第24話 ギルドと捕獲
母さんがオリンへ旅立った日、俺は自分も前に歩き出さなければとさっそく、冒険者組合登録をすることにした。
迷宮都市ハルヴァーンの中央通りに建つその建物に入るのは、結構久しぶりのことで少しだけどきどきする。
ゴドーみたいなお節介は滅多にいないだろうし、今度は依頼掲示板の前をうろついたりするなど、おのぼりさん染みた行動は避けて一直線に受付に行くつもりだからすんなりと登録できることだろう。
母の紹介状を出すべきか出さないべきか迷ったのだが、あまり年齢のことでもめたり時間を取られたりするのも面倒だ。
組合長の扱きが待っているとしても、俺はそれを出すべきだろうと言う結論に達する。
冒険者組合建物に入り、俺はすぐに受付まで歩いて行った。
受付に座るお姉さんは、まっすぐにつかつかと歩いてくる俺の事を不思議そうに注視していたが、受付の前に立つと一層それが不思議だったようで、首を傾げている。
金髪碧眼の清楚な雰囲気をした、組合職員であるだろうそのお姉さん。
胸には名札がついており、そこには“ミネット”と書いてある。
そんな彼女に、俺は率直に言った。
「登録をお願いしたいんだけど」
するとミネットは、
「あぁ、はい、依頼ですね……って、え、登録……?」
と、自分の勘違いを自分で訂正しつつ俺の顔をまじまじと見た。
それから、
「あのね、君。登録って、あの、その、冒険者登録の、ことかしら……?」
「あぁ、そうだよ。それ以外に何か登録があるのかな?」
特に気負いも何もなくそう告げると、ミネットはどこで見たことのあるような、具体的に言うならどこかのBランク冒険者が以前、依頼掲示板の前で浮かべた表情に似た表情を浮かべて、それから言った。
「ぼぼ冒険者って、君が? その年で? いやいやいや、危ないわよ。……お金が大変なら、ほら、お姉さんが少しくらいなら、貸してあげられるわよ? 職員の給料はお安いから銅貨が限界だけど……でも、なんとかするから、冒険者なんてやめておきなさい? ねっ?」
本当に出す気なのかそれとも止めるための方便なのか、かなり柔らかな口調で慌てつつそんなことを告げるお姉さんの前に、自分はやっぱり子どもにしか見えない年齢なんだと改めて感じる。
ゴドーやラルゴが余りにも対等に扱ってくれたから、もしかしたらそれなりに頼りがいがありそうに見える様になったのかと思っていたが、それは気のせいだったらしい。
あの二人は冒険者として、また鍛冶師として相当な経験を積んでいるから人の見た目と実力が必ずしも比例しないことを知っているから柔軟だったのだろう。
ゴドーについては紹介状も見せたしな。
そうだ、このお姉さんにも渡しておけば問題ないかと思い出した俺は、紹介状を懐から出してお姉さんに手渡す。
「言いたいことはわかるよ。ただ、これを読んでからにしてほしいんだけど」
「……なにこれ?」
「紹介状」
「……偽造とかは駄目よ?」
「いや、見ればわかるから、とりあえず見てみて」
実際、偽造するやつもいるのだろう。
だからこその念押しだったという事はわかる。
ただ、俺のもらった紹介状には魔法印がある。
母が作ったものだけあって、相当高度だから、それだけで少なくとも偽造ではないと分かってもらえるだろう。
そういう風に作ったものを売買する、という手段も考えられなくはないが、それが出来る財力があるならそもそも冒険者なんて登録する必要はない。
つまり、紹介状に魔法印がある時点で、少なくともそれなりの力を持つ魔術師に実力を証明された、ととって間違いない。
しかも俺の持つ紹介状に署名されている名はAランク冒険者のものだ。
そんなものを組合をだまして登録しようとしている人間が使う訳がない。
一つ間違えれば、名前を騙った冒険者から復讐される可能性すらあるのだから。
ミネットは疑わしそうに紹介状を受け取ったが、紐を解き、中を読んでいくにつれ、その表情は変わっていった。
そして最後まで読み終わったころには、はじめに浮かべていたような疑問の色はその顔から完全に払拭されていた。
彼女は職員として、その職業意識に従った対応をし始める。
「疑って申し訳ございませんでした。確かに、これは雷姫ププル様の記載されたものに相違ないようです。あなた様の登録を受理いたします」
あまりにも堅苦しく、今度は逆に居心地が悪くなった。
だから俺はあえてその口調を先ほどのものに戻すように頼む。
「出来れば、そんなに馬鹿丁寧にしゃべらないでほしいんだけど……すごく、話にくいよ」
「と、申されましても……Aランク冒険者の推薦された方に対して、間違った対応をするわけには」
「俺がいいって言ってるんだからさ。それに、こんな子供にその口調はなんかおかしいと思わない?」
にっこり笑ってそう言うと、お姉さんの方も、ぷっと吹き出して微笑む。
「そうね……だったら、お姉さん、普通に話させてもらうわね。……これでいいかしら?」
声からも口調からも固さが取れ、丁度良くフランクな態度になった。
随分と受ける印象も変わり、まさに優しくきれいなお姉さんと言う感じだ。
「うん。それくらいがいいよ。凄く楽だ」
