第34話 武具購入
「ふふふふふ……」
あれから店を出て、ラルゴのところに向かっているのだがリリアは嬉しそうに購入した服の入った布袋を抱えて笑みを零し続けている。
はじめは確かにあの店員が魔女であるということに驚きを示していてしばらく放心に近いような状態でぼーっとしていたのだが、実際に服を手にし、身に着け、そしてセットで売ってくれると言う他の服何着かをフローラと選んでいるうちにそんな驚きはどうでもよくなったらしい。
今までの襤褸服でも別にかまわない、とは言っていたリリアだが、服に興味がないというわけでもかわいい服が嫌いと言うわけでもなんでもなく、ただ単純にお金がないから削れるところは削っておこう、という意識だっただけのようだ。
その証拠として、今のリリアは満面の笑みだ。
服を選んでいるときも楽しそうだったし、フローラの魔法によってぽんぽんと服を何着も試着しているときも楽しそうだった。
俺はと言えば、リリアとフローラが服を選んでいる間、店に入って直後フローラが腰かけて紅茶を飲んでいたテーブルに着いて彼女たちの様子をぼんやりと見つめていた。
驚くべきことに、というべきかそれとも魔女らしく、というべきか、フローラが手持無沙汰な俺に出してくれた紅茶は、そのカップに入っている液体全て飲み干しても、カップの縁を軽く叩いてやるとまた紅茶が出てくると言う魔導具だった。
しかもその出てくる紅茶は産地や味を想像しながらカップを叩くとその通りのものが出てくるし、ランダムにと望んでもその通りにカップが満たされるのである。
二客ばかり譲ってもらえないか、と無理を承知で頼んでみたところ、
「別にかまいませんわよ。サービスでお付けしますわ。ただ、わたくしが作ったものですから、故障した場合はわたくししか直せませんので、ここにお持ちください」
と言われた。
お陰でこれからの俺とリリアの冒険においてはどんなところであっても、必ず好みの淹れ立ての紅茶を飲めることが確約された。
ラルゴの店に着くと、待ちわびた様子で奥の方から出てきたラルゴが手を挙げてこちらに歩いてくる。
「おう、戻って来たか。どうだった? "花の香"は。嬢ちゃんの顔を見る限り、評判通りの良い店だったみたいだが」
「うん……なんかおかしな店だったよ」
「……?」
不思議そうな顔を向けてくるラルゴに"花の香"での出来事を語る。
魔女であることについて隠してほしいと言われているわけではないし、フローラはそういうところに無頓着であるような感じがしたから特にぼかすことなく魔女フロルカーミラがいたということまで話す。
ラルゴにしてもそういうことを言い触らしたりするような人間ではないし、そもそも魔女がいましたと言って簡単に信じるような者はあまりいない。
だから別に話しても問題ないだろうという考えもあった。
「魔女か……なるほどな」
きっとこの話を聞けば驚くだろう、そう思って話していたのだが、ラルゴは全て聞いた後、納得して頷いた。
何故なのか気になって俺は質問する。
「なにがなるほどなの?」
「あぁ、"花の香"な。若い娘に人気の店だって話はしたろ?」
「あぁ、そう言えばそんなこと言ってたね」
「その理由はもちろん、"花の香"が提供する衣類の出来が良いから、なんだがそれ以上にあの店は客を選ぶらしくてな。行っても店に入れない奴と、入れる奴に別れるらしいんだ」
「普通の店舗だったけど……どうして?」
「それがよく分からなかったんだが、お前の話を聞いて納得したよ。おそらくだが、結界か何かが張ってあるんじゃねぇか? 人避け、というか人選びと言うか、そういう類の結界がよ」
「結界……」
言われてみれば、店に入った時に何かよくわからない布を通り過ぎたような不思議な感覚がしたのを覚えている。
あれが結界なのだと言われれば確かに納得はいく。
店の周りの人通りも極めて少なかったことから、店に入る時だけでなく、一定の人間はそもそも近づくことすら出来ないようになっているのだろうと思われた。
「どうやら心当たりがあるらしい。俺の予想は正解のようだな」
「たぶんね……けれどリリアと俺はなんで受け入れられたんだか」
「さぁな。俺と同じじゃねぇのか。面白そうなやつだから、ってな。そっちの嬢ちゃんも随分様変わりしちまっているしよ」
ラルゴが見つめたリリアの見た目は確かに初めに来たときと明確に変わってしまっている。
なぜなら、もはや眩惑魔法をかけてはいないからだ。
にもかかわらずラルゴがそこのいる銀髪の少女をなぜリリアと分かったのかと聞いてみれば、
「長年鍛冶師をやってればな、身のこなしや動き方を見てれば同一人物であることくらい分かるぞ。それに加えてユキトと一緒にいるからな。簡単なことだろ」
と言われた。
一流と言うのはこういう人の事を言うのだろう。
見た目が変わっても内面から理解してしまうのだ。
「普通はそれでも奇妙に思いそうなものだけど」
「武具の中にも何らかの条件に従って見た目が変わるものはあるからな。それと似たようなものだと思えば何もおかしなことはない」
なるほど一流と言うか、鍛冶馬鹿だったという事だろう。
俺の微妙な視線を受けたラルゴはひらひらと手を振り、話を変えた。
「ま、そんなことより嬢ちゃんの武具だな。どうするか決めてるのか? 嬢ちゃんに合いそうな武具は大体倉庫から引っ張り出してきたから大抵の注文には答えられるが。ないときは作るしな」
