第10話 女冒険者の常識
がたごとと馬車が揺れる。
俺たち三人と、その他に数人の冒険者を乗せた馬車は今のところ順調に街道を進んでいた。
冒険者、というものはこういうとき無口なものなのかと思っていたが、意外にもそうではなく、皆、それなりに会話が弾んでいる。
ただ、その内容はほとんどが依頼や今まで彼らがしてきた冒険の数々、それに最近の魔物の動向など仕事に関係するもので、もしかしたらこれも仕事の一環であると割り切って会話している者もいるかもしれない。
みんな楽しそうなので、そうではないと信じたいが。
「へぇ、それじゃあ、あんたはまだ冒険者じゃないって事か」
馬車に乗り合わせた冒険者の中で、ただ一人の女性が俺にそういって頷いた。
よく見れば彼女の耳は通常の人間より長く尖っていて、肌は浅黒い。
目は少しくすんだ青灰色をしていて、髪は銀に輝いている。
どう見ても、ダークエルフの女性であった。
年齢は20前後に見えるが、その口調や種族から考えるとおそらくは50を超えているものと思われる。
しかしエルフ種は基本的に長命であり、年月による衰えというのがずっと先に来るものなので、彼女の肉体は未だに若い張りを保っている。
50を超えている、と分かっていてもその体になんとなく目線がいってしまうのは仕方のないことだろうとふと思った。
「そうだね。本当はさっさと登録するつもりだったんだけど、このゴドーに止められてさ。それにラルゴも武具を慣らしてからの方がいいって言うし。今回はそのためにこの馬車に乗ったんだ」
「なるほどねぇ……あんたはなんか面白そうな感じが出ているものね。理由は分からないが、組合長にちょっかいかけられるのを危惧した、という感じかい?」
その鋭い洞察に、俺は驚いて目を見開いた。
俺のそんな様子を見たダークエルフは、呵々と笑って言う。
「図星なんだね? あっはっは。正直なのはいいことだけど、冒険者の間で自分の感情を見せすぎると命取りになることもある。よく覚えておいた方がいいよ」
「ご忠告、傷み入るよ。けれど、また何でわかったの?」
「そりゃあね、私は腐ってもエルフだから……あんたの身に宿る魔力、それに寄ってきている精霊の数がちょっと普通じゃないのが見えるんだよ。そして、ハルヴァーンの組合長はそういうところ、敏感というか厄介というか……面白そうなものに目がないというか。だから、あんたはちょっかいかけられるんだろうと確信したのさ。まぁ、なんとなく面白そうと言うのが一番大きいんだけどね」
「ははぁ……これからはエルフには油断しないようにしなきゃ」
「あはは。あんたは本当に面白いねぇ……街に戻ったら一緒に飯でも食おうじゃないか。おごるよ? あたしはこう見えて意外と、儲けているほうだしね」
「本当に?」
それは極めてありがたい話だ。
出来るだけお金を節約したい今の状況の中では、食費も少なければ少ないに越したことはない。
「あぁ、勿論さ……そのときは、剛剣、あんたも一緒にどうだい? もちろん、ラルゴもさ。あんたらパーティなんだろう?」
そう振られた二人は、頷いた。
ゴドーは言う。
「ハルヴァーンでも有名な女傑のお誘いとあっちゃ、断ったら天罰が下るってもんだろうよ……乗らせてもらうぜ」
ラルゴも言った。
「ミリー、随分と豪儀だな。俺とゴドーの腹を嘗めてんじゃないのか?」
それに対してダークエルフの冒険者ミリー・ハルペスは笑って答える。
「あんたらの腹を埋めたくらいでなくなるほどあたしの財布は軽くないんだよ。腹一杯食わせてやるから期待しときな。それにね、今回の依頼でもでかく儲けるつもりだからね……」
「おう。そういえば、おまえ、今回はどこまで行くつもりだ? 俺たちは終点まで乗るんだが」
ゴドーがそう聞くと、ミリーは特に隠そうともせずに答える。
「へぇ、ラミズまでね。ということは鉱山かい? また面倒くさいところに行くものだけど……ラルゴがいるから割には合うのかね? 目利きがいないと屑鉱石しかつかめないところだものね……まぁいいか。あたしはコーンドール平原で降りるさ。実は今回、あそこで星鳥の群生地が確認されてね。ただ、そこは魔物が余りにも多かったらしくて、継続的な観察はできなかったらしい。だからそれを改めて継続的に確認してくるのがあたしの仕事さ。ついでに一匹捕まえてくれば依頼料上乗せ、ってことらしい」
