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悠久の園  作者: カヤ
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噛みしめる勝利の余韻は朝靄がかかる深森の中で

葵は今まさに穴から這いずり上がろうとしている男を見下ろしていた。傍らにはイルフの姿もある。


懐中電灯の明かりに映る男の顔は酷く無様だった。泥を被り、大怪我はないものの擦り傷で、顔は醜く見えた。これがイルフを苦しめたのかと思うと怒りが沸々と沸き上がってくる。


この落とし穴はイルフが残された森の力を使役し、作らせたものだ。大地の使役は管轄外だが、何でも応用は利くものだ。イルフに直接操作できなくとも森の木々を媒介に間接操作すれば大地の力も行使することができる。


重い物体は足場を崩せば効果的である。葵が以前にテレビで見た体の小柄な人が体格の大きな人を転ばせていたのと同じことだ。それに日本には古来より体術で「蹴手繰り」というのも存在する。縁の下の力持ちというように、大きな物体を支えるにはそれ相応の基礎が必要である。ならばその基礎を崩してしまえば支えが無くなった物体はあえなく崩壊する。そしてそれが重ければ重い程効果は上乗せされる。落ちてしまった重機を再び人力で持ち上げるのは不可能だ。


とどのつまり、葵達の勝利だ。


「投降してください。手荒な真似はしたくありません」


葵はこみ上げる怒りを押し込め、冷淡に、冷酷に言い放った。


男は穴からよじ登ると、膝をつけたまま、わなないた。


「………………から」


葵は数歩下がる。


「上から、見下ろすんじゃねええっ!!」


男は懐から、小瓶を取り出すと、腕を大きく振り上げ、イルフに向かって投げようとした。


中身は間違いなく先刻言っていた植物たちを幻惑させる薬品。イルフに直撃すれば全てが無に帰してしまう、絶望の象徴。


だが怒りで真っ正面しか見えていない男の思考を汲み取るなど、子供の考えを汲み取るよりも簡単なことだった。


葵はあらかじめ待機させておいたイルフに指示を飛ばす。イルフは合図を受け、森の神秘の力の力を行使する。よく見ると男の周りを張っていた蔓が一斉に男の方に向かって蛇のようにうねりをあげて動き出す。蔓は男の足首や手首に絡みつく。男も黙ってなく、絡みついてくる蔓に必死に抵抗する。しかし、やがて、両足首が絡め捕られ、転倒すると、これを機に蔓が両手首に結びつく。


男は両手足首を蔓に結ばれ、その場に情けなく転がった。


執拗に蔓を解こうと試みたが、やがてかなわないと判ると大声で叫び始めた。


それも予見していた葵は再びイルフに指示を送る。


イルフは男の顔に手を翳すと、ことんと男は眠ってしまった。


眠り粉を嗅がせたのだ。森にある葉を何種類かも掛け合わせ調合し、眠りの効果を持つ薬を作った。


流石碧の王と言うべきか、植物について熟知している。葵の書斎の本にも記載されていないような知識を出してくる。


こういった人間には知り得ないような知識を、男は欲したのかもしれない。確かにこの知識はおそろしい。葵自身を治した力も併せて、多くの医学の分野で力を発揮することができる。もしかすると治療不可能な病気も治すことができるかもしれない。さっきの眠り粉を使えば錯乱している患者にも楽に眠ってもらうことができる。医学の面だけではない。他にも多岐にわたる使用が期待されるのだ。


だけど葵はイルフがそんな人間たちの道具にされるのは嫌だった。イルフはイルフであって、他人に生き方を決められるものではない。イルフにはイルフの生き方があり、イルフの望む生き方をしてほしい。人間の傀儡になるなんてまっぴら御免だ。


眠った男を葵とイルフ(とイルフが使役した蔓)が協力して、自宅から運んできたリヤカーに乗せ、自宅に戻った。


森を出て、東の空を仰いでみると太陽の光が山際を黄色く照らしていた。辺りは薄くもやがかかり、朝の到来を告げる鶏が鳴いている声がする。


葵達の長い長い夜が明けたのだった。

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