第35話 訓練場
訓練場所をどうするか、ということが一応の問題になるかもしれないと思ったが、意外なところからその問題は解決されることになる。
「訓練場なら冒険者組合が解放してくれてるよ?」
リリアがどこで訓練するか考え込む俺にそう言ったからだ。
詳しい説明を促した俺に、リリアは続けた。
「冒険者組合はなんだかんだ言っても結局、戦いに強いことが大事だから……パーティとか組んでると連携の確認とかもあるし、そういうことが出来る場所を確保して組合員に貸し出してるんだよ。事前に予約すれば貸し切りにすることも出来るけど、広いし、そこまで大規模な使い方をする人も少ないから、基本的には常にいくつかのパーティがそこで訓練してるんだよ」
「へぇ……」
ほんの少しだけとは言え、冒険者として先輩であるだけあって、俺よりも冒険者組合について詳しいらしかった。
そんな場所があるなんて知らなかった、と言ったら、
「聞かないと教えてくれないからね」
と言って笑った。
リリアは元々魔物調教師組合に所属していたため、そこの所属する他の魔物調教師に聞いたので知っていたらしい。
自らの能力のみを使って戦う剣士や魔術師と異なり、魔物調教師は従魔との連携が重要になる特殊な職であるために、そう言った情報の収集には余念がないのだと言う。
実際、従魔に逃げられる前に何度かそこで訓練を重ねたらしく、これだけ連携がうまくいっているなら討伐も受けられると自信を持って依頼を受けたのだが、最終的に従魔に逃げられることになりどうにもならなくなってしまったらしい。
訓練場に向かって歩いている道すがら話してくれた訓練場の話題からその話題へと移行するにしたがってリリアの背中からは哀愁が漂い始めている。
俺はそんなリリアの肩を叩き、
「まぁ、過ぎたことは仕方ないよ。これから良い魔物調教師になればいいんだから。そのための訓練じゃないか」
と言うと、リリアはぱっと明るくなって、
「そうだねっ!」
と言った。
気のせいか、それから少し足早になっていった。
早く訓練して、従魔を手に入れたいと気が急いているのかもしれない。
焦ってそうなるのは良くないことだが、高揚してそんな気持ちになっているのなら、それはやる気の表れだろう。
俺は特に注意もせず、微笑みながらそんなリリアの後ろについて行った。
訓練場建物は冒険者組合建物とは別の場所にあった。
迷宮都市ハルヴァーンでも、比較的、端っこの方と言えばいいのか。
最も近いのはハルヴァーンの北門ではあるが、それでも結構歩くのでこれは教えられなければ気づかないだろう。
大きさは決して小さくはなく、むしろ巨大と言ってもいい。
コロシアムのような形をしており、遠くから見ても非常に目立つ威容だ。
入口からコロシアムの通路に入ってみると、その途中に受付があり、冒険者組合職員らしき女性が書類仕事をそこでしていた。
「すみません」
「はい。なんでございましょう?」
話しかけると、すぐに視線を上げて対応してくれる。
俺はそのまま目的を告げた。
「ここで訓練が出来ると聞いたのですが……」
「はい。冒険者組合の冒険者の方ですね? もしそうではないならば利用は出来かねますが……」
「はい、冒険者です。あの、気になったのですけど、冒険者以外の利用が出来ないというのは冒険者が冒険者以外の者と来た場合もですか?」
「いいえ。パーティに一人も冒険者がいらっしゃらない場合に、お断りしています。一応、冒険者組合の施設でございますので、目的外の使用は望ましくないためにそのような対応をとっております。ただ、冒険者が護衛依頼や、遺跡の探索において学者などの人員を連れることは日常的な業務の範囲でございますので、そのような場合に対応するため、訓練をすることは可能となっております。したがって、冒険者の方が一人いれば、使用は出来るという事になっております」
「なるほど……丁寧な説明、ありがとうございます。ギルドカードの提示は必要ですか?」
俺が収納袋からギルドカードを取り出すと、冒険者組合職員の女性は微笑み、それを受け取る。
「はい。お預かりいたします……」
女性は、カードを手元にある水晶のような魔導具にかざし、そこに表示された情報を読み取ってからギルドカードを俺に返却した。
「確認いたしました。Gランク冒険者、ユキト=ミカヅキ様ですね。……後ろの方はお連れ様でしょうか?」
「彼女も冒険者です」
「でしたら、カードを提示していただけますか?」
女性に言われ、リリアもカードを出した。
俺の時と同じように、リリアのカードも水晶にかざされ、返却される。
「確認いたしました。Fランク冒険者、リリア=スフィアリーゼ様ですね。今回ご利用される方は以上でしょうか?」
「はい」
「施設の案内などは必要ですか?」
「ええと……」
俺個人としては必要だが、以前使用したことのあるリリアがいる。
どんな施設があり、どのようなルールがあるのかはリリアに聞けば十分かもしれないと思い、リリアの顔を見た。
すると、リリアは、
「うん。大丈夫。私が歩きながら説明するから……それに、そこに羊皮紙があるよね? 訓練場を初めて利用する人のための説明が記載されてるから、それを読めば大丈夫だよ」
「そっか……わかった。じゃあ、施設の案内はだいじょうぶです」
冒険者組合職員の女性にそう断り、俺は通路を先に進んでいくリリアにとことことついていくことにする。
もちろん、利用者案内が記載されているらしい羊皮紙も一枚もらった。
書いてあることは簡潔で、最低限だが、これで十分なのだろう。
そんなに複雑な施設やルールがあるわけでもないらしい。
リリアが歩きながら説明を加える。
「訓練場の施設は大きく分けて三つだよ。一つ目が、大闘技場。これは読んで字の如く、大きな闘技場なんだけど、普段はただの広場なんだ……だから一般的に冒険者はここで訓練することが多いかな。私もここを使ってたから、御馴染の施設だよ。二つ目が、訓練所だね。これは下位組合及び冒険者組合所属の師範が有料で訓練をつけてくれるところだよ。下位組合で学んで、冒険者組合に所属してしばらく経ったあとの冒険者が利用することが多いんだって。やっぱりランクが上がると、基礎に不安が出てくるらしいよ。私もそのうち使いたいなって思ってる。……三つ目が、幻想修練所だね。ここは特殊なところなんだけど、魔導具を使って幻の相手と戦いが出来るところだよ。いい訓練になるんだけど、人気の施設だし、料金も安くないから……いつか使おうね」
説明はかなり詳しく丁寧だった。
てっきり訓練場とはただ大広間を貸し出してくれているくらいのレベルだと思っていたのだが、意外にも色々出来る施設らしい。
なんとなく前世における遊園地をイメージしてしまうが、首を振ってその妄想を振り払う。
遊びに来たわけではなく、訓練しに来たのだから、遊園地も何もないだろうと。
そのままリリアの後についていくと、とうとう開けた場所に出た。
円形の観客席が、丸く平坦なグラウンドを囲んでいるそこは、まさにコロシアムと言うにふさわしい。
広さも中々で、遠くの方でいくつかのパーティが訓練しているのが見えるが、魔法が飛んで来たり武器が飛んできたりはしそうもない程度には遠い。
仮に飛んできたとしても、これだけ距離が開いていれば十分に避けることが出来るだろう。
リリアはどうか分からないが、その場合は俺が守ればいい。
「なかなかいいところでしょ?」
リリアが微笑みながら聞くので、俺は答えた。
「あぁ、ここなら十分な訓練が出来そうだな……じゃあ、リリア。訓練を始めようか」