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魔女の弟子の彷徨  作者: 丘/丘野 優
第1章 低級冒険者編
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第3話 放浪の始まり

 しかし、実際に鎧騎士の持つ剣が、俺を斬ることはなかった。

 気づいたそのとき、俺と母の目の前には、見覚えのある背中があったからだ。

 その背中の主は、鎧騎士の剣を自らの剣で持って受け止め、俺たちを守っていたからだ。

 幾度となく見た、小さくも頼もしいその背中に、俺は声をかける。


「婆さん……」


「なんて顔してんだい、坊。まるで死人でも見たような顔じゃないか」


 そこにあったのは、すでにこの世にないはずの顔。

 王国の魔女アラド・ゴル・バーダだったのだ。


「どうして。死んだはずじゃ」


 混乱してそんなことを呟く俺。

 けれど婆さんは脂汗を流しながら、笑って言った。


「死んではいなかったさ……ただ、もう時間はないがね」


 言われて見ると、魔女アラドのローブの腹部は赤く染まっていた。

 足下には彼女の体から漏れ出ているらしい血が垂れて血の水たまりを作っている。

 鎧騎士に刺された、というのは事実のようらしいと、そこで初めて現実感をもって魔女アラドの敗北を俺は察した。

 それまでは、彼女が負けるはずが、死ぬはずがないと、そんなのは嘘か冗談であると心のどこかで思っていたのだ。

 しかし、こうも明らかな現実が目の前にあるともはやそんな否定など何の意味も持たない。

 彼女は、負けた。

 そしてこれから死ぬのだ。

 そう、認めないわけにはいかなくなった。


「驚いたぞ、魔女。それほどの傷でよくぞここまでやってこれたものだ。魔女というのは生命力も普通の人間とは異なるようだな……よかろう! この俺が止めをさしてやろうではないか!」


 そう言って、鎧騎士は剣を振りかぶり、それから魔女アラドと再度、その剣を交わし始めた。

 信じられないほどの速度で放たれる剣。

 それを受ける魔女アラドの技量。

 どちらもすばらしく、こんな場でなければ見物して楽しみたいような気分になってくる。

 しかし今はそういうわけにはいかない。

 あの魔女は俺たちを助けるためにこの場に現れたのだから。

 だから、俺たちは、俺と母は逃げなければならないのだ。


 けれど、どうやって。

 それが最大の問題だった。


 転移結晶は使用できない。

 あの鎧騎士の目を盗んでこの場から去るのも難しい。

 そうなると、打つ手は無い……。


 そんなことを思っていると、剣を振るう魔女の口から声が響いた。


「……坊! 逃げるのじゃ!」


「そんなこと言ったって、どうやって……!!」


「儂を誰だと思っておる? 王国の魔女じゃ。最期の力を振り絞れば、おまえたちを遙か遠くに飛ばすことくらいたやすい……それに、この国をこんな奴らの手に渡す気もない……」


