第31話 花の香
「ア……収納袋って、あの収納袋ですか!?」
リリアが俺よりも先に大声でそう叫んだ。
そうなりもするだろう。
収納袋と言うのは作り方も職人も基本的に明らかにならないもので、それを手に入れられるのはたとえ王族であっても幸運だけが頼りであると言われているほどのものだ。
それをこんなまるでただの袋のようにぶん投げられて、しかもその材料までぽろっと何でもないかのように漏らされてしまっては叫びたくもなるというものだ。
ラルゴは慌ててリリアの口を塞ぎ、
「こ、声がでかい! 秘密っつったろうが!」
「もがー! もがもがもが……」
急に口をふさがれて、しかもその際に鼻もふさがれたらしい。
リリアは徐々に顔を赤くしていって、ラルゴの手をはたき始めた。
それをラルゴは叫ばせろと言っているものだと勘違いして、力を強めた。
魔物調教師の、しかも初心者でしかない少女が、一流の鍛冶師、しかもドワーフ男の力を自らの腕力でもって跳ね除けられるはずもない。
赤くなっていったリリアの顔は、徐々に青くなっていく。
はじめは面白く見ていたが、流石に限界だろう。
俺はラルゴに言った。
「ラルゴ、そのままおさえてると息できないでリリアが死んじゃうから、離して。流石にパーティメンバーの命をこんなところで散らすわけには……」
「あ!?」
そう言われてやっと気づいたのか、ラルゴは慌てて手を放した。
「……っ。ぜはー……ぜはー……」
離されて、ぎりぎり失神手前だったリリアは、地面に手をつきながら、深呼吸を始める。
徐々に呼吸も楽になってきたようで、ゆっくりと立ち上がり、それから俺をぽかぽか叩きつつ言った。
「も、もっと早く助けて!」
「いやぁ……どこまでいけるかなぁと思ってさ。それに秘密って言われたことを大声で叫んじゃうリリアも悪いと思うよ」
「そ、それは……」
そのことについて多少は思うことがあるのか、しょぼんとして、それからリリアはラルゴに頭を下げた。
「ごめんなさい……あんまりにも驚きすぎてしまって。言っちゃダメでしたよね……」
「いや、別にいいぜ。あぁ、言っていいって事じゃなくて、許すって事だからな。幸い、誰も聞いてねぇし、それに俺もあんまりにもさらっと言い過ぎたからな……ま、お互い、次からはもっと気を付けて喋ろうぜ」
「はい。気を付けましょう!」
そう言って、リリアは手を振り上げて決意を新たにした。
短い付き合いだが、あのポーズをとることが、リリアにとって心機一転の意思表示らしいことがだんだんと分かってきた。
まぁ、そんなことはとりあえず置いておいて、問題は俺が渡されたこの袋の方だ。
本当に収納袋なのか……と思って、袋の入口を開き、手を中に差し入れてみた。
すると、どこまでも飲み込まれていき、肩まで入ってしまった。
どう考えても、そんなことが出来る深さなどないにも関わらず、だ。
その様子を見ていたリリアが、驚いた顔で、
「本当なんだね……!!」
と言っている。
ラルゴも笑顔で見つめているから、やっぱり真実これは収納袋なのだろう。
しかしそうだとしても、なんで俺にこんな貴重なものをくれるのか。
こんなもの、そもそも売ればひと財産だ。
歪み鳥の値段を考えれば先ほど俺にラルゴがくれた金貨は妥当だ、と言ったが、こんな使い方があるならそれはそうだろう。
どれほど貴重な鳥なのかは分からないが、用途を考えればその生息地すら本来なら明らかでないのが普通なのかもしれない。
そんな鳥の住む場所を、ラルゴとゴドーは俺に明かしている。
どれだけ信頼してもらっているのか、改めて教えられた気分だ。
「……ラルゴ、さっきの金貨もそうだけど、こんな貴重なもの、もらえないよ」
冷静に考えて、そう言うしかない。
