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上げパンの世界
1990年、まだ日本に下げパンという概念が存在しない頃、日本では胸の辺りまでズボンを上げることが法律で定まっていた。(もちろんシャツはしまう。)そして、上げパンをすることが、全国民共通のアイデンティティーでもあった。
やがて一人の中学生が、そんな世界に疑問を感じる。名前は和寿。
(僕らの胸から股までの間には、こんなにも距離があるのに、みんな一緒だなんて…)
まもなく和寿は、日本で初めてズボンを下げて履くこと、つまり下げパンを思いつく。部屋には一人。ドアは閉まっている。
勇気を振り絞り、徐々にズボンを下げる。手の震えが止まらない。もうすぐへそだ…。
ガチャ
「なにしてるの!」
母親が血相を変えて和寿へ走り寄る。当時ズボンを下げて履くことは人であることの否定であり、殺人級の大罪だったのだ。この法律は戦時中にできたものだが、戦争が終わっても、この法律を守るためだけに軍隊が編成され、国民を監視しているほどだった。
和寿は急いでズボンを上げ、シャツをしまった。