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9.魔女は決意を胸に動き出す

 ふぅ。最近、寒くなってきたな。


 あー、寒い、寒い。ベッドから出たくねえ!

 このままあと二時間くらい寝ていてえなぁ。


 無職だし、いいんじゃないか? もうちょっとだけ寝ていてもいいんじゃないか?


 ……うーん、それをすると結局、自堕落なままだよなぁ。


 やっぱ、そろそろ起きて、次の仕事、考え始める時期になってきたのかなぁ。


 えーい、起きよう。このまま根っこを生やしていても、何も始まらない。


 ガバリ。と、起きたのだが、隣に違和感があった。


 ……ん?


 スースー、クークー、と眠っているアリーシアがそこにいたのである。


 ま、まさか。俺、やっちまったのか……!?


 たしかに、俺はいつも『愛』を求めているような人間ではあるのだが、ここぞってときにヘタレな人間だし、俺が十六歳でアリーシアが……十五歳? なわけだし、こういう関係になるのはまだ早いのだと、内心は理解していて、実はフリだけで俺は本気ではなかったのだ。


 いや、たしかにアリーシアと添い遂げるというのも悪くはないのだが、うーん、さすがに年齢が年齢だしな……。純粋な恋愛ならまだともかく、こういう風に手を出すわけにはいかないような気がするのだ。


「……ん」


 アリーシアがパチッ、と目を開け、そのかわいらしいお目々を擦っている。


 んきゃわいい……ッ! 題名、天使の寝起き。と書いて、モーニングオブエンジェル(英語が合っているのかは知らん)、とルビを振ろう。寝巻き姿も愛くるしいじゃないか……!


「……なぜ、ここに」


「いや、それは俺のセリフなんだけど」


 アリーシアがウチに常駐しているから、俺の『カード魔術』でアリーシア用のベッドを用意しておいたはずなのだが。


「……まさか、私、寝惚けて幸太郎(変態)のところに……!?」


 アリーシアの顔が真っ赤に染まっていく。


 ふぅ。そんなアリーシアも、ステキだよ……。でも、アリーシア、なぜ俺を『幸太郎(変態)』と表現したんだ……?


「消し飛べッ!」


「あひゃんッッッ!」


 アリーシアに思い切りぶたれて、俺の口から情けない声が出た。


「……ああ、そうだ。思い出しました」


「ん、どうした?」


「幸太郎に伝えておきたいことがあったのですよ」


「……ッ!? こ、告白か!? 愛の告白か!? ついにか!? よっっっっっしゃああぁぁぁっっっ!」


「ちがいますよ」


 ブスッ、と目潰しをされる。


 うん、アリーシア。手が早いよ、手が。


「朝一番に伝えておこうとしていたんです。そうしたら、いつの間にか寝ていただけ」


「うん。……うん?」


 どうにも引っかかる言い方だったのが気になった。


「お別れを言おうと思いまして」


「……どうして!?」


 五秒ほど、俺の思考は停止した。


 えっ……待って、俺、まだシリアス回をやるための心の準備ができていないんだけども。


 というか、どうしてみんなシリアスな雰囲気になりたがるんだ……! のんびりほのぼのスローライフの空気感じゃねえぞ!?


「今日は私の話をしましょう」


「おう。俺もアリーシアのあんなことやこんなことまで知りたかったんだぜ!」


「……変な言い方はやめてください」


 アリーシアのチョップが俺の頭に直撃した。


「前に言った通り私は――人殺しです。正確には、『これから人殺しになる』、と表現したほうがいいでしょうか」


「ふむ……」


 ドグウェンとはじめましてのときの話か。

 たしかに、思い返してみると、ドグウェンが『人殺しの魔女』なのではないか、と聞いたときにアリーシアは否定していなかった。


 しかし、今のアリーシアの話を聞いて疑問がある。

 ドグウェン曰く、ドグウェンの友だちが『人殺しの魔女』に殺されたのだそうだが――今のアリーシアの言い方だと、まだアリーシアは誰かを殺めているわけではないことになるのだが。


 それに、まだ変なところがある。

 ドグウェンの話しぶり的に、そのドグウェンの友だちが殺されたときにはすでに『人殺しの魔女』と呼ばれていたことになるのだから、ドグウェンの友だちが殺されてしまった、という前提で進めていくと――最低でも二人は殺めてしまっているのではないか、と考えられるのだが。


 はて? 意味がわからん。なぞなぞ、か?


「ドグウェンがここに現れたとき、私はそそくさと逃げようとしたでしょう?」


「ああ、たしかに。……というか、実際、逃げていたよな。すぐに戻ってきていたけど」


「それは、私が彼を一方的に知っていたからです。彼の前に姿を現してはいけないだろうと思っていたから、逃げたのです」


 ……なるほど。……伏線を張るのが俺よりも上手いな。


 まずい。格好つけてドヤ顔で「この伏線、大事な! チラッチラッ」ってやっていた俺が、なんだかかわいそうな人間みたいじゃないか!

 くそぅ! くそぅ!


