第27話 歩きはじめ
魔物がいないから依頼を受けられない。
彼女の抱えている問題はつまりそれらしい。
魔物調教師にとって、従魔は冒険者として生きていく生命線だ。
それがいなければほとんど何も出来ないと言っていいだろう。
なぜなら、魔物調教師は魔物を自らの指示に従わせなければならないという関係上、そのための知識と技術の習得にかなりの時間を割かなければならず、それがために他に個人的な戦闘技術を身に付けるのが難しいからだ。
もちろん、一部の優秀な魔物調教師は戦士としての技能や魔術師としての技能を持っていることも少なくはないが、駆け出しが魔物に対して対抗可能なレベルでそのような技術を持っていることはほとんどないと言っていい。
そして雑用依頼、とは言っても、街の外にいかなければならないことも少なくなく、そうすると魔物との遭遇可能性も高まるのは当然で、最低限、身を守るくらいは出来なければ危なくて受けられなかったりすることも少なくないという事実がある。
街の中で、街の外に出ないタイプの市民の依頼を受け続けることもできなくはないが、たまに街の外に出るような依頼を受けなければ徐々に生活が厳しくなってくる程度の報酬しかもらえない関係上、たとえどれだけ底辺の冒険者であってもある程度の戦闘技能は不可欠である。
まぁ、その必要不可欠なそれは、緑小鬼から逃走が可能な程度のものがあれば十分なのであり、別に確実にしとめられるほどでなくても構わないと言われているので、Gランク冒険者の中には緑小鬼の討伐すら出来ない者も少なくないのだが。
そんなわけで、従魔のいない目の前の少女の困窮具合は理解できようと言うものだ。
しばらくは、というか今も雑用依頼を受け続けて何とか日銭を稼いでいるのだろうが、ここ数日でさすがにどうにもならなくなってきているということだろう。
女の子である以上、野宿というわけにもいくまい。
そうなると、宿代だけで所持金がほとんど消えてしまうのだろう。
しかしそこそこ報酬の高いものを受けようにも街の外に出るようなものは従魔がいないから受けられない。
どうにもならない、どうしようと。
つまりそういうことだった。
俺は少女に頷きつつ、聞く。
「なるほど、君の抱えている問題は分かった。けれどそれでどうして俺に話しかけようと思ったんだい? 俺はこう見えて、というか見た目通りの新人冒険者に過ぎない。登録だって、君に腕を捕まれたその場でしたばっかりだったのは君も分かっているだろう?」
少女は俺が受付を終わってほとんど間髪入れずに俺の腕を掴んできた。
それはつまり、俺が冒険者登録をするその場を見ていて、それが終わって丁度いい頃合いを見ていたということだろう。
そう言外に匂わせると、少女は控えめな印象そのままの、静かな声で言う。
「うん……申し訳ないんだけど、冒険者登録をするその場での会話を盗み聞きしてしまったの……。ほんの偶然だったんだけど、耳に入ってしまって。あなたは……その、高ランク冒険者の人に見込まれている……んだよね?」
なるほど。
たぶん、ゴドーか母の話題を出しているときに聞いてしまったのだろう。
別にそれほどひた隠しにしようとは思っていないが、吹聴する気もなかった話なので俺は少し眉を潜める。
まぁ、聞いてしまったものは仕方がないと思うが。
「そうだけど……ただコネがあるというだけかもしれないよ?」
「そうは思えなかったの……あなたからはなんて言っていいのかわからないけど……なんだか、凄みのようなものを感じるの!」
そう言い切った少女に、俺は驚く。
そんなものを感じられるほど俺の実力は高くないのだが、何を思ってそんなことを、と思ったからだ。
そんな俺の感情を感じ取ったのか、少女は言い訳するかのように言う。
「……なんでなのかは、よくわからないんだけど……こう、ビビビって来たんだよ。この人だ! って。……おかしいかなぁ?」