店内に並ぶ製品を興味深そうに眺めているリリアを見つめて、ラルゴは俺に問いかけてくる。
「防具に関しては、身軽なものが良さそうだね。あまり体力もないだろうし……魔物調教師だから矢面に立って戦うことは少ないだろうし。ただそれでもそれなりに鍛えてもらう予定だから、細めの片手剣と……パリーイングダガーなんかもあった方がいいのかな」
「お嬢ちゃんの意見は聞かなくていいのか?」
「ユキトの見立てに任せる! って言われちゃったんだよね……実際、魔物調教師としての技能しかないから、武器の扱いはこれから覚えるしかないんだ。だから選ぶなら体格に合わせたものを選んだ方がよさそうだと思うんだよね」
「ふむ……分かった。いくつか持ってくるからちょっと待ってろ」
そう言って、ラルゴは店の奥に入っていく。
リリアは店の製品を見るのにも飽きたようで、俺の方に寄って来る。
「決まった?」
「できれば自分で決めてほしいところなんだけど……」
「でも私、どうやって選べばいいのかわからないし……」
「まぁ、そうだよね。だからこれからラルゴがいくつか武具を持ってきてくれるから、それを実際に手に持ってみて、馴染むものに決めてもらうことになるよ。だから準備してて」
「うん。分かった!」
武具を選ぶ、という冒険者として極めて基本的でメジャーな行動に、リリアは少しばかりの高揚を感じ始めたらしい。
手を振り上げて頷いた。
しばらくして、ラルゴがいくつかのレイピアとパリーイングダガーを抱えて持ってきて、カウンターに並べたので俺とリリアはそれを見て選ぶことになった。
「で、どれがいい?」
「うーん……よく分からないけど、これかなぁ」
そう言ってリリアが手に取ったのは、薄緑色の刀身を持ったレイピアと、血のように赤い刀身のダガーだった。
他のものは使われた金属の放つものであろう銀色に輝いているので、その二つだけ異彩を放っているから目についたのだろう。
リリアは実際に右手にレイピアを、左手にダガーを持って店内の開けたところで何度か振り回した。
多少へっぴり腰であり、のろのろと重そうではあるが、一応、冒険者らしく全く腕力がないというわけではないようだ。
それなりに訓練すれば弱い魔物相手なら使い物になりそうな感じがした。
ラルゴはリリアが選んだ武具を見て、言う。
「悪くないな。それにしたらどうだ?」
「え、他のは……」
リリアが言われて、まだ他のものを試していないことを控えめに主張する。
おそらくラルゴとしては、リリアが武具を振るのを見て一番合っている武具であると職業的勘で感じたのだろうが、リリアはおそらくしっかりと武具を持ったこと自体そんなに多くないから、感覚的にこれが合っているとかそういうことが分からなかったのだろう。
ラルゴもそれは分かっているらしく、経験も必要だと思ったようで、頷く。
「じゃあ、他のも持ってみろ」
「はいっ!」
言われて、リリアは他の武具も試し始めた。
けれどどれを振ってみても、不思議そうに首を傾げている。
おそらく、しっくりこないのだろうと思われた。
そして全部使ってみて、最後に言った。
「最初に使った、緑と赤のやつが一番良かったです!」
そう言った。
ラルゴの目はやはり正しかったらしい。
一流は凄いなと思った。
「風細剣と血短剣な。ちなみに前者には魔力を籠めることによって身軽になる効果が、後者にはそれで切りつけた相手から体力と魔力を奪う効果がある。よく覚えておけ」
ラルゴはそう言った。
どうやら、それなりにいい魔法武具らしい。
リリアはその説明に頷き、何度も暗記するように効果を唱えていた。
それからリリアはラルゴが用意した防具をつける。
防具は武器のようにいくつも、というわけではなく一着だけで、しかも今着ている服装によく合っていて、身に着けて楽そうな身軽な皮防具だった。
おそらく今日購入した他の服とも合うだろう。
なにせ、雰囲気を合わせて選んだとフローラが言っていたくらいだ。
リリアも着心地に感心したらしく、これがいいです、と言って喜んでいた。
俺はラルゴに礼を言い、武具の代金を支払う。
「やっぱり少し安すぎる気がするけど……もう少し取ったら?」
求められた値段は、俺が武具を買った時同様、かなり低価格だったから、そう言った。
しかしラルゴは言う。
「倉庫の奥に突っ込んでた品だぞ。出してから嬢ちゃんに合わせて手直しはしたが……売れないよりはよっぽどいい」
そう言って取り合わなかった。
結局、服と合わせて予想より遥かに安い金額でしかも良品をそろえることが出来てしまったので、懐にはかなり余裕がある。
素晴らしいことだが、これから先もこんなにうまくいくとは考えない方がよさそうだ。
お金は貯めなければならない。
そしてそのためには、まずは依頼を受けないと。
依頼を受けるためにはリリアの魔物だ。
「という訳で……」
店を出て俺がそう言うと、リリアが首を傾げた。
なので俺は言う。
「そろそろ、リリアの魔物を捕獲しなきゃね」
「そうだね……でも、私、戦えるかな?」
「少し鍛えないとまずいかもしれない……ま、お金には余裕があるし、今日明日は付け焼刃でも剣術の練習でもしようか? 明日は俺と組合長との試合があるけど、それまでは時間があるだろうし」
そう提案したのだった。