第16話 到着と会議
ラミズの村に着いたのは、次の日の夕方頃のことだった。
ラルゴが言っていたよりも少しばかり時間がかかったが、あまり大きな差ではない。
思いの外、道が悪かったことと、途中数回の魔物との戦闘があったことが影響した。
とは言っても、俺は全く戦っていない。
ゴドーや、他の冒険者たちが簡単に蹴散らしてしまったので、俺の役目はといえば、そういう冒険者たちがいない間の御者のグイン老とラルゴの話し相手でしかなかった。
ただ、ラルゴはかなりの腕を持った鍛冶師であるし、グイン老も魔物調教師としては上位に位置する実力を持つ。
つまり二人とも、その道では知らぬ者のいない程度に優れた功績を持っている人たちであって、その言葉にはたとえ同じ道を進んでいなくても実になるものが多くあった。
たとえば、グイン老は魔物について豊富な知識を持っていて、その対処や、もし調教しようとするならどうやって対応すべきかということを事細かに説明してくれた。
ラルゴにしても、冒険者が採取すべき鉱石や魔石の扱いについて詳しく教えてくれた。
二人とも、俺を一人前の冒険者に育ててくれる気でいるのだろう。
ありがたいことだと思った。
そしてそれがゴドーという冒険者と知り合ったことに端を発することであることを俺はしっかり自覚している。
いつか何らかの形でお礼をしなければならないなと思った。
ラミズの村は、その岩肌を晒す鉱山の麓にある小さな村だった。
長閑で、閑散としていて、ただ、そこに住んでいる人々はそんな暮らしに満足している。
そんな村だった。
鉱山はラミズの村から少し離れている位置にあり、間にそれなりの深さのある森がある。
鉱山まで行くには森を徒歩で抜けていかなければならないらしく、それはかなり疲れそうだなと俺は思った。
「最近は魔物が強くなってきているからね。気をつけな!」
そう言ったのは、ラミズの村の宿の女将をしている女性だった。
ラミズには宿は一軒しかなかった。
そのため、ここまで魔物馬車に乗ってきた冒険者たちは全員がこの宿だ。
といっても、途中で何人かの冒険者が降りたので、今ここにいるのはグイン老を含めて六人だけだ。
グイン老は一日ここで休んでからまたハルヴァーンに戻るのだという。
ラミズの村にもトルノの村のときと同じように物資を運んできたようで、ラミズの若い男たちが馬車から荷物を運び出していた。
その代わりに何かを積み込んでいたので、それが何なのか聞くと、
「村の特産品のキノコだよ。栽培してるから、それなりの量があってね。ハルヴァーンでは結構な値段で売れるんだ。だから、魔物馬車が来ると毎回載せていってもらってる」
と説明してくれた。
実際にそのキノコがどれくらい美味しいのかは、宿の夕飯で明らかになる。
宿の料理長はどうやら女将のようで、それをその娘であるらしい十歳前後の子供がちょろちょろと手伝っていた。
年齢の割に意外と慣れていて、次の代の女将はあの子なんだろうなとふと思う。
ゴドーが、
「なんだ、惚れたか?」
と言って肩をつつくので、俺は肩をすくめた。
「流石に若すぎるよ」
そう言うと、ゴドーが驚いた顔をして、
「同い年くらいだろ? 問題ないじゃねぇか」
と言うものだから、そう言えばそうだったなと思って苦笑する。
そんな俺の顔を見てゴドーは、
「本当に若すぎると思ってやがるな……なるほど、ユキトは年増好き、と。じゃあ女将の方はどうだ?」
といって話を続けるものだから笑った。
実際、どうなのかと言えば、女将の方は十歳くらいの子供がいるくらいだから、まだ若く、三十代には入っていないだろうと思われた。
この世界では結婚する年齢は早い。
特に女性は十代でするのがふつうだ。
このような辺境の村ではなおさらで、だから女将はまだまだ女性として十分に魅力を保っている。
俺がそんな風に女将を評価しているのを見抜いたのか、ゴドーは、
「やっぱり年増好きか……ハルヴァーンに行ったらその辺を紹介してやろうか?」
などと言っていた。
年増というほどでもないだろう、とは思うのだが、この世界では三十近い女性は年増と言われてしまっても仕方がないのかもしれない。
戦乱や魔物という危険の満ちているこの世界。
若い女性の割合というのは俺の前世よりも遙かに多い。
相対的に三十代近い年齢というのは、若くなく、感覚的に言うなら前世で言うと四十半ばくらいの評価に近い。
まぁ、大事なのは年じゃない。
その人がいかに素敵かであり、内面と外面の総合力で決まるのだ。
だから、俺がここの女将くらいの人が好みだとしても、それは年増好きとかじゃなくて、ただ人をしっかり見て評価しようと言う公正な精神の現れなのだ。
と、思うのだが、ゴドーの中では完全に年増好きと確定したらしい。
ハルヴァーンに戻ったら色々な女性を紹介してくれるのだろう。
デオラスの王族であるということを考えるとあれだが、まぁ、この年でどうこうということもあるまい。
少しかわいがってくれるお姉さんとかが出来てもそれほど問題はないのではないかと思って、その話はとりあえず切り上げた。
それから、我がパーティメンバーたちと、次の日の話に移った。
「明日はいつから山に行くの?」
そう俺が聞くとラルゴが答える。
「まぁ、早ければ早いほどいいだろうな。あんまり真っ暗なのも厳しいし、夜は魔物がもっとも活発に活動する時間帯だ。ここら辺の魔物は弱くはねぇし、安全とか考えると早めに行った方がいいってことになる」
ラルゴの言葉をゴドーが継いだ。
「ラルゴの言うとおりだろう。魔物の強さについてはたとえ夜でも俺がついてる限り正直問題はねぇんだが、今回は鉱山で石堀りだからな。そこを考えるとやっぱりあまり暗くなりすぎるとな。光源も無限じゃねぇし、道を見失うのも怖いしな」
その言葉を聞き、光源に何を使う気なのか気になった俺は質問する。
「無限じゃないって、光源は何を使うの? たいまつとか?」
するとゴドーが答える。
「収納袋に魔法灯が入ってるぜ。ま、魔石使って光を維持するタイプの奴だがな」
「へぇ……だったら、別に問題ないか。一応だけど、俺、光灯の魔法が使えるよ。維持もかなりの時間出来る。一日くらいなら、余裕だ」
「お、マジか……だったら魔法灯はいらなかったかもな。まぁ、いつも収納袋に突っ込んでる奴だから、それでも持ってきてたけどよ。じゃ、今回のお前の役目は灯り取りってことでいいか?」
「それくらいしか出来ないから、それでいいさ。他はゴドーとラルゴがやってくれる。そうだろ?」
そう言うと、二人は胸を叩いて言った。
「任せとけ。魔物は俺が倒す」
「俺は、鉱石類の方だな。全く問題ねぇぜ」
頼もしい二人の言葉に頷き、簡単な地図の確認をしてから、その日の作戦会議はお開きとなった。
宿の設備は悪くなく、ベッドも品質のいいもので、部屋にはふんわりと何か花の香りが漂っている。
これなら、ぐっすりと眠れそうだ。
そう思った。