反撃
普段静かであろう森は今轟音と土埃に包まれていた。一機のブルドーザーから発せられる機械の重音と、木が倒される鈍い音で森は支配されていた。これまで倒してきた木々のドミノが無惨にも根本からへし折られ地面に横たわっている。まるで木の骸のようだ。
人間が造った文明の利器と自然との対決である。
自然は時に人間の手に負えない大災厄をもたらすが、それはごく稀である。普段は人間に蹂躙され、破壊され、人間が使うエネルギーとなってしまうだけである。今も、抵抗できない植物たちを前に時代の覇者である人間が権力を行使している。
「ハハッ、これであのガキもさぞかし苦しんでいることだろうよ…ヒヒッ」
男は醜悪な笑みを浮かべ、前方に広がる闇に向かってさらに高々と笑った。
このブルドーザーは外装を強化してある。でなければいくら重機といえど破損は必然だ。ぶつかった衝撃で壊れてしまう。
一本の木を折るのにだいたい十分といったところか。だからかなり進行が遅めだ。だが折る数が問題ではない。どれだけ反抗心を買うかが問題だ。
今頃は完全に錯乱している頃合いだろう。そしてそのうちこの森に入ってきてこっちに向かってくるだろう。そしてそうなったら木が完全に酔ってしまう薬を射出すれば、それで何もかも終わりだ。こんな茶番もしなくて済む。
「にしても遅ェぞ…あのガキども」
男は不審に思いながらも、重機を進める。
すると、ガサガサと音がしたと思うと、突然重機が傾きだした。
いきなりの事態に男は咄嗟に反応できなかった。
前方に穴があったのだ。それも重機がすっぽり収まるほどの。しかし、前を向いている間そんな穴はなかったはずだ。一体なぜ…。
考える間もなく重機は穴に吸い込まれるように落下した。重機は一回転し、座席が下になった。
ズドオオオオオオオン!!
ものすごい勢いで重機が穴に落下し、地響きと轟音をたてた。土埃がもうもうと立ち上る。
暫くして土埃も収まり、中の様相が窺える。
強化外装のおかげか、ブルドーザー本体に目立つような被害は見当たらなかった。だが、あちこちが砕け、座席部分に取り付けられている雨よけが完全に折れ曲がっている。
男は幸い無事だった。目立った外傷もなく、よろけながらも、すぐに立ち上がった。悲鳴をあげる体を無理やり動かし、穴の外へ出るべく、壁をよじ登った。重機を足場にぎりぎりで這い登った。
そこに明るい光が突きつけられる。
反射的に目を瞑り、薄目を開いて光源を確認する。そこにいたのは、
葵だった。