第29話 キラキラしてる
「早速だけど、パーティ名はどうしようか?」
酒場のイスにかけて飲み物を頼んで直後、俺はリリアにそう言った。
さきほどのミネットの話を聞く限り、決めるべきはそれくらいで、他の細々とした点についてはアバウトでも良さそうだ。
リリアは顎に手を当てながら考える。
「うーん……そうだねぇ、どんなのがいいかなぁ」
特に、リリアとしても案があるわけでもないらしい。
二人で適当にいくつか出して決めるのがいいのかもしれない。
俺としてはあんまり分不相応な名前をつけるのはどうか、と思っているので、どちらかと言えばわかりやすい機能的なものか、ただ区別できればそれでいいと言わんばかりの記号的な名前かのどちらかを押したいところだが、リリアがどう考えているのかが問題だ。
軽いジャブ、のつもりで俺は自分の考えている名前の候補を挙げてみる。
「俺としてはパーティ名なんて何でもいいと思うから、それこそ"魔法剣士1、魔物調教師1"とかでいいと思うんだけど……数が増えたらまたパーティ名は変えられるらしいし」
そう、それは軽いジャブのつもりだった。
別にそれが絶対的にいいとか、それ以外認めないとか、そういう強硬な主張をしたつもりはなかった。
にもかかわらず、リリアは俺の提案をそういうものだと受け取ったようで、その表情ががらりと変わった。
それはもう、何とも評しようもない、悲しげな顔で、がっかりとか残念とかそういう感情が透けて見えるような悲しみぶりだ。
でも、別段俺の言葉に反対しないで、魂の抜けたような声と顔で言うのだ。かくかくと首が縦に振られる。
「……あ……うん、そ……そうだよ、ね……うん。私、分かってたよ……ユキトくんが、そ、そういう名前……がいいって……あ、うん……あ……うん……もっ、もちろん、さん……賛成、だよ……私も……うん……そうだよ……やっぱり、冒険者はわかりやすさ重視、だよ、ね……うん……」
そのあまりの悲しみように、俺は一瞬、いや、今のはただの提案で別にそれで決定というわけじゃないよ、と言おうと思ったのだが、なんだか少し嫌な予感がしたので、それはやめた。
リリアの言葉を素直に、そのまま受け取ったふりをし、ことさらに明るく言う。
「そう? わかった。じゃあ、それで決定だね。あとは名前とか宿とか書いて……うん、それでオッケーだよ。じゃ、俺、書類出してくる……」
そう言って、イスから降りて再度受付に歩き始めた俺。
けれどその足を進めることは出来なかった。
がし、となんだか覚えのある腕のつかみ方をされた俺は、その掴んでいる手の持ち主の方を振り返る。
すると、やっぱりどこかで見たことがあるような涙目で、こちらを見つめるのだ。
ただ、その後に出てきた言葉は、以前とは違ったが。
「……何?」
「やっぱり、もう少し考えようよ……“魔法剣士1、魔物調教師1”とかつまらないよ……かっこよくないよ! だめだよ!!」
話しているうちに徐々に力の入っていくリリア。
その表情にも熱が籠もり始めた。
そしてリリアは言う。
「やっぱり、冒険者のパーティ名は、かっこ、よく、ない、と!!!」
一文節ずつ、区切るように力を込めた彼女は、そう言って腕を振り上げて叫んだ。
その様子を見物していた周りの冒険者たちがまばらに拍手する。
なんだか分からないけれど多少の支持は集められる主張らしい。
しかし、俺は思った。
かっこいいパーティ名とは、つまりあれだろう、と。
拍手している奴らは、つまりそういう奴らなんだろう、と。
見れば周りで手のひらを叩いている奴らの平均年齢は極めて低かった。
大体十代、高くて二十代前半。
それを越えるようなベテラン冒険者の風情を感じさせる男たちは苦笑するようにふっと見つめてまた酒を飲み始めている。
それは通過儀礼の真っ最中にある若者を見て、まだまだ若いな、とでも言っているかのような視線だった。
もしかしたら、どんな世界でも、一応人間である以上、若い者の感覚というのはそれほど離れているものではないのかもしれない。
