第12話 浄化の炎と森の主
夜が明けてミリーの倒した盗賊達を一カ所に集めて検分した。
一夜のうちに魔物が寄ってきたのだろう、食いちぎられて体の一部が欠損しているものもいくつかあったが、臆病な魔物だったらしく、焚き火をおそれて、すでに遠くに離れたらしい。
ゴドーが言った。
「ま、小さいのはちょろちょろ近づいてきてたのは分かってたからな。おそらくそういうのの……森狐とか蔓兎とか、小型の魔物の仕業だろうな。緑小鬼とかなら、俺たちに襲いかかってきてただろうし」
実際、盗賊達の躯に刻まれた歯形は小さく、欠けた部分も少ない。
ゴドーの言っていることが正解なのだろう。
盗賊達の持ち物についてだが、これは大したことはなかった。
武器はおんぼろで、服装も臭って酷く、持っている金銭についても、少額で、かなり困窮しているような有様だった。
だからこそ、こんなところに根城を造っていたのか、それは分からないが、ミリーが退治しなくても遅かれ早かれこの様子では壊滅していただろうと思われた。
その辺の魔物にすら、抵抗するのは厳しいような、そんな風に思わせるくらいに、その盗賊達は貧弱な財産しか持っていなかった。
「盗賊なんてやらずに、まともに働いてりゃこんなことにはならなかったんだ」」
ミリーがそう言ったが、ゴドーが首を振る。
「どうだろうな。こいつらがどこから流れてきたかにもよるだろう。ここらなら、そうだな。トーラン辺りからきたとすれば、そういう道すらもなかったんじゃねぇか」
トーランは、月衣の森へ続く方ではなく、それとは分かれた方向、南東へと続く街道を進むとたどり着く国の一つだ。
その政情は現在非常に不安定で、内乱の最中にある。
当然のことながら、国民の生活というのもかなり酷いことが予想されるが、他国の介入を全く許さないので厳密にはどのようになっているか情報が流れてこない。
どうしようもなくなってトーランから逃げてきた難民からぽつぽつと語られる話や、諸国に存在する諜報機関の得た情報の中で当たり障りのないものが一般に伝わるのみだ。
デオラスでもそれなりに情報は集めていたが、かなり酷い、としか言いようのない状況であり、早晩、革命が起こるか立て直しようもないほど国が荒廃するかのどちらか、としか評価しようがないものだったことを覚えている。
「トーランか……。さっさと内乱なんか終わればいいんだけどね。そういうわけにはいかないか」
「あぁ、無理だろう。政府の側も、革命軍の側も、おそらくはそれなりに言い分があって戦っているんだろうからな。どちらかが白旗揚げない限り、終わるとは思えねぇな。もっと早いうちに政治を変えるなりなんなりすれば、少しは違ったのかもしれねぇけどよ」
ゴドーのその言葉に俺は自分の国を、デオラスを思い出す。
人間に言い分があるように、あのとき俺の国に攻めてきた魔物にも、何か言い分があるのだろうか、と。
聞けば、あの黒い鎧騎士はそれに答えたのだろうかと。
しかし、今そんなことを考えても答えなど出るはずもない。
いつかあれにもう一度見えることがあるならば、改めて聞いてみようかと心に留めて、俺は一カ所に集められて燃えていく盗賊達の屍を見た。
肉の焼ける臭い。
魂が浄化され、空気の中へと還っていく。
彼らはどこに向かうのだろう。
父は、魔女アラドは、どこに向かったのだろう。
自らの命を失わない限り、その答えを俺が知ることは出来ない。
しかし寂しがることもないだろう。
いつか人は必ず死ぬ。
俺もどのくらい先になるかは分からないが、その答えを知ることが出来る日がやってくるに違いない。
そう思うと、心がすっきりした。
すべての屍が燃え、延焼の可能性がないように魔法で周囲に水を撒いてから、俺たちは馬車に乗って先を目指す。
鎧鼠が、きゅい、と一鳴きして、白髪の老魔物調教師グイン=フォスカの手綱に従い歩み出した。
馬車は月衣の森へと進んでいく。
ゆっくり、ゆっくりと。
森へはいるまでは結構なスピードで進んでいた馬車。
けれど、森へ入ってから、馬車はその速度を落とした。
鎧鼠が牽く魔物馬車だ。
その気になればもっと早い速度で進めるにも関わらずである。
その理由を御者のおじいさん――その本当の身分は魔物調教師組合の幹部グイン=フォスカである――が説明してくれた。
「ふむ。お主は冒険者ではないのか? ……なるほど、ならば冒険者では常識と言ってもいい月衣の森の知識を知らないことも不思議ではないのう」
「どんな常識なの?」
新たな知識を得られそうなことに若干の興奮を覚えながら、俺はグインに続きを求める。
「月衣の森はな、ハルヴァーン近辺に点在する森林の中でも群を抜いて危険な場所なのじゃよ。なぜか分かるか? 少年よ」
「魔物が強くて多いから、じゃないの?」
「そうじゃ、その通りじゃ。しかし、あくまで平均的な魔物の強さのレベルが高い、という程度であれば、これほどまでに警戒して進む必要はない。静かに、ゆっくりと進まなければならないことには、別に理由がある」
鎧鼠につながれた手綱を握りながら、おじいさんは少し考え込むように黙り、そして続きを言った。
「ここには竜種がいる」
と。
竜種。
それは魔物の中でも強力さにおいて他に比べるもののいない強大な種族の総称であった。
そのうち最も強力なものを古代竜と呼ぶが、これは強さのみならずその持つ英知すらも人間に匹敵していると言われる。
そして、強大な魔力と、輝かんばかりの英知を得た竜は、人間と同じように魔法を使用するようになる。
竜種魔法と呼ばれるそれは、人間の使用する魔法とは比べものにならないほどの効果を規模を持ち、古代竜が一体いれば国一つすら瞬く間に滅び去ると言われる理由ともなっている。
そもそも魔法など使えずとも、長い時を生きて乗り越えた竜種は際限なく成長し、結果として巨大な体躯を誇っているのが普通であり、その肉体のみですら通常の冒険者であれば出会った瞬間に命を刈り取られかねないくらいに危険な魔物である。
それが、魔法を使用し、しかも知恵までもっているとくれば、それはもはや避けうることの不可能な災害でしかない。
歴史上、幾人かいたとされ、伝説にも伝えられている竜殺しがその功績を称えられるのは、そんな災害を自らの力のみで倒しきって見せたことに対する賞賛なのだ。
そんな存在が、月衣の森にいる。
そういわれると震えが来る。
たとえBランク、Cランクと冒険者の中でも腕利きの部類に入る二人に、他にも数人のベテラン冒険者が乗り合わせているとは言え、竜種となると話は別だからだ。
願わくは、ここにいるという竜種が、古代竜に属するものではない、人間でも討伐可能なそれであることを俺は願い、老人に質問をする。
「その竜種っていうのは……?」
よほど怯えが顔に出ていたのだろう。
俺の顔を見て一瞬吹き出すように笑った老人は、ひとしきり声を出しきると、俺の肩を叩いて言った。
「くっくっく。安心するといい、少年。ここにいる竜種は、古代竜などではないわ。長い期間、討伐されていないという意味では同じかもしれないが……せいぜい数百年ものの、竜の中では若いものが、森の奥に一体確認されているのみ。森林を育む大人しい竜、月桂樹竜じゃよ」