 ガン、ガン、と床を叩くフリをした。床を叩くフリなので、ガン、ガン、という音は鳴っていない。


「私には、サリアという姉がいました」


「……いました?」


「ええ、でも、アレはもう私の姉ではないので」


『アレ』呼ばわりって……。ずいぶん、関係性が冷え込んでいるのね……。俺と俺の姉貴や妹との関係性とは、全然ちがう……。俺の姉貴は「幸太郎はバカだなぁ」と思いつつもなんだかんだで俺を愛してくれていたとは思うし、妹も「お兄ちゃん、お兄ちゃん。お兄ちゃんって、なんでモテないの?」と、ときたまにメンタルを削るような発言はしてくるけども、比較的良好な仲ではあったはずだ。

 ウチと比べると、アリーシアとアリーシアのお姉さんの関係性は……冷え込みすぎている。


 もうアレだ。アレ。冷凍庫のなかにずっと保存しておいた冷凍ご飯並みにヒエッヒエッのカチッカチッな関係であると言ってもいいだろう。


「幸太郎……あの、話、進めてもいいですか?」


「あ、うん、どうぞ」


 俺のことはお構いなく。


「サリアは小さいころから、変わっている人でした。誰もいないところで誰かとお話をしていたり、突然笑って誰かを殴ったりするような、異常でしかない人でした」


 茶化そうとしたけど、茶化す雰囲気じゃないし、さすがにまじめに聞かなければと思ったので、俺は俺にしては真剣な態度で聞こうと思った。


「そのサリアはある日――悪魔に魂を売ったのです。理由は知りません。知りたくもありません。ですがアレは――『残虐性』の部分だけが残り、いつしか、人間を殺すようになりました」


 ……ダメだ。話が重すぎて、シリアスパートなんてもうどこかにぶん投げてしまっていいのでは、と思考放棄をしてしまっている自分がいる。


「でも、アレは一応私の実の姉です。私もアレも捨て子なので親はいません。唯一の家族でしたから、アレの汚名を被ってあげていました。いっしょに罪を償う……そう、しようとしていました。……ですが、アレはもう姉ではありません。アレはただの空っぽの――脱け殻。姉の外面をかろうじて保ってはいますが、化け物にはちがいません。だから私は――アレを殺そうと思っています」


 う、うーん……。


 というか、よく考えたら俺も、リンネスの回で黒服の男たちを(実質的には)殺めてしまっているわけだから――他人事ではないのでは……? とか思いつつも、いやしかし、アレはギャグパートであるうえに、明確に防衛目的で致し方ない部分が大きいというのもあるから、べつに同列ではないのか……とも思った。


 う、うん……アレ。なんだろう、この感じ。たしかに、黒服の男たちは悪いヤツではあったはずなのだが、罪悪感というか葛藤みたいなものが、胸の奥から込み上げてくる。


 いや、罪悪感はない。たしかに黒服の男たちは明確に悪と認識していい存在だ。それを倒すのは仕方のないことだ。


 しかし、『人殺し』だということには変わりない。それが、今になって俺の胸を締めつけてきている。


 おいおい、だから、『ニートライフ』だって言っているじゃないか!? もう、ギャグ時空で片づけてしまおうぜ……?


 なんて思うが、俺はこの命題にきちんと向き合わなければならないのだろうと、悟った。


「……私は人殺しをしていません。姉が犯してしまった罪を私が被ろうとしているだけ。……ですが、『人殺しの魔女』だというのは、否定はできないでしょう」


「どうしてだ……?」


「これから、私は――サリアを殺しに向かうからですよ。そして、その後、私も死ぬ覚悟です。人を殺すのですから、代償は必要でしょう。それで、『人殺しの魔女、アリーシア』というのは事実になるわけです」


 いやいやいやいやいや。ま、待てぃ! アリーシアを人殺しには、させへんで!? ここは、ギャグ時空とは言え、もうやってしまった……もう殺ってしまった俺に任せるべきだ! 俺ならもう、充分汚れてしまっている。それに、俺はこの世界の人間じゃねえから、アリーシアが生きにくくなるよりは俺が生きにくくなっているほうがまだマシだろう。


「……俺の世界には『報告・連絡・相談』ってのがあってな」


「……はい?」


「アリーシア、一回、俺に相談してくれよ、それぇ……!」


 涙を五千キロリットルくらい流しながら、言ってやる俺。


「ずびすび。ずばずばずずずずず」


「うん。何を言っているのかわかりませんよ、幸太郎」


「まあ、待てよ。落ち着けって」


「落ち着くのはアンタです」


「一回! 一回だけ! 本当、あと一週間だけでいいから待っていてくれないか!? あと一週間だけでいいから『ニートライフ』しようよ! ね? ね? お願い……! シリアスパートになるにはまだ早いんだって!」


「え? う、うーん……シリアスパート、がなんなのかは知りませんが、そんなに言うならじゃあ、あと一週間だけ……待ちますよ?」


「本当かよ!? ヤッフィーッッッッッッッッッッッッッ!」


 テンションが戻った俺は、足をわきわきとし始めた。


「……フフッ。一週間だけですよ? 一週間だけですからね?」


「ああ! もちろんだ!」


 寂しそうだけど、どこか嬉しそうなアリーシアの笑顔を見て、やはり、俺はこの笑顔を守らなければならないと思う。


 一週間、か。この一週間、策を練らなければ。アリーシアとの別れなんて、まだ短い間ではあるが、嫌だと感じてしまっているからな。


 よし。まずは(元)ギルドメンバーたちに相談だ。

 絶対に、その笑顔、守ってみせるぞー!


 ……こうして、まさかの、(大長編的な)シリアスパートが始まるのだった。

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