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あったかい手ぶくろ、ひとつぶん

作者: 星渡リン
掲載日:2026/01/19

 冬の朝は、息が白い。

 はぁ。

 はぁ。

 白い息の中に、ちいさな光がまじる気がします。


 窓の霜は、銀のレース。

 しゃりん、と鳴りそうなくらい、きらきら。

 外へ出ると、街灯の下の雪が、星くずみたいに光っていました。


 きらり。

 きらり。


 アオは手ぶくろをはめて、通学路を歩きました。

 足元の雪は、きゅっ。きゅっ。

 冬の音です。


 そのとき。


 道ばたの雪の上に、ぽつん、と落とし物。

 手ぶくろが、片方だけ。


「……あれ?」


 赤いミトン。片方だけ。

 アオが拾うと、手ぶくろの中が、ほかほかしていました。

 冷たい雪の上にあったのに、あったかい。


 縫い目が、


 ちかっ。


 と、光りました。


「だれか、落としたんだ。寒いよね……」


 アオはぎゅっと手ぶくろを握りました。

 握ると、ほかほかが指にうつる気がします。


 家に戻ると、おばあさんが台所でお茶を入れていました。

 湯気がふわふわ。

 部屋の中も、ちょっとだけきらきらして見えます。


「おばあちゃん、これ、落ちてた」


 アオが見せると、おばあさんは目を細くしました。


「まあ。片方だけの手ぶくろかい」


「交番に届けたほうがいいよね」


「もちろんね。けれどねえ……」


 おばあさんはミトンをそっと見ました。


「片方の手ぶくろはね、ひとつぶんのあったかさを分けるために、落ちてくることがあるんだよ」


「分ける……?」


 そのとき。


 ミトンが、ふわっ、と軽くなりました。

 そして、玄関のほうへ、すこしだけずれるみたいに動いたのです。


 ちりん。


 どこかで、小さな鈴の音。

 気がして――アオは目をぱちぱちさせました。


「……今、鳴った?」


 おばあさんは笑いました。


「さあねえ。行っておいで。寒がってる誰かが、近くにいるのかもしれないよ」


 アオはミトンを持って外へ出ました。

 風は冷たい。

 でもミトンは、ほかほか。

 ほかほか。


    ◆


 バス停の前で、おじいさんが立っていました。

 片手だけ、ポケットの中。

 もう片方の手は、ぶらんとして、赤くなっています。


 ミトンが、急にあつくなりました。


 ぽかっ。

 ぽかっ。


「……あの」


 アオは近づいて、小さく言いました。


「だいじょうぶですか?」


 おじいさんはびっくりして、手を見ました。


「おや。冷たくてねえ」


「これ……片方だけなんですけど」


 アオはミトンをそっと差し出しました。

 おじいさんがはめると――


 ちかっ。


 縫い目が光りました。

 おじいさんの顔が、ふっとゆるみます。


「ほう。あったかい。ありがとう」


 その「ありがとう」が、雪の上に落ちて、きらり、と光った気がしました。


 きらり。

 きらり。


 バスが来ました。

 おじいさんはミトンを返そうとしましたが、アオは首をふりました。


「次の人にも使っていいですか?」


「そうかい。やさしいねえ」


 おじいさんは手を振って、バスに乗りました。

 ミトンは、またアオの手の中へ。


 ほかほか。

 ほかほか。


    ◆


 次に、曲がり角で、小さな子が泣いていました。

 手が真っ赤。鼻も赤い。

 涙がつめたく光って、ぽろぽろ落ちます。


 ミトンが、また熱くなりました。


 ぽかっ。

 ぽかっ。


 アオはしゃがんで、目を合わせて言いました。


「だいじょうぶ?」


 短い言葉。

 でも、あったかい言葉。


 アオはミトンをその子の手にかぶせました。

 片方だけ。

 ひとつぶん。


 その子はびっくりして、目をぱちぱち。


 ちかっ。


 縫い目が光りました。


「……あったかい」


「おうち、どっち?」


 アオは手をつなぎました。

 手をつなぐと、ミトンのほかほかが、ふたりに広がるみたい。


 やがて、近くのお店からお母さんが走ってきました。


「ごめんね! ありがとう!」


 その「ありがとう」は、雪の上でふわっと広がって、きらきらしました。


 しゃりん。

 しゃりん。


 霜が鳴るみたいな音が、どこかから聞こえた気がしました。


    ◆


 商店街の角で、おばさんが雪かきをしていました。

 片手でスコップ。

 片手は、袖の中。

 肩が、ちょっとだけ寒そう。


 ミトンが、少しだけしゅん、と小さくなりました。


「……あれ?」


 さっきより、ほかほかが弱い。

 縫い目の光も、小さくなっている気がします。


 しゅん。

 しゅん。


 アオの胸が、きゅっとなりました。


「もう、あったかくできないのかな……」


 でも、おばさんがスコップを止めて、息をはきました。


 はぁ。


 白い息がふわっと広がり、街灯の光に当たって、きらり。

 アオはそのきらりを見て、思い出しました。


 ――あったかさは、ミトンだけじゃない。

 声。手。気づき。


 アオは近づいて言いました。


「おばさん、だいじょうぶですか? これ、使ってください」


 ミトンを渡すと、おばさんは驚いて、そして笑いました。


「まあ。助かるわ。ありがとう」


 その瞬間。


 ちかっ。

 ちかっ。


 縫い目が、前より明るく光りました。

 ミトンの中のほかほかも、戻ってきます。


 ぽかっ。

 ぽかっ。


 アオはほっとしました。


    ◆


 その帰り道。

 向こうから、同じ学校の子が走ってきました。

 片手だけ、ポケットに入れて。

 目がうるうるしています。


「ぼくの……手ぶくろ、見ませんでしたか」


 声が震えていました。


 アオはミトンを見て、すぐにうなずきました。


「これ……片方だけ、落ちてたんだ。みんなに貸してて……ごめんね」


 その子はミトンを受け取って、ぎゅっと握りました。

 握ると、ミトンは最後の力で、ふわっとあったかくなりました。


 ちかっ。


 縫い目が、やさしく光りました。


「……ありがとう」


 その「ありがとう」は、いちばん大きなきらきらでした。

 星みたいに、胸の中で光ります。


 きらり。

 きらり。


 その子は、もう片方の手ぶくろをポケットから出しました。

 ちゃんと、持っていた。

 片方だけ、落としてしまっていたんです。


 ふたつがそろうと、ミトンの光は強くなりませんでした。

 でも、やさしく落ち着きました。

 まぶしくない光。目にやさしい光。


 アオは空を見上げました。

 うすい冬の月。

 でも、雪の上はきらきらしています。


 きらり。

 きらり。


 アオは思いました。


「ひとつぶんでも、だれかはあったかくなる」


 帰り道の白い息が、ふわっと広がって、すぐ消えました。

 消える前に、ちいさな光が、ちかっ、とまたたいた気がしました。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


片方だけの手ぶくろって、ちょっとさみしい落とし物ですよね。

でも、このお話ではそれを「足りないもの」じゃなくて、分けられるあったかさとして描いてみました。


アオがしたのは、大きな魔法ではありません。

「だいじょうぶ?」と声をかけること。

手を止めて、相手を見ること。

その小さな行動が、冬の空気の中で“きらきら”に変わっていく――

そんな気持ちで書きました。

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