第26話 駆け出し冒険者
店の中に入るときっちりとしたウェイトレスが丁寧に俺たちを席まで案内してくれる。
歩きながら内装を見ると、どこから見ても洒落て見えるように設計されていることが分かるような凝った作りになっていて、店内に設えられた調度品の類もそれ相応に高級な品であることが理解できる。
きっとどこかから資金援助を受けているか、有る程度の経済力のあるオーナーがいるのだろうと思った。
総じて、いい店だ。
まず席に二人で座り、何か飲み物を頼もうとメニューを見てみる。
周りをちらりと見てみれば、それほど混み合ってはいなかったが、そこいるのは大体がカップルか女性同士であり、その意味で俺たちはあまり浮いてはいないので安心する。
強いて言うなら少し年齢が低すぎる感はあるが、それも許容範囲だろう。
周りの視線は痛くなく、むしろ微笑ましいものを見るような感じを受けるから、問題はなさそうだ。
ただ、そんな視線とは対照的に、目の前に座る銀髪の少女はがちがちに固まって緊張している。
一緒に食事でもすれば少しは緊張も解れると思ったのだが、そうでもなかったらしい。
俺はため息をつくと、仕方なく自分から話し始めることにする。
とはいっても、いきなり本題に入ってもあまりよろしくはないだろう。
まずは何を頼むのかでも聞くとしようか。
「……それで」
がたっ、と少女のイスが音を立てた。
少女はびくびくとしていて、それが行動すべてに現れている。
ここまで緊張されるとかえって新鮮な気分になってきておもしろいような気もした。
「まずは何を食べようか? あ、飲み物先に決める? 何がいいかな……好きなものとかある?」
その質問が予想外だったのか、少女は少し目を見開き、少し呆然として、それから慌てて、あ、とか、う、とか言いながら、最後に消え入りそうな声で、
「ぶ、ぶどうが……好き」
と言い始めた。
なるほど、葡萄か。
この世界にも葡萄はある。
というか、厳密には似たような植物なのだけれど。
ほかにもイチゴとかみかんとか色々あるが、今はいいだろう。
「ぶどうね……ぶどう、あぁ、葡萄ジュースがあるよ。これにする?」
「……うん」
「俺もそうしようかな。あとは……お腹減ってる? それともあんまり?」
「空いてる……」
「じゃあ、デザートよりお腹にたまるものの方がいいかな……あぁ、そうすると、店選び失敗したかもね。ここ、カフェだし。普通のレストランの方がよかったかもしれない」
少女に見やすいようにメニューをぺらぺらめくりながらそう言うと、少女は首を振って言った。
ぶんぶんと首を振るので、銀髪が窓から差し込む太陽の光を受けてきらきらと輝く。
その光の高貴さとは対照的に、少女の雰囲気は幼く、ずいぶんと慌てているだ。
「そ、そんなことない! 私、ここ来てみたかったから……ほら、オムライスがあるよ……」
「あ、本当だ」
少女が指を挟んで止めたメニューの端の方を見てみれば、そこにはオムライスがあった。
これも厳密には、オムライスのようなもの、なのだがそれもまぁいいだろう。
水っぽい穀物を炊いたものに味付けして何かの卵を焼いてくるんだものがこの世界にあるということだ。
俺はうなずきながら、
「じゃあ、これにする?」
と聞くと、少女のお腹がぐぅ、と音を立てて頬を赤らめたので、俺は少しだけ笑って、
「ふふ、これで決まりだね」
そう言った。
少女も不服はないようで、目を伏せながら頷く。
「……うん」
「俺は……朝食べたからな。君には申し訳ないけど、デザートからいただこうかな。デザートは何がいい? 俺は、ティラミスにしようかな」
「わ、私は……いちごの、ショートケーキ、が、いい……」
控えめに主張する少女。
俺は頷く。
「よし、決定だ。じゃあ注文するけど、いいかい?」
「……うん」
それから、ウェイトレスを呼んで、決まったものを頼む。
しばらくすると、飲み物がまず来て、次にオムライスが、それからティラミスが来たので、
「じゃあ、食べようか」
そうして、どことなく緊張した食事が始まったのだった。
ただ、食べているうちに少しずつ緊張も解れてきたようで、少女はまるでハムスターか何かのように一生懸命オムライスを食べるのでなんとなく可愛らしい。
一体何のために俺に話しかけてきたのかはまだ聞いていないからわからないが、少なくとも悪い人間ではなく、むしろ素直そうでだまされやすそうで詐欺に遭いやすそうな人間であるということがその食事姿一つとっても理解できた。
