第18話 ゴブリン
ラミズ村の鉱山はほとんど開発されていない割に意外と歩きやすかった。
正式名称は、オドロ鉱山、というらしいその場所は、鉱山とは名ばかりで、坑道すら存在していない可能性も考えていたがそういうことはなく、しっかりと鉱脈の確認できる坑道が組まれている。
崩落しないように木枠などで補強されており、壁には魔法灯が灯っていた。
一応、稼働していた時期はあったということなのだろう。
ただ、人の手が入らなくなって長く、それなりの年月手入れをされなかったからか、光量はあまり強くはなかった。
俺の光灯の出番がなくなったわけではなさそうなので、少し安心する。
しかし安心ばかりしていられない。
なぜなら、坑道に入ってすぐ、魔物に襲われたからだ。
三体ほどのゴブリンだ。
今回の依頼に俺が着いてきた、というか連れてきてもらった理由として、ラルゴの作成した武具の試験運用というのがある。
魔物のほとんど全てをゴドーが倒してくれていたので、俺が戦うことはなかったが、ゴブリンで試す予定だったから良い機会だとラルゴとゴドーは思ったのだろう。
「ユキト、一匹そっちに流すからやってみろ。危なかったら俺が助けてやる」
ゴドーがそう言ってゴブリンたちを見た。
「俺はユキトが戦うのを見てるぜ。何か武具に違和感がないか、とか気になるからな」
「わかったよ。じゃ、やろうか」
そうして、俺たちはゴブリンたちが近づいてくるのを待った。
ゴブリンは奇妙な魔物だ。
弱い個体しかいないかと思えば、たまに極端に強い個体がいたりする。
種族的に強い、ゴブリンキングとかロードとかそういった個体が強いのは至って普通なのだが、そうではなく、たまにノーマルゴブリンがものすごい技量を持っていたりすることもあるのだ。
そんな事実があると聞くと、ゴブリンに不用意にかかっていくのは危険ではないか、ということになりそうだがそうとも言えない事情があった。
そういう強いゴブリンというのは、自分より明確に弱い者にあまり興味を示さない傾向があるからだ。
彼らは弱い人間と戦うのではなく、自分より強い魔物と戦い、自らの技量を上げていく。
そして最終的には人間のAやSランク冒険者に近い強さになる個体も出ることがあるらしかった。
ただそういう個体を実際に見た者は少なく、そこまで至ったゴブリンがどういう生態をして、どういう行動に出るのかはわかっていない。
ただ、少なくとも彼らゴブリンの一部には、強くなることを目的としてひたすらに強者に挑戦し続ける、面白い個体が存在しているという事だ。
そんな不思議な種族が、今俺の目の前にいた。
身につけているのは貧相な布であり、頭には彼らのトレードマークであるとんがり帽子を被っている。
それらをどこから調達しているのかはよくわからないが、大体のノーマルゴブリンはそんな格好をしている。
ちなみにであるが、彼らゴブリンは魔物の中ではあまり嫌われていない。
むしろ好かれていると言っていいだろう。
その辺の街に行けば彼らを象ってデフォルメしたぬいぐるみがよく販売しているし、彼らが村落を形成したとしても人間に害を及ぼさない限りは討伐依頼は出ない。
それは、彼らにかなりの個性が認められるからで、たとえばゴブリンが村落を築いても、人を襲わずにひっそりと植物の栽培などをして生きている場合があるからだ。
そういうゴブリンの村落に行くと、人間であってもなぜか歓迎され、彼らの祭りのようなものに参加できたりするし、食べ物も与えられたりするという。
ゴブリンにしか栽培不可能な作物まで存在していて、その中には高価な薬剤の材料として必要不可欠なものもあったりするのだ。
そう言ったものを物々交換などで手に入れることも可能であり、そう言ったゴブリンの群れは至って温和な性格をしていることが多い。
もちろん、そう言ったゴブリンに人が襲われたりすることはない。
だから、ゴブリンの村落が出来た場合、まず、ある程度の期間の観察が必要となり、それを専門とする冒険者もいたりする。
ゴブリンは冒険者にとって、また人間にとって、様々な意味で重要な魔物なのだった。
