第20話 魔物の魂
呪われた魔剣。
それを持っていることが今回の大緑小鬼の発生した理由だとラルゴは言う。
「魔剣を持っていると、魔物は巨大化するの?」
そう聞くと、ラルゴは少し考えてから答えた。
ゴドーと大緑小鬼の戦いはまだ続いているが、邪魔はするなとラルゴに止められてしまったので、今の俺たちは見物しているだけだ。
割って入ろうにも、実力が足りないと言うのもあった。
だから話し込む余裕があるわけだ。
「必ずしも巨大化するわけじゃねぇが……強い魔物がいい武器を持っていることは割とよく確認される現象だからな。おそらくは魔剣に込められた魔力や怨念が魔物に注ぎ込まれ、それによってその存在の格を上げるのだろうと言われている。実際には本当かどうかわからねぇし、鶏が先か卵が先かみたいな話の部分もあるんだけどな」
強い魔物が良い武器を持っているのか、良い武器を持っている魔物が強い魔物になるのか、わからないと言うことだろう。
ただ、とラルゴは頷いて続ける。
「俺は武器が魔物を強くする方に一票入れるぜ」
「それはまたどうして?」
「強い魔物が絶対に強い武器を持っていると言うわけでもねぇし、強い武器がなければ魔物は強くなれねぇとは言わない。ただ、強い武器が魔物を強くすることはあると俺は思ってるんだ。特に、呪われた武器はその傾向が強いってな……。ああいうのは作られた時点で既に呪われているものもあれば、初めはそんな呪いなんてかかってなかったのに、様々な持ち主の手を経ていくに連れ、徐々に呪われていってしまうものもある。なぜか。それは、人の強い思念が武器に染み込むからだ。その思念は、結局のところ魔力や気と言われるものが変容して方向性を持ったものでな、そういうものが魔物に流れ込むことによって、魔物はその存在を別のものへと変えるのだろうと俺は思っている」
「思念、ね……」
言われて大緑小鬼を眺めてみれば、その顔にはなぜか憎しみのようなものを浮かべているように感じる。
もしかしたら、それは坑道という住処を俺たちに荒されたことによる怒りかもしれない。
ただ、それならば俺たちが戦った通常の緑小鬼も同じような表情をしているべきだ。
けれど、そんなことはなく、むしろ通常の緑小鬼たちは大緑小鬼の方を窺いながら、焦燥に駆られるような妙に余裕のない戦い方をしていた。
それはつまり、怒り狂っているのは、あの大緑小鬼だけということではないだろうか。
そしてそのことは、あの大緑小鬼が、俺たちに強い憎しみを感じているという事を示している。
だが俺達とあの大緑小鬼の間には何の関係性もない。
それなのに、あれほどの憎しみを俺達に向けている。
それは、坑道を荒されたということを理由とするのではなく、理由のない、憎しみを俺達に持っているという事ではないか。
なんとなく、そんな気がした。
魔剣、魔武器、魔武具、そう言われるものの危険性は、持ち主にマイナスの効果を及ぼすのみでなく、魔物を強力なものへと変容させ、負の感情を持たせ、人を襲わせると言う形で発現することもあるのだということを、俺は理解する。
それは恐ろしい話だ。
魔武具の類は、いつの時代も作られている。
そして、それは様々な場所に出回り、人の手を経て、冒険者などの死亡によって、迷宮や道端に放置されることになる。
その結果、その付近を根城としている魔物がそう言った魔武具を手にすることは少なくないと言われる。
そうして生み出されるのが、目の前でゴドーと熾烈な戦いを繰り広げる巨大な大緑小鬼のような強力な魔物個体なのだ。
それを考えると身が震えるようだった。
「……なんだ、怖いのか?」
ラルゴがそう言って笑った。
俺は自分の中の怯えを振り払うように冷静な声で答える。