 その言葉がどんな意味なのか、俺には理解できなかったが、魔女アラドはそう言ったあと、呪文を口にし始める。

 おそらくは転移魔法を使う気なのだろう。

 なぜか転移結晶の使用できない現在でも、彼女には転移をかけることが可能らしかった。

 さすがは王国の魔女と言うことだろうか。


 そんな魔女アラドと剣を交わす鎧騎士は少しいらついた様子で言った。


「……魔女。貴様……!!」


 鎧騎士の剣の勢いが増した気がした。

 どうやら転移をされると鎧騎士は都合が悪いらしい。

 おそらく奴の力でもって転移の出来ないこの空間が維持されているのだろう。

 それがどれほどの力を持つものかは分からないが、魔女の力には抗えないらしい。


 俺と母の周囲に魔力が集積し始める。

 転移前に起こる現象。

 柔らかな緑色に発光する光の渦だ。

 これが俺たちをどこか別の場所へ連れて行く。


「……婆さん、あんたも!」


 手を伸ばして、俺はそう言った。

 けれど、魔女アラドはこちらをそっと見て、笑い……、


「坊。儂は行けぬ……まだやることがあるでな……ぐっ」


 そう言った瞬間、隙が出来たのか、それを見逃さなかった鎧騎士の鋭い剣が魔女アラドの胸を抉った。

 完全な致命傷に見える。

 それから恐るべき速度で剣を抜き去ると、鎧騎士はすぐに俺たちの方へと向かってきた。

 転移前に殺してやろうということだろう。

 けれど、鎧騎士の思った通りにはいかなかった。


 俺達に近づこうとして、何かに引っ張られるように足を止めた鎧騎士。

 見れば、鎧騎士の体には黒い鎖が巻き付いていた。

 その先は地面に描かれた巨大な魔法陣に繋がれていて、外れない。

 鎧騎士の力をもってすれば、地面に繋がれた鎖程度、地面ごと抉って引っ張ることが出来そうだが、それが出来ないところを見ると、何か魔術的な力が働いているらしい。


「くっ……死に損ないめが! まだ呪詛を……!!!」


 それでも、鎧騎士は暴れてそれを外そうとするが、よほど強力な呪縛なのか全くはずれず、鎧騎士は次第に指一本動かせなくなっていく。

 さらに、玉座の間の窓が突然、巨大な音を立てて割れた。

 なにが起こったのかとそちらを見てみれば、王城の外、王都の街の上空に巨大な黒い穴が出現しているのが見える。

 禍々しい邪気を放っているように思えるそれが一体何なのかは俺には分からなかったが、鎧騎士には理解できたようだ。


「……あれは! まさか……魔女!!」

 

 鎧騎士の言葉に、魔女アラドは笑って言う。


「貴様らにこのままこの国に、この世界に居座られては敵わんでな。ちょっと細工をしてきた。今頃貴様のかわいい部下たちは魔界に送り返されているだろうよ。貴様も時間の問題じゃな……ほれ、もう体が耐えられんじゃろう?」


 にやりと笑って言われて、鎧騎士は黒い鎖の力とはまた別の呪詛が自らの身に働いていることを理解したようだ。

 王城の外の黒い穴に引き込まれるような力を感じたらしい彼は、それから逃れようと、ぎりぎりと鎖を引きちぎろうともがくが、やはりそれは出来ないようだ。

 徐々に体を引っ張られていき、とうとう彼は玉座の間の窓から、ここまで一緒に来た魔物達と一緒に黒い穴の方角へ飛んでいく。

 そして、しばらくの後、黒い穴に吸い込まれて、その向こう側に消えていった。

 黒い穴は徐々に小さくなっていく。

 この国から、魔物の気配が消えていく。

 しかしそのかわりに、何か禍々しい空気が満ち始めている。

 ぼこぼこと、王城の壁が溶け始めているのが見えた。

 これは何だと聞きたいところだったが、そんなことをしている時間はなさそうだった。


 鎧騎士が黒い穴に消えていくのを見届けた魔女アラドは、それから転移しかけている俺と母を見ながら、言った。


「……これで、とりあえずは大丈夫じゃ。しばらくは――数年か、数十年かは分からぬが――奴らもこちら側へは来られんじゃろう……ただ、この地は儂の呪いで穢された。今後数十年、いや、数百年かもしれんが……もはや人が生きていける地ではなくなるじゃろう……坊、それにププリ。ここには戻るでない……外で、奴らに対抗すべく力を蓄えよ……そして、世界を救うんじゃ……あとは、頼んだぞ! ……ぐぼっ」


 今際の際にあっても、魔女アラドは俺たちに何かを託そうとしていた。

 世界を救う?

 どうやって?