これはよほど実力のある冒険者がやっと持てるかどうか、という代物だ。
この間、冒険者登録したばかりのぺーぺーが持っているのは奇妙極まりない。
それに、ねたまれたり盗まれたりする可能性を考えると、問題もあるだろう。
そういう色々を含めた言葉だったが、ラルゴは言った。
「それは基本、お前しか使えないようになっている。一番最初に使用した奴の固有魔力に反応して持ち主登録がなされるようになってるからな。だから、まず盗んでも無駄だ。中身を奪うことは出来ないし、使うこともできない。それに、お前なら……実力でそういう奴らはどうにかできるだろう。いざとなればゴドーの名前でも出せよ。そういうところでプライドとか気にするほど馬鹿じゃねぇだろ?」
「ラルゴ……」
どこまでも読まれている気がするが、彼のいう事はほとんど事実を指摘している。
俺は盗まれることはよっぽどのことがなければないだろうし、何か文句をつけられたりしそうなときは素直にゴドーの名前を出すだろう。
そしてゴドーは俺に危害を加えた何者かに正しく制裁を加えてくれるだろうと確信できるくらいには、俺はゴドーと友人のつもりだった。
本来ならその逆もしかり、と言いたいところだが、ゴドーが倒せない相手を倒せるほどの実力の持ち合わせは俺にはない。
だから、いつかはそうなれるようにしようというのが今の目標の一つだ。
俺はラルゴに言う。
「分かったよ……ありがとう。素直に受け取っておく。ただ、いつか必ずこのお礼はするよ」
「へっ。気にすんな……って言いたいところだけどな、お前にはそのうち竜の素材を持ってきてもらうと言う約束があるからな」
「……それ約束なんだ。分かったよ。きっと持ってくるさ」
何でもない、冗談に近いような会話だったが、それに驚いたのは、リリアだ。
「りゅ、竜!? ユキト、竜を倒す気なの!?」
俺は微笑みながらいう。
「まぁ、いつかは、ね。リリアは無理だと思う?」
そう聞くと、リリアはうーんうーんとしばらく唸りながら考えて、それから答えをたたき出す。
「いけるかも!!」
どこをどう考えてその結論に至ったのかは全くの謎だが、俺も同じことを思っているので、この思いもよらない答えに俺は吹き出してしまった。
「ぷっ……あっはっは! そうだね。いけるね!」
「うん! いけるよ!」
そんな俺達二人を見て、ラルゴも笑った。
「くっくっく……おもしれぇやつはほんとおもしれぇやつを連れてくるよな。ゴドーもそうだし、ユキト、お前もそうだ。おい、お嬢ちゃん?」
「はい?」
「お嬢ちゃんの武具は俺が責任を持って見繕ってやろう。そうと決まったら、早く服買ってこい。その間に、いくつかに絞っておいてやるから。倉庫の武具も見てくるかね……」
「あ、ありがとうございます!」
リリアも気に入られたらしく、そう言ってラルゴは店の奥の方へと入っていった。
どうやら倉庫、などというものがあるらしい。
店先に出ているのは誰に売っても構わないもの、ということだろうか。
その辺は分からないが、あとで聞いてみようと思った。
それから、リリアに言う。
「じゃ、俺たちは君の服を買いに行こうか。あ、服屋の場所聞くの忘れたな……」
そう思っていると、店の奥から大声が聞こえた。
「そうだった! 女物の服だがな、冒険者組合のところまで通りを戻って、それから西にしばらく歩くと"花の香"って店がある! 最近、割と若い女に人気らしいぜ!」
「……だってさ」
リリアを見て、俺はそう呟く。
するとリリアも頷いて、
「じゃあ、行こう!」
と腕を振り上げた。
なんだか妙な方向にスイッチが入ってしまったらしい。
俺はずんずんと店を出て歩いていくリリアについて行きながら、割とうまくやっていけそうだなと考えていた。