳なさ過ぎるから」
「気にしなくてもいいんだけどね」
なにせ、これからリリアには厳しい訓練をつけるのだから。
しかも、俺の趣味丸出しの技能の。
その報酬だと思ってもらえればいいのだ。
リリアはそれから指輪をはめる。
するとすぐ違いが実感できたようで、目を見開いて驚きを口にした。
「……なんだか、ものすごい魔力が満ちていくのを感じるよ」
「魔力を感じられないってわけじゃないんだね。よかった。それならすぐに覚えられるんじゃないかな。基本的な魔術は何か使える?」
俺が聞いているのは基礎魔術と呼ばれる攻撃以外の用途が想定されている魔法のことだ。
水を出したり、火種にする小さな火を生み出したりなど、冒険者としては身に付けておいた方がいいと言われる数々の魔術。
ただ、これらですら、魔力がある程度なければ使えない。
リリアは見る限り、魔力が少ないとはいっても基礎魔術が使えないというほどでもなさそうだから、身に付けている可能性もあると思っての質問だった。
「水くらいなら……」
そう言って、リリアは魔力を集積し、手元に水を作り出した。
もっとも基本的な基礎魔術であり、誰もが最低限これくらいは覚えたいとまで言われる魔法だった。
とはいえ、リリアの発動させた魔術・水によって発生した水の量は大体コップ一杯分というところだろうか。
使用した魔力の量と比べ、少なく、効率も悪い。
だが、確かに魔術は発動していた。
効率が良くないのは、魔力が少ないが故に練習がそれほど出来ないことが原因だろう。
もともとリリアが持っていた魔力量では、おそらく魔術・水を三度使用すれば魔力切れになっていたはずだ。
それでは練習などそれほど積めるはずもない。
リリアは魔術を使った後、俺の顔を見ていった。
「……この程度しかできないんだけど……大丈夫かな?」
「もちろん。俺はリリアがまったく魔術を使えない可能性も考えていたんだ。魔術・水を使えるなら、少なくとも魔術の勘みたいなところから始める必要はないから、むしろ予定よりずっと早く覚えられると思っていいよ」
「本当?」
「あぁ……だから、がんばろうね」
「うんっ!」
そうして、リリアは明るい笑みを浮かべたのだった。