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あったかい手ぶくろ、ひとつぶん

作者: 星渡リン

 冬の朝は、息が白い。

 はぁ。

 はぁ。

 白い息の中に、ちいさな光がまじる気がします。


 窓の霜は、銀のレース。

 しゃりん、と鳴りそうなくらい、きらきら。

 外へ出ると、街灯の下の雪が、星くずみたいに光っていました。


 きらり。

 きらり。


 アオは手ぶくろをはめて、通学路を歩きました。

 足元の雪は、きゅっ。きゅっ。

 冬の音です。


 そのとき。


 道ばたの雪の上に、ぽつん、と落とし物。

 手ぶくろが、片方だけ。


「……あれ?」


 赤いミトン。片方だけ。

 アオが拾うと、手ぶくろの中が、ほかほかしていました。

 冷たい雪の上にあったのに、あったかい。


 縫い目が、


 ちかっ。


 と、光りました。


「だれか、落としたんだ。寒いよね……」


 アオはぎゅっと手ぶくろを握りました。

 握ると、ほかほかが指にうつる気がします。


 家に戻ると、おばあさんが台所でお茶を入れていました。

 湯気がふわふわ。

 部屋の中も、ちょっとだけきらきらして見えます。


「おばあちゃん、これ、落ちてた」


 アオが見せると、おばあさんは目を細くしました。


「まあ。片方だけの手ぶくろかい」


「交番に届けたほうがいいよね」


「もちろんね。けれどねえ……」


 おばあさんはミトンをそっと見ました。


「片方の手ぶくろはね、ひとつぶんのあったかさを分けるために、落ちてくることがあるんだよ」


「分ける……?」


 そのとき。


 ミトンが、ふわっ、と軽くなりました。

 そして、玄関のほうへ、すこしだけずれるみたいに動いたのです。


 ちりん。


 どこかで、小さな鈴の音。

 気がして――アオは目をぱちぱちさせました。


「……今、鳴った?」


 おばあさんは笑いました。


「さあねえ。行っておいで。寒がってる誰かが、近くにいるのかもしれないよ」


 アオはミトンを持って外へ出ました。

 風は冷たい。

 でもミトンは、ほかほか。

 ほかほか。


    ◆


 バス停の前で、おじいさんが立っていました。

 片手だけ、ポケットの中。

 もう片方の手は、ぶらんとして、赤くなっています。


 ミトンが、急にあつくなりました。


 ぽかっ。

 ぽかっ。


「……あの」


 アオは近づいて、小さく言いました。


「だいじょうぶですか?」


 おじいさんはびっくりして、手を見ました。


「おや。冷たくてねえ」


「これ……片方だけなんですけど」


 アオはミトンをそっと差し出しました。

 おじいさんがはめると――


 ちかっ。


 縫い目が光りました。

 おじいさんの顔が、ふっとゆるみます。


「ほう。あったかい。ありがとう」


 その「ありがとう」が、雪の上に落ちて、きらり、と光った気がしました。


 きらり。

 きらり。


 バスが来ました。

 おじいさんはミトンを返そうとしましたが、アオは首をふりました。


「次の人にも使っていいですか?」


「そうかい。やさしいねえ」


 おじいさんは手を振って、バスに乗りました。

 ミトンは、またアオの手の中へ。


 ほかほか。

 ほかほか。


    ◆


 次に、曲がり角で、小さな子が泣いていました。

 手が真っ赤。鼻も赤い。

 涙がつめたく光って、ぽろぽろ落ちます。


 ミトンが、また熱くなりました。


 ぽかっ。

 ぽかっ。


 アオはしゃがんで、目を合わせて言いました。


「だいじょうぶ?」


 短い言葉。

 でも、あったかい言葉。


 アオはミトンをその子の手にかぶせました。

 片方だけ。

 ひとつぶん。


 その子はびっくりして、目をぱちぱち。


 ちかっ。


 縫い目が光りました。


「……あったかい」


「おうち、どっち?」


 アオは手をつなぎました。

 手をつなぐと、ミトンのほかほかが、ふたりに広がるみたい。


 やがて、近くのお店からお母さんが走ってきました。


「ごめんね! ありがとう!」


 その「ありがとう」は、雪の上でふわっと広がって、きらきらしました。


 しゃりん。

 しゃりん。


 霜が鳴るみたいな音が、どこかから聞こえた気がしました。


    ◆


 商店街の角で、おばさんが雪かきをしていました。

 片手でスコップ。

 片手は、袖の中。

 肩が、ちょっとだけ寒そう。


 ミトンが、少しだけしゅん、と小さくなりました。


「……あれ?」


 さっきより、ほかほかが弱い。

 縫い目の光も、小さくなっている気がします。


 しゅん。

 しゅん。


 アオの胸が、きゅっとなりました。


「もう、あったかくできないのかな……」


 でも、おばさんがスコップを止めて、息をはきました。


 はぁ。


 白い息がふわっと広がり、街灯の光に当たって、きらり。

 アオはそのきらりを見て、思い出しました。


 ――あったかさは、ミトンだけじゃない。

 声。手。気づき。


 アオは近づいて言いました。


「おばさん、だいじょうぶですか? これ、使ってください」


 ミトンを渡すと、おばさんは驚いて、そして笑いました。


「まあ。助かるわ。ありがとう」


 その瞬間。


 ちかっ。

 ちかっ。


 縫い目が、前より明るく光りました。

 ミトンの中のほかほかも、戻ってきます。


 ぽかっ。

 ぽかっ。


 アオはほっとしました。


    ◆


 その帰り道。

 向こうから、同じ学校の子が走ってきました。

 片手だけ、ポケットに入れて。

 目がうるうるしています。


「ぼくの……手ぶくろ、見ませんでしたか」


 声が震えていました。


 アオはミトンを見て、すぐにうなずきました。


「これ……片方だけ、落ちてたんだ。みんなに貸してて……ごめんね」


 その子はミトンを受け取って、ぎゅっと握りました。

 握ると、ミトンは最後の力で、ふわっとあったかくなりました。


 ちかっ。


 縫い目が、やさしく光りました。


「……ありがとう」


 その「ありがとう」は、いちばん大きなきらきらでした。

 星みたいに、胸の中で光ります。


 きらり。

 きらり。


 その子は、もう片方の手ぶくろをポケットから出しました。

 ちゃんと、持っていた。

 片方だけ、落としてしまっていたんです。


 ふたつがそろうと、ミトンの光は強くなりませんでした。

 でも、やさしく落ち着きました。

 まぶしくない光。目にやさしい光。


 アオは空を見上げました。

 うすい冬の月。

 でも、雪の上はきらきらしています。


 きらり。

 きらり。


 アオは思いました。


「ひとつぶんでも、だれかはあったかくなる」


 帰り道の白い息が、ふわっと広がって、すぐ消えました。

 消える前に、ちいさな光が、ちかっ、とまたたいた気がしました。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。


片方だけの手ぶくろって、ちょっとさみしい落とし物ですよね。

でも、このお話ではそれを「足りないもの」じゃなくて、分けられるあったかさとして描いてみました。


アオがしたのは、大きな魔法ではありません。

「だいじょうぶ?」と声をかけること。

手を止めて、相手を見ること。

その小さな行動が、冬の空気の中で“きらきら”に変わっていく――

そんな気持ちで書きました。

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