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魔女の弟子の彷徨  作者: 丘/丘野 優
第1章 低級冒険者編
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第13話 夢を語る

 月桂樹竜ロウドドラゴンは竜種の中でも木属性をその身に宿した樹木竜と呼ばれるカテゴリの一体であり、竜種の中では性質が穏やかで人を積極的に襲うことは少ないと言われている魔物だ。

 その特徴は体の全てが樹木で形成されていることだろう。

 そのため、比較的脆いように感じられるが実際は全くそんなことはなく、通常武器で切りかかったところで傷一つ負わせることは出来ない。

 竜種魔法ドラゴニック・マジックによる魔力的強化が施されているがために通常の樹木よりも遙かに高い耐久力を保持していると言われており、その魔力的強化は月桂樹竜ロウドドラゴンがたとえ命を失ったとしても維持され続ける。

 だからこそ、その身体は強力な武具の材料、それに高価な薬剤の材料にもなり、冒険者にとってその討伐は他の竜種と異なることなく、一攫千金の夢でもあった。


 けれど、当然のことだがその夢を達成できる者は世界広しと言えどもかなり少ない。

 高い冒険者ランクを誇る者であっても、油断すればどうなるかは分からない。

 そういうレベルの魔物だからだ。


 実際、Bランク冒険者であるゴドーに聞いても、Cランク冒険者であるミリーに聞いても、その討伐はおそらくはかなり綿密な準備を行ったとしても厳しいだろうという感想だった。


月桂樹竜ロウドドラゴンは確かに竜種の中じゃそれほどでも無い方だがな。それでも竜種は竜種だ。その身体能力、それに魔力、どちらを見ても魔物の中では驚異と言う他ねぇな」


「そうだねぇ。実のところ私は月桂樹竜ロウドドラゴンを間近で見たことがあるんだけど、本当にこれが竜種でも弱い方……下位竜種なんだろうかと首を傾げたくらいだ。瞳には深い知性が宿っていたし、魔力は周囲の環境を変えてしまう程に多量で濃いものだった……これは無理だと、冷や汗が流れたね。ただ、月桂樹竜ロウドドラゴンが大人しいってのは本当だった。それこそ目の前……目の色が分かるくらいに近くまでやってきたんだが、それでもそのときその場にいた冒険者に襲いかかったりしようとはしなかったんだからね。ま、襲いかかられてたら私はこんなところにはいないんだけど」


 ミリーは冗談めかしてそう言って笑う。

 ただ、その目の色は真剣だった。

 それほどに恐ろしい経験だったということだろう。

 魔物の中でもほぼ最強種、竜種。

 そんな化け物に出会った経験が、様々な感情を彼女に運んできたのだ。


「もう二度と会いたくはないものだけど、ただ……今思えばあれはいい経験だったと思うよ。当時私はEランクだったんだけど、それなりの速度でとんとん拍子にランクを上げてたからね。天狗になってた。AランクやBランクがなにほどのものかとも思っていたよ。竜種だって、私ならすぐに倒せるようになるだろうと、そんな不遜で無謀なことすらも考えていたね。……だけど、違ったよ。それは明確な間違いだったさ。竜種は、けた違いだった。これが力の差を感じたときの絶望と言うものなのかと初めて思った。それほどに恐ろしく、強大な生命体だったんだよ、竜種は……。そしてね、それからは自分の力というもの、他人の実力というものを客観視できるようになってさ。他の冒険者に対しても、肩肘張らずに対応できるようになったね。身の程を知った、というか……」


「前は肩肘張ってたの?」


 そう聞く俺に、ミリーは苦いものを噛んだような顔で返答する。


「肩肘張ってたというか……警戒していたというか、余裕がなかったんだろうね。私は誰にも負けたくなかった。負けることもないと思っていた。ただの年期の差でしかないのであって、同じ経験を積めば私の方がずっと上なんだと思っていた……。そんなの、気のせいなのにね。そもそも、実力なんてものはそう簡単に上下に分けられないものさ。私はCランクだが、油断したり、地の利や調子によってはDやFランクの冒険者に負けることも絶対にありえないとは言えないからね。ゴドーだって同じさ」


 ミリーはゴドーの方を見てそう言った。

 ゴドーはミリーの言葉に頷きながら、けれど首を振って答える。


「あんたが負ける姿にそう簡単にお目にかかれるとは思わないが……言っていることは正しいな。実力なんて常に同じ者ではない。調子や相性ってものがある。どれだけ強大な力を持っていても、場合によってはやられることもあるものだ。ま、その理屈で言うと俺でも竜種を倒せるという話になってきそうだが……それこそ奇跡がないとな。勝てやしないだろうな」


