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魔女の弟子の彷徨  作者: 丘/丘野 優
第1章 低級冒険者編
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第23話 旅立ち

 その手紙には、デオラスの今が記載してあった。


 それによれば、現在デオラスはその国土のほとんどが魔女が最後に伝えた通り、呪われた地へと化してしまっているらしい。

 隣国オリンとしてはある日突然、デオラスからの連絡が途絶えたことから、細作をよこすなどしてその動向を観察していたという。

 その成果としてわかったことだ。

 デオラスのありとあらゆる土地が何かに呪われているとしか言いようのない状態にあり、突然毒沼が湧き出したり、また山の崩落や大きな地震などが襲うなど、酷い状態にあるという。

 さらに、隣国オリンにはデオラスから逃げてきた大量の難民が押し寄せており、その対応に苦慮しているという。

 この話は、俺と母にとっては吉報だった。

 呪われた地に人は生きられないと言うから、デオラスの国民は一人も残さずに滅び去ったことをも可能性として考えていたためだ。

 一人でも生きていた、と言うのは本当によかったと心の底から思った。

 ちなみに、デオラスとオリンは友好国であり、お互いの危機には協力しあう旨、条約を結んでいたことから、難民等を受け入れないわけには行かない。

 デオラスの国は滅びたのであるから、その条約は無効になった、とか主張したり、また破棄したとしてもそれほど多くの批判はどこからも受けないだろうが、それをしない理由がオリンにはある。

 あの国の王族と、デオラスの王族とは公的なもののみならず、私的な友人としても付き合いがあったのだから。

 また、大量の難民とは言っても、おそらくデオラスの国民全てが難民として来てもおかしくない状況であることを考えれば、その割に数が少なく、そのおかげでなんとか受け入れが可能な状態にあるという。

 これは、やはり魔女の呪いの中で生存を維持できた者は少数だった、ということなのだろう。

 そして、このような事態の中、デオラスの王族とは一切連絡がとれていない点で、すべての王族はすでに存命ではないと考えていた、とも書かれていた。

 これについてはもう覚悟していたことなので、いまさらの感もある。

 ただ改めて言われると、やはり辛かった。


 その手紙の内容を読んだ直後の俺の顔は、よほどひどいものだったのだろう。


「……大丈夫?」


 そう母が聞いてきた。

 大丈夫だ、と言おうとして顔を上げると、母も顔色が悪い。

 デオラスの現状を聞いて理解したのだろう。

 やはり、デオラスは、もう国として滅亡したに等しいのだと言うことを。


 しかし母は強かった。

 青くなりつつも気丈に言い放つ。


「私、オリンに行こうと思うわ」


「オリンに?」


 それはいいとも悪いとも言い難い行動だ。

 オリンはデオラスの隣国であるから、デオラスの状況を見るためにはそこにいるのが一番いいだろう。

 けれど、こう言ってはなんだが、デオラスはもう滅びた。

 完膚無きまでに、復興の余地などまるで存在しないレベルでだ。

 だから、いまさらオリンにいったところで大して意味はないのではないか、そんな気が俺にはしてしまう。

 ただ母は国民に対しての責任があると言った。

 国は滅びたが民はいる。

 だから自分はあの国の王族として、戻らなければならないのだと。

 その志はきわめて気高く、俺は母の決意に圧倒された。

 そして、共感した。

 だから、俺もついていくと、俺も同じように王族としての責務を果たすと言おうとしたのだが、母が止めた。


「あなたはここにいなさい。デオラスはもうなくなったの。あなたに背負うべきものは、もう何もないわ」


「そんなことはないだろう。国民はいるってさっき言ったじゃないか」


「そう……そうね。でも、オリンですべきことは、デオラスの国民をオリンの国民として受け入れてもらうようにすること。そのための根回しの日々でしょうね。それは、あなたには出来ないわ。そんな経験、ないでしょう?」


「そうだけど……でも、母さんにだけ何かをさせたくなんかない!」


 そう俺は叫んだ。

 けれど母は言う。

 思いもよらない、理由とともに。


「その気持ちは嬉しいわ。けれどよく考えて……あなたの目的は、なに? デオラスを魔女アラドの呪いから解き放つことでしょう? そして、いつかデオラスを復興すること……いえ、もう復興なんてものじゃないわね。あの国をもう一度取り戻すことは出来ない。それをやろうとするなら、あなたは建国をしなければならないでしょうね。それは、オリンにいては出来ないことよ。折角冒険者になって、そういう夢が見れるようになったのだもの。あなたはあなたの人生を生きなさい。私は……出来ることならあの魔物達に復讐をしに魔界にでもなんでも乗り込んでやりたい気分だけど……」


 母の目に、徐々に狂気が宿っていく。

 それは憎しみの色だった。

 大切なものを奪われた者の、怒りと憎しみの。

 けれど、ふっとその色は遠のき、母は続けた。


「でも、その前に果たさなければならない責任が私にはある。デオラスの国民たちの、生きる場所を確保するという目的が。つまりね、私は貴方に自由に、生きてほしいと思っているの。その目的が建国なら、私に出来ることであなたを応援するわ。あなたが本来負うべき責任は、全て私に預けて、やりたいことをやりたいようにやりなさい……それが、私の、そして多分、モラードと魔女アラドの、願いだと思うから……ねぇ、それじゃだめかしら?」