「いや……そうだね、怖いのかもしれない。でも、俺はこれからそういう魔物を倒していかなきゃならないんだ。そして……」
「そして?」
ラルゴが言わなかった俺の言葉の続きを興味深そうに待った。
けれど、俺はその続きを言おうとはせず、意味ありげに笑って別の話題に移った。
「ゴドーの戦いもそろそろ終わりそうだね」
「話のずらし方下手すぎだろ……まぁいい。乗ってやる。ま、ゴドーが負けるところなんて想像がつかねぇからな。あの大緑小鬼もついてねぇぜ……」
ラルゴは男らしくそう言って笑い、それからゴドーを見て呟いた。
ラルゴが言うように、ゴドーにはまだまだ余裕があり、対して大緑小鬼の方は体中に浅くない切り傷が出来ている。
つまり今までゴドーは手を抜いて戦っていたという事だろう。
腐ってもゴドーはBランクだ。
そんなに簡単にその実力に追随するような魔物に出会う訳がないと言うことだ
「全くだね。あんなに強いとは……」
感心するように俺がそう呟くと、ラルゴはふと、静かな、囁く様な声で言う。
「なぁ、ユキト」
その声が思いのほか真剣に聞こえたので、俺はラルゴの方に視線を向けて首を傾げた。
ラルゴがこちらを見つめる目は真っ直ぐと貫くようで、俺は一瞬気圧される。
けれど俺は至って冷静な風を装って、声を出した。
「ん?」
すると、ラルゴはさらりと、
「……いつか言える時が来たら言ってもいいぞ? 俺もゴドーも、大体の事には協力するからな」
そう言って、そのまま前を向いてしまった。
ラルゴは分かっているのだろう。
俺が、秘密を抱えているという事を。
デオラスの王族で、あの国を魔物が襲い、魔女の呪いが国全土を覆ったから、その呪いを解き、あの強力な魔物にも対抗できるような力をつけて、国の復興を目指して生きている、なんてことまでは流石にわからないだろうが、何か人に言えない、重要なものを抱えているということを理解している。
ラルゴには人を見る目があり、また見抜く目もあるということなのだろう。
俺は振り向かないラルゴに、心の中で感謝を言って、それからゴドーと大緑小鬼との戦いの観戦に戻った。
今しも、倒れそうな大緑小鬼。
けれど気力を振り絞って倒れまいと踏ん張り魔剣であるところの鉈を恐ろしい速度で振り続けるその魔物は、敵ながら感心してしまうほど戦士だった。
その瞳には憎しみと怒りが宿っていたが、それでもその技には、実力には確かな研鑽と誇りが宿っているのが見て取れる。
だから気になった。
あの魔物は、どうして人を憎むのだろうかと。
けれどその疑問が解ける日は永遠に来ないのだろう。
魔物は特別な個体を例外として人間の言語を解することが出来ない。
あの大緑小鬼がその例外に属するとは思えない。
話せるなら、すでに言葉を発しているだろう。
だから、俺に出来るのはあの魔物の死にざまを見ていることだけだ。
そして、そんな瞬間を何度も繰り返すことによって、俺は生き物の死に慣れていくのだ。
緩慢な死への忌避感の麻痺。
それは自分自身が死へと近づいていることに他ならない。
だからこそ、冒険者の死亡率は決して低くは無いのだ。
踏み込めば踏み込むほど、黄泉への道は近くなっていく。
一歩先は死である。
だから、踏み外さないように、ゆっくり、ゆっくりと、注意深く前方に広がるだろう道を進むのだ。
そんなことを考えていたからだろうか。
いつの間にか、ゴドーと大緑小鬼との戦いは終わりかけていた。
もはや、ほとんど動くことの出来なくなった大緑小鬼に今、ゴドーが止めをさすところだった。
憎しみの消えない瞳。
ゴドーはそれを一思いに断ち切る。
巨体がゆっくりと崩れ落ち、そしてその場には巨大な緑色の魔石がころころと落ちたのだった。