次の瞬間発せられたリリアの力強い主張に、俺は改めてそう思った。
「やっぱり冒険者のパーティ名は、竜とか牙とか剣とかそういうのを入れるべきだよっ!!」
あぁ、中二病。
懐かしきその単語を俺は脳裏一杯に思い浮かべながらも、可愛らしく腕を振り上げる銀髪の中二病女子に生温かい視線を送り、そして降伏するように言ったのだった。
「……まぁ、そういうお年頃なら、仕方ないよね……」
俺の言葉を聞いてもいまいち意味の分からなかったらしいリリアは一瞬首を傾げるも、とりあえず自分の主張が受け入れられたということは認めたようで、激しく頷いた後、再度イスに座った俺を後目に、いくつものパーティ名候補を挙げはじめた。
俺の味方は周りで酒を飲んでいる三十代、四十代男性のみで、彼等は俺に向けて、「……まぁ、頑張れよ、坊主」という視線を送り、エールの入ったジョッキを掲げてくれた。
リリアが色々なパーティ名を挙げる中、俺たちのかけているテーブルの上には「あちらのお客様から、『頑張れ』とのことです」とのウエイターのコメント付きの料理がいくつも並べられていく。
ジョッキを掲げられて、優しげな、憐れむような視線を向けてくれる彼らに俺は心の底からの感謝を込めて深く何度も頭を下げた。
それから、ありがとう、ありがとう、と思いながら、俺はリリアの言葉を無感情で聞きつつ、貪るように食う。
その場で俺に出来ることと言ったら、食べることぐらいしか、なかったのである。
◇◆◇◆◇
「ええと……"黒銀の竜爪"……」
ちら、と受付の前に立つげんなりとした俺と、肌をつやつやさせ目をきらきらさせた表情のリリアを見つめ、書類に記載してあるパーティ名を読み上げたミネットは、特に何も評価を口にしないで頷いた。
「これでいいのね?」
「はいっ! 全部だと長いので、ニグルム、と呼んでください!!」
俺ではなくリリアがうれしそうに答える。
俺はなんというか、答える気力が湧かなかった。
リリアがうれしいのは、分かる。
なにせ待望のパーティ登録で、自分好みのパーティ名を名付け、それが公的に認められるその瞬間なのだから。
しかし俺は……前世において、その方面の羞恥心を鍛えてしまった俺には、この名称は……と少しだけ思うのだ。
ただ、それでもやっぱり心のどこかではこういう名前が好きな自分がいて、いい名前をつけたとリリアに賞賛を送ろうとしている部分がないとはいえない。
だからまぁ、これでいいのだろう。
パーティ名の由来は、俺の髪の色とリリアの髪の色、それに俺の戦い方が剣士なので、強い武器の象徴として爪を、リリアの魔物調教師としての目標として、いつかは竜を従えるほどの魔物調教師に、ということで竜を入れようとと言うことになり、バランスよくそれぞれを配置したらこうなった、という感じだ。
意外にまじめな理由なので、ちょっと恥ずかしいからやめようよとは余計に言いにくくなってしまった。
「……じゃあ、記載ミスもなさそうだから、受理するわね。二人とも、ギルドカード出して……うん」
ミネットがそう言ったので、二人で懐からカードを取り出して渡す。
するとミネットは手元にあった水晶の玉のようなものに書類とカードをかざして、それからカードを返してきた。
「はい、これで受理完了よ。あなたたちは晴れてGランクパーティ"黒銀の竜爪"になりました。カードにも記録されているから確認してみて……何はともあれ、これからがんばってね」
そう言われてカードを二人で確認してみると、銀色に輝くカードの端の方に確かに『所属パーティ:黒銀の竜爪』と表示してある。
カードに表示しきれなくなって正式名称は短縮という所だろうか。
とは言え、なんとなくしらけていたところもないではなかったが、こうやって改めて見てみて、俺の中にもやっとうれしさが湧いてくる。
リリアと顔を合わせて、二人で微笑み合い、それから俺は言った。
「これからがんばろうな」
「うん!」
うれしそうに笑うリリア。
まぁ、そんなに喜んでくれてるなら、ニグルムでもなんでもいいかと、そう思うことにしたのだった。