「星鳥! マジかよ。あれうまいんだよなぁ……群生地が見つかったって事は、継続的に確保できるようになるかもしれないってことか?」
「ま、うまく行けばそうなるだろうさ。そのときはそれこそ一緒に食おうじゃないか」
二人はそんなことを言いながら盛り上がっている。
が、俺は星鳥というのが何か分からなかったから、ラルゴに聞いてみる。
「星鳥って?」
「二人の会話でなんとなく分かっただろう。早い話が美味い鳥だよ。ただ、どこにどんな時期に現れるのかはいまいちよく分かってない鳥でな。たまたま出会った冒険者や猟師が運良く捕まえたときくらいしか確保する手段がなかったんだ。値段も馬鹿高くて……よっぽど稼いでなきゃ食えない。ゴドーとミリーはその"よっぽど稼いでる"に入るからな。何度も食ったことがあって執着があるんだろうよ。ただ、ミリーが言っていることが本当なら、星鳥の定期的な確保が可能になる。そうすれば値段も安くなって一般人でも食えるようになるかもしれない。そういうことだろうな」
「そうなったらうれしいな。俺、食べたことないから」
「そもそもがハルヴァーン周辺でしか確認されてない鳥だ。運良く狩れても、ハルヴァーンの人間の食卓にしかあがらん。おまえは元々ハルヴァーンの外にいたんだろ?」
「そうだね……」
デオラスの王族だったので、大抵の食材は食べたつもりでいたが、やはり手には入らないもの、地産地消の品というものがあるらしい。
ハルヴァーンには特にそういうものが多そうだと今回のことで思う。
暇なときに食堂巡りでもして、そういうものを発見していこうと決意した。
「そういえば、あとどのくらいで着くの?」
「ラミズまでか?」
「そうそう」
「まぁ、三日くらいだろうな。近いって言っても、魔物の出る地域を横切る訳だし、まぁここには腕のいい冒険者が客兼護衛として乗っているからそれほど心配する事じゃないかもしれないが、魔物が出たら対処しないといけないのは間違いないしな。その場合はおまえも降りて戦うことになるから覚悟しておけ」
「そういうのも客の仕事なのか……?」
普通、客は乗っているだけでいいものだろうと思ってそう呟く。
しかしラルゴは首を振って言った。
「ハルヴァーンではな。特に迷宮や魔物群生地にしか出向かない魔物馬車は慣習的にそういうことになってるよ。だからこそ、運賃が安い、というのもある」
「なるほどね。ミリーもやっぱり腕がいいのかな?」
そういう疑問をラルゴに聞くと、その長い耳はやはり性能が高いのか、ミリー本人が答えた。
「あぁ、私は腕がいいよ! ……って、自分で言うのもどうかと思うけどね。分かりやすく言えば冒険者ランクで言うとCランクさ。ゴドーほどじゃないけど、冒険者の中では熟練と言われるランクに当たるね」
「Cか……すごいな。まだ登録してない俺にとっては雲の上の人だったんだね」
「そんなこともないと思うよ。あんたは……すぐに上がってきそうだ。そういう奴は分かるもんだ。ただ、あんたはそういうところより、人間関係で苦労しそうだね。あんたは若すぎる。冒険者になって、ランクが上がれば上がるほどやっかみがあるもんだけど、あんたが高いランクになったら色々ふっかけられるだろうから、気をつけな」
「ミリーもそういうのあったの? 若い頃から冒険者してた?」
「いや、あたしはダークエルフだからね。冒険者になったのは故郷の森から出て……そうだね、40を過ぎた頃か。人間で言うなら、14、5歳……冒険者組合に登録するには丁度いい年齢さ。大体、みんなそのくらいにやってくるものだからね。けれど、私は女だから。嘗められたさ……分かるだろ?」
「あぁ……俺の母さんも昔、冒険者だったんだけど同じようなこと言ってたよ。やっぱり、ミリーも組合長に喧嘩売られたの?」