 それは懇願のようでもあり、強要のようでもあった。

 母は俺以外の全てを失った。

 だからこそ、俺に対しての枷にはなりたくないのだろう。

 だからそう言っている。

 そして俺には確かにやりたいことがあった。

 国を、もう一度。

 デオラスをあの土地に作りたいのだ。

 それが出来たその時、母も、そして亡き父も魔女アラドも、祝福して喜んでくれるのではないだろうか。

 それが、俺の出来る弔いなのではないだろうか。

 そんな気がした。

 そして、そうであるならば、母の提案を断る理由はないだろう。

 俺は答えた。


「いや、だめじゃないよ……むしろ、俺はずっとそう思っていた。そのために、ここで冒険者になろうとしていた。そして強くなって……有名になって……お金をためて……いつかはと」


「なら、一緒にはこれないわね。仕方ないわ。そうでしょう?」


 ふっと母は笑った。

 悲しそうな顔だった。

 俺と別れることになることを、寂しいと思ってくれているらしい。


「わかったよ……じゃあ、母さんもがんばってくれ。オリンはここからかなりの距離があるからな。道中、気をつけてくれ」


「ええ、大丈夫よ。私はこれでも元Aランク。そのことが何を意味するか、分からない訳じゃないでしょう?」


 剛剣ゴドーですらいくらでも魔物を倒せそうな実力と体力を持っていたのだ。それを上回る実力を持つらしい母が、道端で現れるような魔物に簡単にやられるわけがなかった。

 母は続ける。


「貴方の方こそ、気をつけることね。今は、ユキト、って名乗っているなら大丈夫でしょうけど、デオラスの王族と知れたらあんまりいいことにはならないと思うわ。亡国の王子、とかあやしいにも程があるし……その辺、よく気をつけて冒険者生活を楽しみなさい」


「やっぱりばれると大変だと思うか?」


「まぁ、デオラスはもうないから、誘拐がとかお金がとかそういう方向ではそれほどなにかあるわけじゃないと思うけど、デオラスの滅亡が広まると、その王族と知れたらね。かなり馬鹿にされたり喧嘩ふっかけられたり、場合によってはおまえら王族がしっかりしてないからデオラスが滅びたんだとか逆恨みされる可能性もあるわ」


「それは……」


 確かに可能性としてないわけではないだろう。

 というかむしろよくありそうな話である。

 それが荒くれで構成されているような冒険者であるなら尚更に。

 しかし考えてみれば母はそんな国の王族であることを大々的に名乗ってこれからの仕事なりなんなりをしていくつもりなのだ。

 俺などよりよっぽどそんな状況になりうる危険性がある。

 Aランクであっても、精神的に堪えそうなのは間違いなかった。

 けれど母はそんなことを思っている俺の表情を読んだのか、言う。


「私は大丈夫よ。叩かれるのは冒険者時代に慣れたから。それに、オリンからの手紙、誰からのものか見た?」


 言われて羊皮紙の差出人を見てみれば、そこにはオリン公国大公の名ではなく、その夫人の名が書いてある。

 それは母の友人であり、よくお互い行き来していた朋友でもあった。

 俺もよく可愛がってもらったので覚えている。

 母とは正反対の、なんとなく男らしい、さっぱりとした女性だった。


「ジェーンがいれば、私が落ち込んでたらフォローくらいしてくれるわよ。それに、私は結構これで打たれ強いんだから。あんまり心配するより、貴方の方が……そうね、これからはユキトって呼ぼうかしら。ユキトの方が大変よ。何度も言うようだけど、冒険者はそんなに簡単な仕事じゃないわ」


「確かにジェーン姉さんがいれば、心配する必要はないか……俺の方もがんばるよ。姉さんに、よろしく」


 ジェーンとはその大公夫人のことだが、母と同い年くらいであり、おばさんという呼称で呼ばれることを極めていやがる。

 だから俺には「あたしのことは"姉さん"と呼べ」と常々言っていた。


 そう言わないとブチ切れるのでほかに選択肢がなかったとも言える。


「ええ、伝えとく。応援しておくわ。がんばりなさい」


「いつ頃ここを発つんだ?」


「こういうことはね、早いうちがいいわ。あんまりのろのろしてるといつまでも発てないもの……そうね、明日辺りに行くとするわ。魔物馬車があるから、すぐに行けそうだしね」


 母は元冒険者らしく、ハルヴァーン特有のその文化をよく知っているらしい。

 魔物の研究が趣味なのだから、尚更詳しかっただろう。

 そのさっぱりとした決断に俺は名残惜しさを感じたが、それを表さずにすっきりと言った。


「わかった。気をつけてな。俺はここで、母さんはオリンでがんばる、そういうことだな」


「そうね、そういうことよ。貴方の名前が、オリンまで聞こえてくることを願っているわ」


 そうして、その日は眠るまでしばらく会話した。

 意外と話す内容は多くなかった。

 親父や、魔女アラドのこと、それにデオラスの在りし日のことは話題に出しにくかったからだろう。

 主に母さんが冒険者時代に得た知識や行った場所の話になった。


 そうして次の日、朝早くに、母さんはオリンへと旅立っていった。

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