「随分凄い紹介状を出す子が来たかと思ったら、あなたみたいな子で良かったわ。あんまり居丈高なタイプだと面倒で……おっと」
ミネットは口を抑える。
つまりは、紹介状を持ってくる冒険者志望の中には、そういうタイプもいるということだろう。
「お姉さんも大変だね……今のは聞かなかったことにしておくよ」
「そう言ってくれるとありがたいわ……それにしても、年の割に随分と大人びているのね……」
「ふふ。生意気な少年ってことでいいよ。ところで、冒険者登録って具体的に何をすればいいの?」
俺の質問にお姉さんは事務机の引き出しから何枚か書類を取り出して、
「あんまり難しいことは無いわね。名前と、技能、それからあればだけど住所や定宿を書いてもらえればそれでいいわ。それと、こっちの書類は職業別の下位ギルドの登録用紙なんだけど、これは入っても入らなくてもいいものだから……どうする?」
「下位ギルドに入ると何かいいことあるの?」
「下位ギルドは職業ごとのギルドだから、その職業に向いた依頼を細かく纏めておいてくれるわ。それに、新人の育成もやっているし、それから下位ギルド独自に依頼を受けることもあるから、その場合は下位ギルドに所属していないとその依頼が受けられない、という不利益があるわね。あと、これは組織的なことなんだけど、冒険者組合の組合長は、下位ギルドの最高責任者が冒険者組合の参事を兼任していて、その参事の推薦と多数決によって選ばれることになるわ。だから、もしあなたがいつか冒険者組合の組合長になりたいと考えているのなら、下位ギルドに所属してこつこつ出世していく必要があるでしょうね。まぁ、裏ワザと言うか、別の道として、下位ギルドに所属してなくても、大きな功績があれば推薦されることはあるから、それを狙う、というのであれば下位ギルドに所属する必要はないけど……」
話を聞く限り、別に入っても入らなくても俺にとっては問題がないように感じられる。
別に組合長になりたいわけでもないし、剣士でも魔術師でもある俺は、割と臨機応変に依頼を受けられると思われるから、特段、その職業に向いた依頼を選別して受ける必要もないだろう。
そこまで考えた俺は、ミネットに言う。
「そういうことなら、下位ギルドは入らないでおくよ」
「そう? 入ればそれなりに特典とかもあるわよ? 初心者用の装備の貸与とか、一般的な冒険者が持っている基本的な道具をただでくれるとか」
それは結構いい感じもするのだが、そもそも俺は武具についてはラルゴに作ってもらったし、冒険者の必需品関係は、魔法で代用できるものも結構多い。
それに自分で選んで購入した方が無駄なものを持たないで済むだろう。
だから俺は首を振った。
「いや、いいんだ。それに……それって、今入らないと永遠に入れないものなの?」
「そんなことはないわ。いつでも加入は可能よ」
「だったら、今決めることもないさ。しばらくやってみて、それから考えてみることにする」
「そう? 分かったわ。じゃあ、こっちの書類だけ記載してね。あと、冒険者としての登録証として、ギルドカードが貴方には与えられるわ」
「それはどういうもの?」
「名前と、冒険者としての身分を組合が保証するものよ。とは言っても、それだけなんだけどね。、出せば税金が無税になったり、店での物品の購入に割引がついたりするわ。とは言っても、実際は依頼料から税金が徴収されているだけなんだけど」
「なるほど、わかったよ。必要な情報は……そんなものかな?」
話しながら書いた書類を手渡し、言った。
お姉さんは書類の記載事項を確認しながら問題ないことを理解したのか、頷いて、
「ええ。そうね。後、非常に言いにくいんだけど、一つだけ……」
「組合長との試合?」
俺がミネットが何か言う前に言ったからか、彼女は驚く。
「……よく知ってたわね?」
「剛剣のゴドーがね、そうなるだろうって」
「あら、貴方、あの剛剣とも知り合いなの……将来有望なのかしら、これは」
「どうだか。まぁ、分かったよ。じゃあ、処理お願いね」
「ええ。しっかりやっておくわ。それと補足だけど、組合長との試合を経ないと、貴方をFランクとして登録することも出来ないわ。それまでは、Gランク扱いになるから、よろしくね。」
「なるほど……そう言う仕組みが。分かったよ。他に何かない?」
「あとは……そうそう、ギルドカードは今渡しておくわね。それと、試合関係は明日か明後日か三日後か、その辺になると思うから、準備しておいて」
「随分と幅があるね」
「組合長、今街にいないのよ。帰って来次第、ということね。後で連絡するから。連絡先は、この宿でいいのよね?」
書類に書いた今定宿としている宿のことを言っているのだろう。
俺は頷く。
そうして、俺は晴れて冒険者になり、ギルドカードを受け取った。
銀色に輝くそれはなんとなく嬉しく、俺は嬉々としてそれをポケットにしまい、それから冒険者組合を出ようとした。
すると、がしっ、と突然誰かに腕を掴まれた。
誰だろうか……と、その手の伸びる方向を見てみれば、そこには涙目で佇む少女が立っていたのだった。