第21話 魔石
魔石、それは魔物の魂とも心臓とも呼ばれる、魔物の体内で生成される魔力が固体化した石状のもののことである。
必ずしも魔物の体内でのみ生産される、というわけではないが、魔物の体内においては必ずこれが生産されているために、魔石を得るための最も簡単な方法は魔物の討伐であると言われる。
魔石には様々な用途があり、武具に付与することによって魔力的作用を発生させることが出来るし、また魔導具の素材として、魔力を貯めていく器として、建物の建材とて、結界を張るための触媒として、などなど、ありとあらゆるものに使えるいわば万能の素材でもある。
だからこそその需要は絶えることなく、魔石の価値はいつの時代も変わることがない。
そのため、冒険者たちの魔物を討伐して魔石を得る、という商売が成り立つのであった。
つまり、価値の高い魔石を得ることが冒険者にとってもっとも重要なことであり、今俺たちの目の前にある大緑小鬼の巨大な緑色の魔石はその意味で非常に素晴らしいものであった。
「でかいな……」
その魔石を見た瞬間、ラルゴが手にとって見分し、そう言った。
鍛冶師として、魔石を日常的に扱い、その価値と性質を見極める者として、ラルゴの目は確かであるとゴドーは言う。
ラルゴは一流の鍛冶師だ。
その目利きが正しいことは折り紙つきである。
そんな彼がその魔石の巨大さに感嘆しているのだから、よほどのことなのだろう。
「そんなに大きいの?」
そう俺が聞くと、ラルゴは少し考えてから答えた。
「あぁ、でかいな。とは言え、魔石はでかけりゃいいってもんでもねぇんだが……。基本的に魔石の質は、含有魔力と、許容魔力の量と質、それに属性で決まる。そして、基本的には魔力の量と魔石の大きさは比例するが、魔力の質と魔石の大きさは反比例する……意味、わかるか?」
「質の悪い魔力でも量が多ければ魔石は大きくなるけど、質が高い魔力なら量が多くても魔石が小さい場合がある、ってこと?」
「おぉ、分かってるな。そういうことだ。だから例えば竜なんかの魔石は思いの外、小さかったりするもんだ。対して緑小鬼みたいな低級の魔物の魔石は結構大きい。ま、大きさで単純に判断するのは危険ってことだ。ただ、この魔石はな、質も悪くない……それどころか結構上質なものだ。たぶん、あの大緑小鬼が相当な力を持っていたからだろうな。そして大きさもかなりある……これは高値で売れるだろう。金貨20~30枚は出るんじゃねぇか」
ラルゴが微笑みながらそう言うと、ゴドーが頷く。
「俺もあれほどの大緑小鬼には初めて出会ったからな。これくらいの魔石が出ても不思議じゃねぇぜ。ただ……その魔石、大丈夫なのか?」
「大丈夫ってなにが?」
俺が首をひねると、ラルゴが答えてくれた。
「あぁ、さっき言っただろう。その関係だ。呪われた魔剣を持っていたことによる影響を心配してるんだろ、ゴドーは。なぁ?」
ラルゴがゴドーを振り向く。
ゴドーは顎をさすりながら言う。
「そのことだ。おやっさんの考えに基づけば、魔剣の呪い、怨念って奴は、魔物に流れ込むものなんだろう? となると、魔石にもそれが宿っていておかしくはない」
「まぁそうなるか……」
ラルゴが頷く。
意味が掴めないので、俺は聞いた。
「どうして?」
するとラルゴが答えた。
「魔物の魔石が魔物の魂とか言われていることは知っているだろう?」
「あぁ」
「それは完全に正しいって訳じゃないが、事実を掠っていることは確からしくてな。魔石だけを魔物から抜くと、魔物は以前の記憶の一部が欠落するらしいことが分かってる」
「なにそれ、実験とかしたの?」
「おう、そうだ。と言っても、小型の魔物――水鼠とかを使ってだけどな。水鼠を用意して、迷路に置く。そして、右に行けば餌が、左に行けば電撃系の魔法の罠がある、という道を作り、そこを日に何度も歩かせて、その事実を覚えさせるんだ。すると、そのうち水鼠は右にしかいかなくなる。そうなった時点で、水鼠から魔石だけを取り出す。その上でもう一度同じ実験をすると、その水鼠はまた左に行くようになるんだ」
「へぇ、忘れちゃうんだね。面白い」
「だろう? 水鼠以外にも色々な魔物で同じような実験がなされているんだが、やっぱりこれは正しいらしい。同じような結果が導き出されるんだ。つまり、魔石は魔物の意識なり記憶なりの役目をある程度担っているのは事実らしい。ただ、全てではないみたいだな。なにせ、魔石を抜いても魔物は死なない。しばらくすると、また魔石が出来始める」
「うまいことやれば魔石生産工場が作れそうだね」
そう言うと、ラルゴは笑った。
「はは、確かに誰もがそう考えるな。ただ、それをやるのは非常に難しい。まず、一度魔石を抜いた魔物に魔石が出来るには長い時間がかかる。それに、魔物は魔石を作るのにどうやら周囲の浮遊魔力を大量に取り入れているらしくてな、これを同じ場所で沢山生産することになれば、おそらくだが大規模な魔力消失現象が起こると考えられている。たまに自然に起こる魔力消失は、魔物の大量発生の前兆とされているのはこれが理由だ」
