第30話 服装
無事パーティ登録は終わったが、まだまだ問題は山積している。
特にリリアが魔物調教師なのに従えるべき魔物を持たないと言うのはパーティとして致命的と言うほかない。
だから、まずは依頼を受ける前にリリアの魔物を調達する必要があった。
「でもなぁ……」
じろじろとパーティ登録が終わり、わくわくして楽しそうなリリアを見つめる。
「どうしたの?」
首を傾げるリリアの銀髪がしゃらんと流れる。
それにしても美しい容姿に似合わない粗末な服装だった。
あまり上等とは言えないだろう麻の上衣に、同じような材質のミニスカート、それに履き古して今にも破けそうな皮の靴と、貧乏さがよく分かる。
まぁ、大した依頼も受けられずに時間がしばらく経てば最終的にこうなるのはある意味当然なので、驚きはまるでないのだけど。
それに、魔物調教師だっただけあり、武器もナイフ一本しか持たないと言う貧弱さ。
これではどんな魔物と戦おうともその敗北は必至だろう。
魔物調教師は魔物を従えなければならないが、その性質上、従えるべき魔物は自らの力で倒す必要がある。
これは魔物調教師と魔物との間に結ばれる魔法契約のパスを繋ぐために、相手を屈服させなければならないからである。
野生の魔物相手にそれをやるのは初心者には相当厳しいので、徒弟制度や組合などにより、初めの一匹は師に当たる人物が譲ることによって対応することが普通だが、リリアについてはそれはもう期待できない。
頼めばくれるかもしれないが、リリア自身が嫌だと言っているのだから。
そうである以上、リリアは自らの力で魔物を屈服させる必要があるのだが、今の状態を見るにそれが可能だとはとてもではないが思えなかった。
「リリア、魔物と戦って勝てる自信ある?」
率直にそう聞くと、リリアはうつむき、それからぽつりと言った。
「……ぜんぜんないよ」
まぁそりゃそうだろう。
勝てるなら自分で狩りに行けばいいのだから。
「だよね。まぁ、それは仕方ないけど、ある程度は戦えないとどうしようもないから……その武器だけじゃ厳しい、というか、服とか防具も買わないと……」
「でも私、お金ないよ」
おずおずと申し訳なさそうに、がっかりとした様子でリリアがそう言った。
俺は頷いて答える。
「分かってるよ。だから、まぁ、俺が貸すことになる。それでもいい?」
他人からお金を借りるのは死んでも嫌だ、とか、祖母の遺言でそういうのはできない、とか言われてしまったらもうどうしようもないのだが、リリアは特にそんなことはないらしい。
申し訳なさそうではあるが、非常にありがたそうな表情で言った。
「願ったりかなったりだけど、いいの?」
「あぁ、いいさ。なにせこれから一緒にパーティを組んで伝説を作っていく仲間だからね。リリアには強くなってもらわないと困る」
そう言うとリリアは笑って頷いてくれた。
俺は続ける。
「そうと決まれば善は急げだ。リリアにもし心当たりがあればそれでもいいんだけど、実は俺にはいい鍛冶師の知り合いがいる。よければ紹介して、何か武具を見繕ってもらおうと思っているんだけど、いいかな?」
「うん。紹介してくれると嬉しい。私、ぜんぜんそういうの分からなくて……だからほとんど武具関係のお店に行ったことないよ……」
「それでどうやって冒険者なんかしてたんだ……」
「ナイフは譲ってもらったし、魔物も譲ってもらえたし、服は……実家から持ってきたのを着てるから」
それが節約精神に基づいたものなのか、それともただの世間知らずから来ているのかはなんとも言えないが、どっちかと言えば世間知らずの方なのだろう。
いくらなんでも一度も武具関係の店に行ったことはないはいくら初心者でもひどい。
「それなら構わないけど……あと、服もどうにかしないとだよね」
「え、これで大丈夫だよ?」
リリアはそう言って自分のボロボロなそれをひっぱって不思議そうな顔をした。
もしかしたら見かけによらず……いや、今なら見た目通りだろうか……吝嗇家なのかもしれないなと思ったが、それはいいだろう。
それよりも、リリアにはその服ではよろしくないということを理解してもらわなければならなかった。
「大丈夫じゃないよ。いい年の女の子が、そんな襤褸じゃだめだ。それに、依頼を受けるにしたって、あんまり貧乏そうな服装をしているのは良くない。こいつ、全然儲けてないな、きっとよっぽど底辺の冒険者なんだろう、とか依頼者から思われたら問題だろう? ま、ランクが低いのは当然ばれるだろうけど、下に見られるにしたって限度がある」
そう言うとリリアははっとした顔をして頷く。
