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悠久の園  作者: カヤ
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君と共に歩むその道を

その後、日が完全に昇りきると同時に葵は警察に通報し、男の身柄を引き取ってもらった。そして葵は事件の証人としてその日、学校を欠席して警察署へと赴いた。男の犯行や動機の真相など詳しく聞かれた。 


ちなみに男の罪状は私有地においての管理者の許可のない侵入及び伐採らしい。男がどのように判決を下されたのかは知らないし、興味もない。


だが、男が何故あそこまでイルフに固執したのかは謎のままで腑に落ちないが、今となってはどうでもいいことだ。


とにもかくにも、平穏が戻ってきて何よりだと葵は素直に思った。もうあのような冒険は二度と御免だ。


取り調べから解放された午後、途中から学校に行く気にもならず、葵は縁側でくつろいでいた。青々とした空をみると夜にあったことが嘘のように思えてくる。しかしあの事件は確かに存在し、葵とイルフ、それに森の木々も傷つけた。その爪痕はまだ残されたままだ。


「おーいイルフー」


一緒にこの暖かい空気を吸いたくて、葵はイルフを呼ぶ。


しかし返ってくる言葉はない。


不審に思った葵は縁側を離れ、家の敷地、植物園を探した。だけどどこを探しても見つからない。〈恒久なる碧の王〉に変化した様子もない。


(…もしかして)


葵は玄関の戸を引く。今ではめったに見られなくなった引き戸はガラガラと車輪の回る音を発しながら開いた。もしかしたら森にいるのかもしれない。駆け足で急ぐ。


森は事件の傷跡を多数残し、その事件の壮絶さを如実に物語っていた。木は無造作に倒れ、へし折れているのも少なくない。かつては見事に林立していただろう主たちも今では見る影もない。全てがこうなっている訳ではないが折られた木が点在する場所は道状に倒れ、歪な形を形成している。


葵は折られて不自然にできた道を歩いていく。剥き出しの地面が周りにとけ込むことができずに、浮いた存在となっている。


しばらく物思いにふけながら歩いていくとイルフがいた。


イルフがいたその場所はぽっかりと周りを避けるようにちょっとした広場となっている。その広場を両断するかように重機の轍が中心を貫くように左右を二つに分断している。


その中心にイルフが覗き込むような形で立っている。葵はその隣に立ち、同じように覗き込んだ。


イルフはちらっと一瞥し、やがて口を開いた。


「ここはね、アオイと初めてピクニックに出かけた時に来た場所。ここに一本の木が立っていたんだけど、ここでアオイはお昼を食べようって言った。ここは私の大切な思い出の場所だった。アオイ、覚えてる……?」


「あぁ…」


覚えてるとも。森の散策をしてる時に偶然見つけて、ここでお昼を食べようと言った。一本の木陰の下で無数に層を成している葉擦れ音を感じ、風のなびくのを肌で感じながら踊るダンスのような不規則に動く木漏れ日を目で追う。小鳥がさえずる音をバックコーラスに昼食をとった時の味はまた格別だった。


そうか。あの時イルフが叫んだイルフの嘆願はこの木のことだったのだ。葵との思い出が詰まった夢の箱のような記憶。その象徴が無惨にも消されてしまったのだ。ショックだったに違いない。


葵はイルフを見た。遠い目で、慈しむような眼差しで元々あったのだろうその場所を眺めていた。横顔の片側から透明な滴が一滴、ぽたりと落ちた。


イルフは葵の視線に気づくと、わたわたと手を振った。


「あ、ご、ごめんアオイ…。もう泣かないって、約束したのにね。私は本当に弱いよね。でも…でもアオイ。アオイの前で見せる涙は…これで最後にするから」


瞳に残った涙を拭き取り、決意じみた表情をつくる。


「私、強くなるから」


森の中の開けたステージで少女の凛とした声が響く。一陣の風が横に薙ぎ、木々の葉擦れが一層顕著になる。


強くなる、それを意味するところは一体何なのか。


力?

権力?

心?

体?


否、イルフの強くなる、はこれには限らない。


人間として、強くなる。〈碧の王〉の一面を捨て去り、一個人の人間として、成長する。それは〈碧の王〉として、いや、植物の自分をかなぐり捨て〈イルフ〉として生きる。葵と共に生きる方が植物でいるよりも楽しく、大切なものだと感じたのだ。


「僕は…」


固く決意した言葉に葵はどう返事をするのか。もう今までのように植物と人間と俯瞰することはできない。イルフが決意を示した以上、こちらも真摯に応えなければならない。解答は…。


とうの昔に決まっていた。


「君が、強くなることを望むのなら僕は君を守るために強くなる。君を守っていける力を手に入れる。君と共に歩んでいける力を、僕は望む」


二人は互いに気持ちをぶつけ合い、ぶつかり合った思いは昇華し、さらに大きな、高尚な思いへと移り変わる。


それはまるで民を守るために決意した姫君と、それに従属する騎士のようだった。


そして頭上で大きく葉が揺れ始めた。四方八方から同じようなざわめきが生まれ、蠱惑的な感覚、時が止まったかのような錯覚に陥る。


(森を救ってくれて…ありがとう…)


声は直接耳、いや脳に直接届いてくるようだった。聞き覚えのない声だったが、葵はそれが誰か瞬時に悟った。


(あなたのような人間なら、王は安泰でしょう…)


際涯のない大地に自分は立っているような気分だった。その声は永遠とも刹那とも聞き取ることができる。


(王を…頼みましたよ……)


やがて頭がすうっと冷え、澄んだ声が遠ざかっていく。それを名残惜しく感じながらも葵は見送った。


「森の声?」


イルフには判るのだろう。葵が瞬間に意識を切り取られ、違うどこかに行っていたと。


「うん」


「何を訊かれたの?」


イルフは興味があるのだろう。ついさっき人間の手によって森を破壊されたというのに、また人間に興味を持つのは普通ならありえないからだろう。


だが本当のことを言うのは少し照れくさい。


「ん……内緒」


イルフはあからさまに不機嫌そうな顔つきになり、頬を膨らませ、上目遣いに睨んでくる。


ぷっと吹き出し、葵はイルフに向かって手を差し伸べた。


イルフは暫くじっと見つめていた。やがてすっと手を出し、しっかりとした手つきでその手を掴んだ。


その手は大きくしっかりしとして、弱く小さな手には十分すぎるほどだった。

しかし小さなことで折れてしまいそうな弱い存在でもあった。


その手は小さく儚く、支えがないと消えてしまいそうだった。

しかし全てを包み込める、大きく、優しい存在でもあった。


一つ一つは欠陥だらけの糸であっても、互いが互いを補い合い、太く、強靭な一本の縄となる。凝着した二つの異物資は共存共生し、さらに長い縄を作り上げる。やがてどこまでも続く長い道標となる。


二人は道標に伝い、どこまでも一緒に、けしてその手を離さずに歩いていくのだった。


これは過酷な運命を背負いながらも、強くなると誓った王の少女と、過酷な運命を背負う王の手助けをする従者の少年の、二人の物語である。

11話続いた「悠久の園」もとうとう完結いたしました。読んでくださかった方々に万鈞の感謝を。

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