 つまり竜種は高位冒険者であっても戦うことを躊躇する、そんな格の違う魔物だと言うことだ。

 ただ、ラルゴが二人の高位冒険者の感想に鍛冶師としての立場で口を挟む。


「竜種と言やぁ、鍛冶師からすれば憧れの素材なんだ。積極的に狩りに言って欲しいものなんだがな……」


 ラルゴの店には確かに竜種をその素材とするものもあった。

 ただ、それはどれも月桂樹竜ロウドドラゴンよりも下位の、亜竜種と言われる本来の竜種よりも一段下がる魔物のものだった。

 それでも戦いを生業にする者にとっては、垂涎の品であり、目玉の飛び出るような価格をしていることに間違いはないのだが、ラルゴとしては本物の竜種素材を思うまま扱ってみたいのだろう。

 それは鍛冶師の夢だ。

 伝説に伝えられるような武具の多くが竜種をその素材としている。

 歴史に名を残す鍛冶師は、竜の素材を自由に扱った。

 それは、彼らにはそれこそ歴史に刻まれるような冒険者との縁があり、その伝手を利用して様々な素材を手に入れる幸運に恵まれ、結果としてその腕も磨かれていったからという理由もある。

 だから、鍛冶師にとって、冒険者というのはいろいろな意味で重要なものだ。


 その点、ゴドーやミリーのような高位冒険者と知己を得て、懇意にしているラルゴは、そういう名を刻まれる鍛冶師の一人になる道を進んでいるのかもしれない。

 俺も、ラルゴにはこれからも世話になるつもりだから、素材を持ち込んだりすることも増えていくはずだ。

 そうやって、持ちつ持たれつで成長していく。

 それが、この世界での冒険者と鍛冶師の関係であった。


 ただ、ミリーはともかくゴドーはそれほど竜種の討伐に積極的なわけではないらしい。

 ゴドーはラルゴの言葉に頷きつつも、


「竜種に挑むなんて命がいくつあっても足りねぇぜ……まだ実力がな」


 その答えに、ラルゴは残念そうな顔をして首を振った。

 けれど次の瞬間、ゴドーは思いついたかのような顔をして言う。


「あぁ、そうだ。おい、ユキト。お前がそのうち竜種を狩ってラルゴに持ってってやれよ。今は無理でも、お前ならそのうちできそうじゃねぇか」


 その言葉が本気なのか冗談なのかはよくわからない。

 ゴドーの口調はいつも少しふざけたような、それでいながら当たり前のことを言っているような、妙な説得力に満ちた声だからだ。

 これを聞いたらラルゴも似たようなことを思ったらしく、うんうん頷いて、


「そりゃいい! 確かにユキトならやってくれそうだぜ! 頼むな!」


 と満面の笑みを浮かべるものだから断りにくい。

 ついにはミリーまで乗っかり、


「あんたが竜種を狩ったら私にも少し素材を回しておくれよ。金なら言い値で払うからさ。ま、これからあんたが一端になるまではその面倒も見てやるから、その分、割引は頼むかもしれないけどね!」


 などと言い始める。

 本当にいつか狩れたならそれくらいは吝かでもないが、俺に竜種など狩れる日はやってくるのだろうか?

 とてもではないが確信など持てない。


 ただ、今の俺の目標は、目的は、デオラスの地にかけられた呪いを解き、あの地にもう一度国を作ることだ。

 それがいつになるかは分からないにしても、一応、そう考えて生きていこうと思っている。

 そしてそのためには、竜種の一匹や二匹、倒せるようにならなければならないのかもしれない。


 竜種と並んで、化け物と名高い存在、魔女。

 その魔女が死ぬ間際の全力を絞って構築した呪術の揺り戻しによる穢れを、俺は解かなければならない。


 俺の道行きの先に続いている難関の数々を思うと、その実現の可能性の低さにふるえる。


 しかしそれでもやらなければならないのだ。

 俺は、デオラスを再興する。

 呪いを解き、人の生きていける地をあそこに築くのだ。


「なんだか随分と凛々しい表情をしているね? やっぱりあんたはやってくれそうだよ!」


 ミリーのそんな言葉に、思いがけず励まされる。

 俺ならやれるかもしれないと言う気がしてくる。


 だから、俺は言った。


「あぁ、やってやるさ。竜種でも何でも、俺は負けない。俺は強くなる!」


 そんな言葉が返ってくると思わなかったのか、それとも思いの外、無謀な返事が返ってきたので面白く思ったのか。

 ミリーも、ゴドーも、ラルゴも大きな声を上げて笑った。


 それから、全員が言った言葉で、俺は彼らが笑った理由を知った。


「それなら、竜種に挑むときは誘えよ。援護くらいはしてやるぜ!」


 ゴドーが言った。


「おぉ、そうだね。ま、ユキトがゴドーを超えてからの話だけど」


 ミリーも微笑んで俺の肩を叩く。


「そのときは最高の武具をお前等に提供してやるよ。竜種の素材が手にはいるなら多少の赤字くらい覚悟してやる」


 最後にラルゴがにやりと笑ってそう言った。

 彼らは、紛れもなく本気で言っているらしい。

 清々しいものを感じた俺は、思わず言う。


「……ありがとう」


 それから、四人で自分たちの打ちたてたとてつもなく大きな目標に、その実現性の低さと、それでも実現する気でいる自分たちの無謀さに、大笑いしたのだった。

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