銃声
その場にいる全員が、その人影に注目した。最初に気づいたのは和寿だった。
「じいさん!」
そこにはズボンをこれでもかと上げた近衛の姿があった。その場にいる大人たちは全員、かつての総理大臣、近衛直己という大物の登場に度肝を抜かした。
「皆の衆!わしの話を聞いてくれ!」
最後の力を振り絞っているようだった。
「わしの作った法律で、争わないでくれ!わしは、戦争で傷つく人が少しでも減るようにこの法律を作ったのじゃ…!それなのに…この法律のために殺し合うようなことはしないでくれ…。」
事態はテレビ局のカメラが駆けつけるほどの騒ぎとなっていた。
「今、日本は50年前と比べて随分と平和になった…。もう…ズボンを上げる必要はないのじゃ…。」
近衛の声は次第に弱くなる。
「皆の衆…今こそ、本来の…あるがままの姿に…戻るべきなんじゃ…。わしが今ここで、それを体現してもいい……。」
近衛はズボンのゴムに手をかける。
「よせ!じいさん!」
止めに入ろうとする和寿の腕を拓馬がつかみ、首を横に降った。和寿の目は赤くなっていた。拓馬はもう泣いていた。
近衛はゆっくりとズボンを下ろし始めた。徐々に徐々に、あの日二人が始めて近衛を見たときの高さへ近づいていく。街中とは思えないその光景に、目を疑う者もいた。だが近衛のズボンは止まらない。ゆっくりと、力強く、腰という新境地へ向かっていく。とうとうへその位置まで下がった…。もう少しだ…。
──そのとき。
近衛の露になった腹を、銃弾が突き抜けた。