たぶん、冒険者組合にいたのだから冒険者かその関係者のどちらかなのだろうが……。
まぁ、すべて聞いてみれば分かることだ。
そんなことを考えながら、俺は少女の食事が終わるのを、ティラミスを少しずつ口に運びながら待った。
「ふぅ……しあわせ……」
オムライスを食べ終わり、そして次に運ばれてきたいちごのショートケーキを皿にこびりついた生クリームまで丁寧に掬い取って食べきった少女は、満足そうにそうつぶやいて目を細めた。
その様はまるきり暖かいところでひなたぼっこをする猫のようで、少し癒される表情のような気がする。
「そんなに美味しかった?」
そう聞くと、少女は熱の入った声色で、
「すごく! 美味しかった! オープンしてからずっとここに入って、オムライスといちごのショートケーキ食べたかったの! ……でも、高くて。それにここ数日は食事すらままならなくてどうしようも
……って、あっ」
畳みかけるように色々言ったので、若干本音というか、少女の現状らしきものの欠片が漏れる。
食事すらもままならなかったとはどういうことだと聞きたいところなのだが、あんまり踏み込むべきではないような気もする。
だが聞かないわけにはいかないのだ。
なにせ、話しかけてきたのは彼女の方なのだし、何か用があるのも彼女なのだから。
相互理解は必要だろう。
「食事を気に入ってもらえたのはよかったよ。それだけ喜んでもらえれば、この店の人も満足だろう。……ところで、今聞き捨てならない、というか、心配になることを聞いたのだけど、食事すらままならなかった言うのはどういうことかな?」
「そ、それは……あの」
「別に、その理由を聞いたからって、俺は君の話を聞くのをやめたり、断ったりするための理由にしたりはしない。だから、できれば聞きたいんだけど……だめかな?」
「……ええと……」
困ったように目を泳がせ、俺の目を見つめ、数秒してから、決意したかのように首を振った少女は、それからぽつぽつと語り出した。
それは、少女のここ数日の生活の話だ。
厳密に言うなら、その少し前からだが。
「あの……私、冒険者なんだ……」
「まぁ、そうだろうね。それはそう思っていたよ」
冒険者組合にいたんだし、十中八九そうだろうと思っていた。
依頼者かもしれないとは思ったが、それなら受付に普通は行くだろう。
少女は続ける。
「しかもこの間、登録したばっかりで……正直言って、実力のないかけだしって言うか……だから、雑用系の依頼を基本的に受けて、討伐みたいなのは避けてたの」
「普通だね」
登録したばかりの初心者冒険はまずそうする。
特に女子供となれば、大体はそれで日銭を稼ぐ。
けれど少女は首を振った。
「でも、私……その、冒険者としての職業が、あの、……魔物調教師なの」
「へぇ……それが何か問題が?」
何の問題もない気がするが、何かそこにあるのだろうか?
少女は俺の反応を見て、首を傾げた。
「魔物調教師なんだよ?」
「うん……それは分かった……あぁ、そういえば、それなのに従魔がいないね? どうしたの?」
少女の念押しに、言外に伝えようとしていることを日本人の誰もが所有するスキル、空気読解で掴む。
普通、魔物調教師と言ったら、自らの従魔を常に侍らせているもので、離れる時間など普通はあまり持たない。
巨大な魔物になると、どうしようもないが、初心者はそれほど大きな魔物は従えないものだ。
「そう、それなの……少し前までは、私にも従魔がいたんだけど……それって、魔物調教師組合の講師の人から譲ってもらった魔物だったんだ。それがね……」
「もしかして、逃げられたの?」
ずばり、とそう言うと、少女はうぅ、とうめき声を上げながらもゆっくりと頷いた。
「うん……」
でもそれはおかしなことだ。
従魔は決して逃げない。
それは逃げられないと言い換えてもいい。
従魔は従魔となるとき、魔物調教師との間で魔法契約を結ぶからだ。
これによって従魔と魔物調教師の魂との間につながりができるので、お互いに離れることが出来なくなる。
だから、従魔は逃げることは出来ないし、しないのだ。
首を傾げる俺に、少女はしかし驚くべきことを言った。
「実は、契約が、無効だったらしいの。その講師の人が……失敗したみたいで」
「それは……でももう一度契約してもらえばいいんじゃない?」
「ううん。それがたぶんだけど、わざとやったらしくて、自分は失敗などしていないと言われてしまったの。それで、私、依頼を受けられなくなってしまって……」