けれど、今俺の目の前にいるゴブリンはそういう温厚なものとは異なり、明確にこちらを敵視し、今にも襲いかかってこようと手にもった木で作っただろう棍棒を握りしめている。
その目は赤く染まっていて、俺たちを襲うことに躊躇いはないようだった。
だから、俺も躊躇無く、彼らと戦うことにする。
デオラスの王城の自室には、かつてゴブリンのぬいぐるみがあり、それを俺は割と気に入っていたのだが、それでも戦わなければならないときは戦わなければならないのだ。
たとえ同族――人間相手にだって戦わなければならないことがあるように、ゴブリンの場合でも戦いを避けられない場合があるというだけだ。
俺は腰に差した剣を抜き、構えた。
ゆっくりと刀身に魔力を巡らせていくと、バリバリと雷の宿る音がしてくる。
雷蜥蜴の魔石が刀身に付与されているのは事実らしいと言うのがそれでよくわかった。
おそらくこの剣で触れただけで弱い者は気絶するだろう。
それに加えて、切れ味の方はどうか。
俺は、未だ向かってこようとしないゴブリンに切りかかった。
視線の向こう側ではゴドーが残りニ体のゴブリンと戦っている。
こちらに来ることはないだろう。
俺は目の前の一匹に集中する。
「ぐげげっ!」
鳴き声なのか、気合いを入れたのか、ゴブリンがそんな言葉を叫んだ。
それから、思いの外、早い踏み込みでこちらに向かってきたので、棍棒と剣が重なった。
ぎりぎりと鍔迫り合いのような形になる。
ただ、武器の性能の差というものがある。
魔力を通した雷蜥蜴の剣は、ゴブリンの何の変哲もない棍棒をじりじりと焦がしていく。
そのことを悟ったゴブリンが「ぐげっ!?」と焦ったように棍棒を見たので、俺はその瞬間に剣を引いた。
するとゴブリンはいきなり剣が抜けたことに対応できずに、そのまま体勢を崩して地面に倒れる。
あまり実戦経験のないゴブリンなのだろう。
そうして倒れ込んだゴブリンは、起きあがろうと努力した。
けれども、そんなことを許す俺ではない。
俺は剣を振りかぶり、ゴブリンに振り下ろす。
ゴブリンがゆっくりと顔を上げ、その表情を驚愕のものへと変えた。
最後にそのゴブリンが何を思ったのかは知らない。
しかし、「ぐげ……」と悲しげに上げた声はなんとなく彼ないし彼女の無念を伝えているようで、あまり気分良くはなかった。
ただ、これから冒険者を続けて行くにはこういうことを何の躊躇もなく出来るようにならなければならない。
俺は剣に付着したゴブリンの緑色の血液を魔法でしっかりと拭うと、鞘に戻した。
当然のことながら、俺がゴブリンを倒した頃には、すでにゴドーがニ体のゴブリンを倒していた。
彼が俺の戦いを見た感想を伝える。
「技量は問題ないな。ただ、経験が足りてない。そんな印象を受ける。戦いの経験と言うよりは、相手の命を奪う経験が。そんなものは出来ることなら積まない方がいいんだろうが、お前は冒険者だ。積まずにはいられないし、積まなければ死ぬ。こんなことは言いたくはないが……慣れろ。それしか方法はねぇよ」
ゴドーは苦く笑った。
俺は言う。
「わかってるさ……少しもためらわなければ、今のゴブリンだってたぶん、一撃で倒せた。鍔迫り合いまでして、時間がかかったのは俺が躊躇ってたからだ。次からは……とまではいかないかもしれないけど、徐々に慣れていくよ。だからそれまではゴドー、面倒を見てくれ」
「あぁ、わかったぜ。ま、最初は俺もそんなもんだった。誰だってそうだ。むしろ上出来な方だな。だから、あんまり落ち込むなよ」
そう言ってゴドーが俺の肩を叩く。
よほど暗い顔をしていたらしい。
「うん……それで、ラルゴ。俺の武具の扱い、どうだった?」
振り返ってそう聞くと、ラルゴは頷いて笑った。
「おう。問題なかったぜ。魔力の通し方も丁寧だったしな。それこそ慣れればもっと早く流せるようになるだろう。見る限り、鎧も動きにくくはなさそうだったが……問題はないか?」
「あぁ。全くね。ラルゴの腕は最高だ」
「よせよ。本当のことでも照れる」
「よく言うね」
そう言って、三人で笑いあった。
きっと無理に場を明るくしてくれているんだろう。
そう思った。