「それはまた……なんともいえないな」
随分と勘だけに頼って生きているなとは思うけど。
まぁそれはいい。
それで、結局この少女は俺にどうしてほしいんだ。
彼女から見れば、それなりに実力がありそうな、新人冒険者に。
俺はその疑問を口にする。
「それで、そんな俺に何をしてほしいんだい?」
そう聞いた俺に、少女はおずおずと、しかしはっきりと言った。
一緒に食事をして、少しは緊張が解れたようである。
それほど堅くない、よく通る、涼やかな声だった。
「私と……パーティを組んでもらえないかな!」
そう言われて、俺は考える。
まぁ、大体そんなところだろうとは思っていたが、その前に彼女にはしなければならないことがあったはずだ。
従魔をどうにかしなければならないという、彼女最大の問題が。
「その提案に対する賛否は置いておいて、まず聞くけど、君、従魔はどうする気なの?」
「そのことだけど、私……従魔がいないから、どうにかして新しい魔物と契約しないといけないの。けれど……魔物調教師組合は、もう信用できないから……だから、個人でどうにかやろうと思っていたのだけど……戦う力がないからどうしようもなくて。依頼しようにも……なんだか、変な目で見る人が多くて、怖くなって……」
変な目、とは少女の美貌に目を付けた阿呆のことだろう。
少女は美しい。
きらきらとした銀髪、白い肌、整った顔、どれをとってもなかなかいないと言える。
幼いことは間違いないが、それは数年待てばいいだけの話だ。
そういう目が恐ろしかったと、そう言うことだろう。
けれどそれなら女冒険者に頼めばいい話で、俺に言うのは間違っている気がする。
首を傾げて俺は言った。
「だけど、俺は男だよ? 俺に頼んでも何も変わらないんじゃないかな……」
「ううん。そんなことない。あなたは……さっきからずっと、いい人だった。私を見る目も、何か不思議そうではあったけれど……そういう、嫌な視線は感じなかったもの」
「そうかな? 下心を隠しているのかもしれない」
「違うよ! 私、分かるよ……」
俺にだって、普通に女の子をある程度いかがわしい目で見るくらいの甲斐性はあるのだけど。
まぁ、年齢のこともあり、そこまで飢えていないので、手を出そうとかは思わないが。
そもそもどっちかと言えば、俺は前世から通していわゆる草食系という奴だ。
そこまでがっついてどうこうと言うのは気分的にも労力的にも面倒でならない。
だから、その意味では少女の眼力は正しいのかもしれない。
けれど、仮に俺に下心がなかったとしても、詐欺にかけようとしているという可能性があるだろう。
その点についてはどう思っているのか。
「仮に俺に君に対する下心がなかったとしよう。けれど俺は君を詐欺にかけようとしているかもしれない」
「それは……けれど、私、詐欺にかけられても持って行かれるようなお金の持ち合わせがないから……」
少し口ごもって言う少女。
俺は続けた。
「お金を持っていなくても、君は一つだけ君が自由にできる財産を持っている」
「……それは?」
「君自身だよ。君は少なくともそういう意味ではお金になるだろう。俺が君を詐欺にかけて、君を奴隷に落とそうとしている、という可能性もないではないわけだ。それについてはどう思っている?」
「……そんなこと」
「ないとは言い切れないだろう?」
そう言うと、少女は反論が浮かばなくなったのか、黙り込んでしまった。
悲しそうと言うか、沈鬱そうと言うか、今頃きっと自分自身を心の中で責めているんだろうな、と思わせる表情に変わった少女を見て、俺は少しいじめすぎたかな、と思う。
ただ、少女には色々考えてほしかった。
この少女は色々と危ういように感じたからだ。
特に俺のようなのに突然直感だけで話しかけるあたり、危険としか言いようがない。
けれど……まぁ。
「ごめん、言い過ぎたね」