「それはまた……うまくいかないもんなんだね」
「そうだな。どんなものでも、そんなに簡単じゃないってことだ。ま、それに実際問題として、価値ある魔石は強い魔物の体内にあることが多いからな。家畜化出来るような存在じゃないからそもそもそれを考えるのも馬鹿らしいってのもある。狩るのが一番だってことだ」
「だから冒険者は商売になるんだ」
「そういうことだ。だからお前も冒険者になったら強い魔物をたくさん狩ることだな。すぐに金がたまるだろうよ、お前ならな」
「だといいんだけど」
俺の目的は最終的には魔女の呪いを解き、デオラスを復興させることであるため、そのための資金や人材探しのために冒険者としてこれからやっていこうと漠然と考えている。
そしてそのためには魔物を多く倒していくことは必要なことだ。
名前を上げ、人との伝手を作っていくためには、そうするのが早道だろう。
そして、その副産物としてお金が大量に入ってくるのならそれは願ってもないことだ。
とは言っても、まずはどんな獲物を狩っていくべきか。
ちょっと経験者に聞いてみようと思った。
「ねぇゴドー?」
「なんだ?」
「ゴドーは冒険者なりたてのころはどんな魔物を狩ってお金を稼いでいたの?」
その質問に、ゴドーは遠くを見つめるような顔になった
昔のことをきっと思い出しているのだろう。
一体この屈強な剣士がどれくらい前に冒険者になったのか想像もつかないが、それにしてもかなり昔のことなのは間違いない。
はじめから強かったのか、それとも、駆け出しは駆け出しに過ぎなかったのか。
ゴドーは思い出したのか、ゆっくりと語り出した。
「初めは、やっぱり緑小鬼が主だった相手だったな。なにせ、強さはそこそこ、魔石もそこそこ、初心者向けの基本的な魔物だ。あれを余裕もって倒せるようになったら、次の段階へ進めるとも言われているしな。訓練にもなる。あいつら、道具も使うから手ごわい。ただ……」
「ただ?」
「お前には少し弱すぎるだろうとは思うが」
微妙な顔でそう言われた。
確かにその通りだった。
なにせ、今回の冒険で、初めの一匹以外は危なげなく倒せてしまっている。
そのことにより油断が出てきていないか、それが少しだけ怖いが、単純な強さだけを考えるなら全く敵にならないと言っても間違いではない。
「うーむ……そうだな、そうだ。お前、冒険者組合に登録したら、新人とパーティでも組んだらどうだ?」
「パーティ?」
ということは、俺はこの三人パーティから追い出されるのだろうか。
そんな顔をしていたのか、ゴドーが首を振る。
「おいおい、別にお前を追い出そうってんじゃねぇぜ。そもそもこのパーティは野良パーティだったろ。臨時だ臨時。俺とお前じゃランクも離れすぎてるし、そもそも役割分担だって適当じゃねぇか、このパーティ。まぁ、それはそれで楽しいんだが、経験って意味では微妙だろ。そういうのを積むために、同じくらいのランク同士で作る固定パーティを作ったらどうか、と思ってな」
「そうか……そう言う話なら、安心かな。てっきりお前はもういらないと言われたのかと思ったよ。実際、あんまり要らない感じだし」
「別に要不要で組んでるわけでもないだろうが。気が合うから一緒にいるだけだろ? このパーティはまた気が向いた時に組めばそれでいいんだ。で、どうする? やっぱりそんなものは組みたくないか?」
聞かれて、俺は考えてみる。
そして、悪くないかもしれない、と思った。
いつかデオラスの地の呪いを解くためにも、またデオラスを復興させるためにも、俺は様々な経験を積んでおくべきだ。
仮にいつかデオラスを復興できたとしても、またあのときのような魔物達が襲い掛かってきて対抗できない、では困る。
実力は、しっかりつけておくべきだ。
あって困るものでもない。
その中に、パーティを組んで、しっかりとした役割分担のもとに戦う機能的な戦闘の経験と言うのもあるべきだろう。
それくらい出来なければ、デオラスを復興させ、守り抜く、なんて夢のまた夢だ。
それに、自分と同じか、それより下の人間を守る訓練と言うのも必要かもしれない。
緑小鬼のような弱い魔物相手なら、そう言う訓練をするのに格好の相手かもしれなかった。
そこまで考えて、俺は言う。
「うん、悪くない。ハルヴァーンに戻ったら、考えてみようかな……」
するとゴドーは笑って言った。
「おう、それがいい。ま、パーティ組む仲間については冒険者組合で探してもそれ以外探してもいいからよ。俺が面倒見るってのも変わらないしな」
てっきり面倒を見るのはパーティを組むまでだ、と言うのだと思っていたから少しだけ驚く。
だから俺はその気遣いに感謝した。
「ありがとう、ゴドー」
「いいってことよ」
そうして俺たちは鉱山を降りて、森を抜け、ラミズの村に戻る。
次の魔物馬車が来るまで、少しだけ観光をし、それからハルヴァーンに戻ったのだった。