「そ、そうだよね! たしかに! わかった、服も新しいの買わないと……でも」
ちらっと俺の方を見て、再度リリアは申し訳なさそうな顔をする。
それだけで、言いたいことが分かった。
俺は言う。
「お金は、全額貸すよ。大丈夫だ。そのうち俺たちのパーティは今回君が買う服やら装備やらの代金なんてすぐ稼ぐようなパーティになる。俺はそのつもりだし、リリアもそのつもりだろ?」
そう言うと、リリアはぶんぶんと壊れたおもちゃもここまでは振るまいと言う速度で首を縦に振った。
「うん! わたし、頑張る!」
そう言ったリリアの肩を叩いて、それから俺たちは鍛冶屋に向かった。
どこの鍛冶屋かなんてそんなのは決まっている。
ラルゴの店。
それ以外にハルヴァーンにおける鍛冶屋の選択肢なんてなかった。
◆◇◆◇◆
店に着くと、ラルゴがカウンターから笑顔で迎えてくれた。
「おう、ユキト。よく来たな!」
その笑顔は明るく非常に好意的なもので、俺にはこの間の旅を通じて慣れたものだったが、噂通りそれは一般的にはかなり珍しいものだったらしい。
鍛冶屋にいた先客らしい冒険者が、そんなラルゴの表情をぎょっとした顔で見つめていたのが面白かった。
それからその客が武具を購入し、いなくなったので、俺はラルゴに用件を伝える。
「なんだかずいぶん久しぶりな気がするけど、昨日振りなんだよね。ま、でも一応言っておこうか。久しぶり、ラルゴ。今日は俺のパーティメンバーの紹介と、それから武具を見繕ってもらいにきたよ」
すると、ラルゴは一瞬驚いた顔をしたが、すぐににやりと笑って俺の肩を叩く。
「昨日の今日でもうパーティ組んだのかよ! しかも……」
俺の後ろで少しびくついているリリアを見つめながら言った。
「可愛らしいお嬢ちゃんとはな。全く、隅におけねぇぜ」
リリアを見てその感想が出てくるのは仕方ないような気がするが、そこまでからかうような気配を感じないのは男同士だからかもしれない。
こういうところは、女の人の方がしつこかったなと、思いつつ、俺は話を続けた。
「俺からナンパしたわけじゃないんだけど……成り行きでね。ほら、リリア。挨拶」
「わ、私、ユキトと黒銀の竜爪というパーティを組むことになりました、りりりりリリアと言います! よろしくお願いします!」
リリアの台詞に頷いたラルゴは、特にパーティ名については突っ込まない。
「おう、よろしくな、お嬢ちゃん。それにしてもみずぼらしい恰好してるなぁ……武具そろえる前に、先に服どうにかした方がいいんじゃねぇか?」
「え、えっと……やっぱりこれじゃダメでしょうか?」
「いや、だめってこたぁねぇが、穴が開いてたりしてるしな……それで防具つけたら多分、擦れて痛かったりするぞ。先に服買ってこい」
ラルゴはリリアがそんな恰好の理由をある程度見抜いているのだろう。
俺の方を見て、早く服買ってやれと視線で言っている。
「は、はい……あの、じゃあユキト……」
リリアも、ラルゴの言葉にうなずき、俺を見た。
ただ、買いに行くのはまったく構わないのだが、俺は女の子の服の売っている店なんて分からない。
だから知り合いがいないか、ラルゴに聞いてみる。
「ねぇ、ラルゴ。服はいいんだけど、どこに売ってるか教えてほしいんだけど……そこそこの値段の、そこそこの品を売っている店をさ」
「そこそこ? 別にそれなりにいいのを買っても……あぁ、そういや、まだお前にこの間の依頼料と素材売却益を渡してなかったな。ほれ」
そう言って、ラルゴが何か皮袋を投げてきた。
中を見ると、かなり多めの金貨が入っている。
明らかに、当時冒険者でもなんでもなかった俺に払うような金額ではない。
冒険者になった今でも、初心者でしかないわけだから余計にそうだ。
「ちょっと、ラルゴ。これ多すぎない?」
「いや、適正だぞ。もともとゴドーに払うつもりで用意してた金の一部だし、それに歪み鳥の値段を考えるとな。それくらいになる。あとついでにこいつもやろう、冒険者になった餞別だ」
そう言って、ラルゴはまた別の袋を投げてきた。
俺は慌てて受取り、それを眺める。
何の変哲もない、皮の袋。
細々としたものを入れるのに良さそうだが、このサイズのものにしては不自然に入口が大きく開くようになっている。
なんだろうか、と矯めつ眇めつ見てみるが、よくわからない。
降参して俺はラルゴに聞いた。
「これは何?」
するとラルゴはなんでもないことのように、言ったのだ。
「あぁ、そいつは収納袋だぜ。俺手製の。歪み鳥はその材料ってわけだ。二人とも秘密にしとけよ。ばれたら三人そろってどうなるかわかんねぇからな」
絶句した。