「あんたの母さんも? ははっ。これはいいじゃないか。いつか会ってみたいね。きっと話が合うだろう……。もちろん、私も喧嘩売られたさ。ハルヴァーンで登録した訳じゃないから、ここの組合長みたいに喧嘩っぱやいタイプじゃなかったんだけどね。実力を試す必要に駆られたみたいで、まぁ……当時は腹立たしかったが、今思えば仕方なかったんだろうね。女子供というのは、当たり前だけど腕っ節が強くないのが普通だからね。冒険者組合にいればそういうのが冒険者になろうとやって来るのを何度も見る。そして大半が、言っちゃ悪いが弱いのさ。最下級の魔物――ゴブリンにすら勝てないようなレベルなのがむしろ普通だ。もちろん、それでもGランクの依頼しか受けないって言うなら登録させてもいいんだけどね。Gには雑用関係の依頼がいっぱいあるからね。生活費稼ごうと思うなら、それでも十分さ」
だけどね、と言って、ミリーは続ける。
「そのうち自分も冒険者なんだから、魔物の一匹くらい、って思い始めるものさ。その気持ちは分かる。やっぱり冒険者の花形は魔物狩りだからね。報酬も桁が違う。一発大きく稼ぎたい。誰だって思う。だけどそこに命という最も失いやすい掛け金が必要だってことに気づいている連中は少ないんだ。そして最後に、今際の際にやっとそのことに気づいて、泣き叫んで死んでいく。そんなのは、悲しいだろ? だから、女子供が冒険者組合に入るのを大抵の組合長は止めにかかる訳さ。嫌われようがなんだろうがね。組合長ってやつは、全員が、歴戦の冒険者だ。だから、みんな心の底から分かってるんだよ。女子供が目の前で死ぬつらさって奴がさ……」
遠くを見つめながら語るミリー。
昔あった様々なことを思い出しているのだろう。
しかし、ミリーがそうやって思い出に浸っているのも一瞬のことだった。
すぐに気を取り直して言った。
「ま、ともかく女子供って奴は普通より苦労するってことさ。がんばりな。何かあったらあたしが相談に乗ってやるからさ。ちなみにだけど、組合長との喧嘩は……勝算はあるのかい?」
「ミリーはどうやって勝ったの?」
「あぁ……あたしは勝ってないよ。というか、さっきも言ったように組合長ってのはどこでだって歴戦の冒険者が勤めてるもんだ。だから、勝とうなんてのは……不遜だろうね。もちろん、はじめから負けようと思って戦うのは間違ってるけどね。勝つ気で挑んで、そこそこいいところを見せればまぁ、登録は出来る」
「へぇ。うちの母さんはボコボコにしたって言ってたけど」
それを聞いてミリーは笑う。
清々しい、いい笑顔だ。やっかみなど欠片もない。
「そりゃまた爽快だねぇ! 女が、しかも冒険者として登録もしてないのに、組合長をボコボコにって! そりゃその組合長も面目丸つぶれだっただろうね……あたしも見たかったな、その戦い。あんたの母親に本当に会ってみたいよ」
「母さんも今、迷宮都市にいるから、機会があれば。同じ女冒険者なら楽しく話が出来るんじゃないかな」
母さんはお喋りというか、話好きなタイプだ。
だから話し相手が出来るのは歓迎するはずだ。
それに、ミリーは何となく、母さんと馬が合いそうな気がした。
同じ女冒険者だった、というのもあるし、それに、デオラスの近衛騎士団にいた母の親友の女性騎士とよく似た性格をしている。
だから、会わせてみたいとも思った。
今の母には、こういう、気を使わないで話せそうな女性の友人というのが必要な気がするから。
「そうかい! ハルヴァーンに戻る日が楽しみになってきたよ……。こうなったら、星鳥の依頼もさっさと完遂して、急いで帰らなきゃねぇ。ま、観察しないとならないから、そんなに早くって訳にはいかないけどさ。戻ったら連絡するよ。あんた、どこの宿に泊まってるんだい?」
「中央通りを歩いてわき道に入ったところの"雪の灯り"って言う宿だよ」
「あぁ、あそこはいい宿だね。あたしもたまに使うよ。分かった。依頼が終わったら、必ず尋ねさせてもらうよ。あんたの名前で伝言でも残しておけば良いかい?」
「そうだね。俺はユキト=ミカヅキ。ユキトって言ってくれれば大丈夫だよ」
「あぁ、分かったよ。よろしくね、ユキト」
意外なところに縁が出来て、幸先のいい冒険の始まりだと思った。
ラルゴとゴドーもミリーの性格と実力を保証しているので、心配もない。
馬車はそうして街道を進んでいく。
街道の終わり、月衣の森は近い。