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悠久の園  作者: カヤ
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狂気に満ちたその瞳に映る物は

葵は森の入り口で相手を待っていた。家の敷地に入るにはこの森を貫く一本道しかない。この森は葵の家の前に鎮座している、一種の門だ。森といっても大きさは実質林程度だが、家の取り囲むように立ち並ぶ木々にはやはり祖父の趣味が現れている。多くは広葉樹や照葉樹が植わっている。ここの森を住処として多種多様の動物たちも生息している。太陽は真上から照りつけ、天恵と消耗の両方を与えている。時期的にさほど暑くはないが、長時間外にいるとさすがに堪える。


葵は辛抱強く、男を待ち続けた。


永遠とも感じられた時間。


ようやくその時は来た。


森を貫く一本道の奥から男は現れた。


相変わらずのスーツ姿でピシリとした格好だ。だが整えられていた髪は今はかなりボサボサだ。おそらくあれがデフォルトなのだろう。


男は葵から十メートルくらいのところで立ち止まって相対した。


「やあ、日向君。お別れの挨拶は済んだかな」


男は醜い微笑を浮かべながら、両腕を組んだ。


葵は悟った。この男は始めに突きつけた事実を燃料に、先制ジャブを食らわせる気だと。しかもジャブなんた甘いものではなく、KO狙いの右ストレートだ。


だが、葵はもうそんな動揺なんてしなかった。強く誓ったのだ。ずっと側にいると。


「生憎ですがイルフと告別なんかしてませんよ」


男は動じない。少なからず予想はしていたようだ。


「誓ったんです。ずっと共に生きると」


言ってやった。言ってやったぞ、どうだ。


男は目を閉じ、鼻を鳴らした。


「俺は言ったぞ。別れを告げろと。別に会えないわけじゃない。ウチのところに来れば毎日とはいわずとも会わせてやるさ。だが薬を嗅がせるとお前の記憶は完全に消え失せる。どちらを選んだ方がいいかは明白だと思うし、お前のためだともおもうがな?」


再び冷笑。


「そんな甘言に惑わされませんよ。イルフを無理やり奪いに来るようなやつが、そんな甘い条件を出すわけがない。甘い条件に乗せられるとでも思いましたか」


男の嘲笑がやむ。葵は眼光を炯々と照らし、男を睨んだ。その表情はまるで鋭い刃物だ。男は一瞬目尻を寄せたが、すぐに元に劣悪な顔に戻った。


「そうか…なら容赦はしないぞ?」


男は身を低くし、ダッシュの態勢をとる。あれは場慣れしてる、葵は直感した。


葵は素早く指示した。


「イルフ!!」


そして、バキバキバキと轟音がした。男は何事かと慌てふためいている。葵は音の根源を見つめる。


ズズウゥゥーーーン……


巨大な一本の木が倒れた。それも道路を横に断つ形で、男と葵は倒木に阻まれるように分かれた。


土埃が収まらないうちに男の方で変化が起きた。


男の頭上の木々が突然膨張し始める。膨らんでいるのは枝のあちこちからだ。枝は膨らみ続け、そしてスイカ並みの実ができる。できた実は自身の重さに耐えきれなくなり、地面へと落下する。男の元へと。


男は落ちてきた実に驚いたようだ。真っ先に頭上を仰ぐ。


そこには幾つも降り注ぐ実という爆弾の雨が映し出されていた。


男はぎょっとして、逃げ出そうとしたが、時既に遅し。


実の一つが男の頭にガツンとぶち当たる。


苦悶を撒き散らす男。だが爆弾の雨の猛攻は止まらない。うずくまる男の背中、腰に新たな実が体当たりする。


いつまでそうしていたであろうか。


降り続いていた爆弾は止んでいた。


実は落ちて数秒後には土に還っていた。


葵は倒木を乗り越え、辺りを見渡した。そこにはうずくまって動かない男の姿。


「これ懲りたら、もう二度とこないでください。僕も深追いはしません」


きっぱりと断った。


男はじっとしたままだ。


そんな男を葵は、じっと見つめていた。


やがて、男は震えだすと、喘ぎ声のようなものを出した。


いや、それは苦しみの声ではなかった。


怒り、だった。


「ふ、ふっふはっひゃっふふふっ、くっはははははははっははははははははは」


葵はビクリとして後ずさった。今のコイツは駄目だ。狂ってる。


ユラリと緩い動きで男は立ち上がり、首だけを葵に向けた。最早それはゾンビそのものだった。


「そうかい、そうかい、そこまでしてあれを失いたくないかねェ…ははは……ならよォ……」


葵はこれほどまでに恐ろしい声を十六年間ついぞ聞いたことがなかった。目は怪しく輝き、口元は不気味なほどにねじ曲がっている。不自然に灯ったその瞳は、死人そのものだった。


「どんな手ェ使ってでも奪ってやる。テメエが一番大事にしてるモノを、テメエを踏みにじっても、奪い取ってやる……!!」


男はそれだけを告げると森の出口へ向かって歩いて行った。ふらふらとした危なげな足取りで、まさにゾンビだ。


狂った人間は、何をしでかすか判らない。全てをなげうってでも奪いにくるだろう。既にそこには利益や理屈は存在しない。ただひたすら相手をいたぶり、苦しめることだけが頭に浮かぶ。葵はその事実に少なからず恐怖を覚えた。


次に奴に会うときはそこは地獄と化している、そんな予感がした。

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