老人の正体
すぐに状況が飲み込めず、しばらく二人は言葉を見つけられなかった。先に声を出したのは和寿だった。
「おじいさんはなんで、こんな法律をつくったんですか?それになんで、ズボンを下げているんですか?」
老人は、遠くを見るような目で、先程よりもはっきりと話した。
「50年前、わしが49の頃、わしは日本の総理大臣になった。」
「総理大臣!?50年前…もしかして…近衛直己?」
老人は頷く。
「あの頃、日本は大変な戦争をしておった。多くの犠牲者が出て、その中にはわしの妻もおった。妻は、アメリカの兵士の撃った弾に当たって死んだんじゃ。当時妻は妊娠していて、わしも子どもが産まれるのを楽しみにしておった。じゃが、兵士の銃弾はその妻の腹をかすめたんじゃ…。傷は深くはなかった。そう、決して深くはなかったんじゃ…。じゃが、出血が止まらずそのまま…。もし、あと1㎝でもいい、傷が浅ければ、致命傷にはならなかったはずじゃ。もし、なんでもいい、何かが妻の腹を守っていたら…。」
近衛の目は僅かに赤くなっていた。
「戦争は絶対にしてはならないと、わしは一番大切なものを失ってから気付いたのじゃ。もう誰にもわしのような思いをさせたくない。だからわしは、皆の命を、腹を、新しい命を守るために、ズボン胸高法を定めたのじゃ…。」