「……ううん。まさにその通りだから……私、やっぱり」
「いや、いいよ。責めすぎた。まぁ、これからはそういうことも考えるようにしてね、ってことで。パーティメンバーに対する初めての忠告、みたいなものだと思ってくれ」
「そっか……分かったよ……って、あれ? ぱ、ぱーてぃめんばー?」
自分が何を言われたのか途中で気づき、ぱっと顔を上げて少女は目を見開く。
俺は言った。
色々言いたいことも思ったこともあるが、まぁ基本的に問題はないのだ。
受け入れて、育てていこう。
いや、一緒に育っていこう、かな。
「そうさ。パーティメンバー。よろしくね……俺の名前は、ユキト=ミカヅキ。新人冒険者で、職業は剣士と魔術師。そこそこ戦えるほうだと思うよ。君は?」
俺の自己紹介に、少女は目を白黒させて、それから自分も何か言わなければならないと思ったのか慌ててしゃべり出した。
「あ、あの私は、リリアっていうの! リリア=スフィアリーゼ! ぼ、冒険者で、えっと、職業は魔物調教師でふぅ!」
あまりにも早口で言ったため、最後は舌を噛んだらしい。
瞬間涙目になり、しばらく悶絶して下を向いていたが、痛みに耐えきったらしく、俺の方を向いて気丈にも両手を差し出した。
その悲壮な感じにふと、「……ぷぷっ」と笑いが出てしまった俺だが、彼女の手を掴んで握手する。
「……うん。よろしくね、リリア」
「うん、よろしくお願いしまふ! ユキトさん!」
まだ舌が痛いようだが、がんばってしゃべっている。
その笑顔はとてもさわやかで、不安など一つもないように見える。
ただパーティを組んだ程度で、俺のことを信用しすぎなような気がするが……。
まぁ、いいか。
それと言わなければならないことがあった。
「そうだ、リリア」
「なぁに?」
舌の痛みも収まって、普通にしゃべれるようになったようだ。
首を傾げるリリアに、俺は言う。
「名前」
「……うん?」
「呼び捨てでいいからね」
「え、でも、だって……」
突然の提案に、リリアは困惑している。
なぜだか彼女は俺に対するさん付けに違和感を抱いてないらしいが、実際は少しおかしいと思う。
これはやめさせなければならないと俺は思ったのだ。
「ほら、パーティメンバー同士なんだからさ。それにたぶんリリアは俺より年上なのに、年下の俺に対してさん付けっていうのもおかしいじゃないか」
「……それなんだけど、あんまりユキトさん、年下に見えなくて……」
勘だけで生きているだけあって、妙なところ鋭いらしい。
けれど俺はそれを流して続ける。
「……年下だよ。だから、さん付けはなしね」
すると、リリアは不思議そうに首を傾げていたが、別にいいかと思ったのだろう。
頷いて言った。
「……うん。分かった……ユキトさん……じゃなかった。わかった、ユキト」
「うん。よくできました」
リリアの頭を撫でる。
するとほんのり赤くなって柔らかく微笑んだ。
恋愛感情どうこうではなく、ただ単に喜んでいる感じだ。
なんか犬っぽいなとふと思う。髪の毛のさわりごこちとか、毛並みのいい犬を撫でているよう……失礼か。
まぁ、何にせよ、かわいい女の子がパーティにいるというのは、華があっていいのは確かだ。
戦力的には男の方が良さそうだが、そこは俺が埋めることにしよう。
後は魔物をどうにか捕まえてリリアと契約させることが目下の目的になるが……その辺、リリアは考えているのだろうか。
パーティを組むことに了承を得たことで安心したのか、リリアの顔はゆるみきっていて、先のことをよく考えているようには全く思えない。
「……まぁ、俺が考えてどうにかしよう」
「え?」
「いや、いいよ……とりあえず、冒険者組合に行こうか。パーティ登録しないと」
「あ、そうだね。私パーティ登録なんてはじめてするよ……」
そうして、店の飲食代を払い、俺たちはその足で冒険者組合に歩き始めたのだった。