 しかしそれを語る時間は彼女には残されていなかったようだ。

 それだけ言うと、魔女アラドの口からは大量の血が吐き出され、ゆっくりと斃れていったからだ。

 俺は手を伸ばしてどうにか彼女を掴もうとするも、結局伸ばした手が届くことは無かった。


「婆さん……婆さぁぁぁん!!!」


 俺がそう叫んだ瞬間、俺達は光に包まれ、転移した。

 無念だった。

 もう少し、手を伸ばせば。

 そう思ったからだ。

 その後、魔女アラドがどうなったのか、俺たちには分からない。

 けれど、きっと……死んだのだと思う。


 あの鎧騎士を縛った鎖、それに魔物達を無理やり魔界に帰したらしい呪詛……間違いなく、あれが、魔女アラドの最期の力だった。 


 だから俺は祈った。

 魔女アラドの冥福を。

 そうして緑の魔力光は、俺たちを遠くへと運んでいく。


 あの落日の王城よりも遙か離れた地。


 迷宮都市ハルヴァーンへと。


 ◆◇◆◇◆


 気づくと、俺と母はどこかの都市の裏路地のようなところに横たわっていた。

 先に目が覚めたのは俺の方で、母はそのドレスを汚して目をつぶっていた。


 きょろきょろと回りを見渡すと、あまり綺麗な感じのしないところであったから、このままではまずいと思い、とりあえず自分と母に幻惑の魔法をかけ、一般的な市民に見えるようにする。

 それから、宿を探し、今日一晩を乗り切ることにした。


 金は持っていた。

 王族である。ある日突然誘拐される可能性もあるし、その場合に逃げるチャンスがあるかもしれない。

 そして逃げた先で必要になるのは、金だ。

 王族としての威光も使えるかもしれないが、確実とは言えない以上、有る程度の金は服の隙間なりポケットなりに有る程度持っておくのが王族としてのたしなみだった。

 もちろん、金貨だけでなく、銀貨や銅貨も持っている。

 あまり大金ではないが、当座を凌ぐには十分だった。

 大金が必要になった場合に備えて、宝石の類もいくつか持っているが、そういうものは捌く伝手が必要である。本当に緊急の事態になるまでは温存しておくべきものだった。


 宿をとり、二人部屋に案内してもらうと、やっと息がつけた。

 母はまだ眠っている。


 あれから城はどうなっただろう。

 国は。

 どうにかして国に……それが出来なければ周辺国に連絡しなければならないが、その手段もここにはない。

 アラドが言うにはデオラスは穢されたと言った以上、存続していると希望を持つべきではないのかもしれないが、それでも生きている人間はまだいたはずだ。

 国がどうなったかを知るには、時間の経過とともにここに伝わってくるだろう話を待つか、反対にその話を求めて国に向かって旅をするしかないだろう。

 この世界の連絡事情は極めて緊急性に乏しいのだ。


 そんな俺の国から遠いここは、どこか。


 宿の主人に聞くと、ここは迷宮都市ハルヴァーンらしい。

 それは俺の国ではなく、そこから遙か西方に位置する特殊な自治都市だ。


 迷宮、と言われる不可思議な存在をその中心に据えて回転する都市。

 それこそが迷宮都市だ。

 迷宮は誰が作ったのか誰も知らないが、簡単に言うのならば、中に大量の魔物と資源が存在する鉱山のようなものだ。

 魔物をいくら殺そうが資源をいくら取ろうがいつの間にか補充されてしまうという訳の分からない構造をしているため、この都市が出来て何百年の月日が経ったのか分からないが完全に攻略することは出来ていないらしい。

 そもそも一体どれほど深いのかすら分かっていない状況らしく、そのため、この都市には多くの冒険者や山師が集い、かなり貧富の差が激しくもある。


 こんな都市にとばして、一体あの婆さんは俺になにをしろと言うのだろうか。

 飛ばすにしても、もっと別の場所があっただろうと罵らずにはいられない。


 ただ、魔女アラドは深謀遠慮の人だった。

 ここに俺たちを飛ばしたことにもなにかしらの意味が存在するはずだった。


 しかしそれが何なのかが分からない。

 だからその俺の中の不理解が、いらつきに変わり、悪態になってしまうのだった。


「はぁ……」


 とりあえず、悩んでいても仕方がない。

 このまま考え続けて分かることでもないだろう。

 今日のところはさっさと眠り、明日になったら考える。

 その方がいい考えも浮かぶかもしれなかった。

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