4.『絶対に』はフラグの証
修復したばかりの自宅の前に、茶髪のガタイのいい男が突っ立っていた。
誰だ?
その男は刀を握っており、腕には大きな古傷がある。
今、謎の表示問題もあって忙しいというのに、また厄介ごとが増えそうな香りがする。
「出ないんですか?」
アリーシアが俺にそう聞く。
アリーシアはあの日以来、なぜかウチに住み着いてしまっていた。
「だって……なんか、ね? べつに俺はあの人に用なんてないし……それになんか……怖くね?」
窓の外を覗きながらひそひそと言う。
すると、なかなか出てこない俺たちを急かすように、男は刀を構え、今にも俺の自宅を突き刺さんと言わんばかりの顔をし始めた。
「……斬るッ!」
こ、こええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ! とてもじゃないが、話の通じる相手ではなさそうなんだが!?
「早く出たほうがいいんじゃないですか?」
いやいやいやいやいや。アレは狂人すぎるって。だって、いきなり他人の家の前で「……斬るッ!」とか言っているヤツが、まともな人間なわけないでしょうよ!
えっ、出なきゃダメ? 居留守使っちゃダメ?
無理だって。無理、無理。絶対に無理! 絶対出てくる作品間違えているでしょうよ! この作品のタイトル知っていますかい? 『元カード魔術師のニートライフ ~明日から俺は無職だが、運さえあればなんでもできると証明したい~』なんだぞ!? こういうのは、ほのぼのスローライフものだって、相場が決まっているでしょうが! 物騒なもん出しちゃダメだって!
……ん? 俺はなんの話をしているんだ? なんか、たまに俺の思考が見えない誰かの手によって乗っ取られることがあるように感じるが。
まあ、いいか。
とにかく! あんな物騒な男とまともに話せるわけがない。
よーし、ここは居留守を使ってしまおう。居留守だ、居留守。
万が一、ウチに危害を加えようもんなら、衛兵を呼ぶしかない。
よーし、ここには誰もいないぞ!?
「へっぴり腰になっていますよ」
「だって、怖いからさぁ!?」
「『だって』とか、『もん』とかは、ウケがよくないらしいですよ」
「ウケ狙いで言っているわけじゃないから……というか、『もん』は一回も言っていないぞ!?」
本当だもん! 来咲幸太郎、嘘つかない。
「さっそく、『もん』を使用しているじゃないですか……」
アリーシアが「ウワァ……」という顔をしていた。
「おい、出てこい」
男が玄関の扉の隙間に刀を入れながら、すっげえ不機嫌そうな声色でそう言ってくる。
「な、なあ、アリーシア」
「なんですか?」
「身の危険を感じたら、俺を置いてすぐ逃げろ……」
「わかりました。じゃあもう逃げさせていただきますね」
返事早ッ!
薄情だ! そこは「いいえ、あなたを置いて私だけ逃げるわけにはいきません」とか言ってくれてもいいじゃないの。なんて思うけど……ここで「やっぱ、俺を助けて!?」なんて撤回発言をしたら、さすがに男が廃るってものか……。
八方塞がりだ。やっべえ!
……覚悟を決めるしかないのか。
よし。覚悟を決めて、窓から脱出して逃げてしまおう。
チラッ、と横を見る。そこにいたはずのアリーシアはもういない。
逃げ足早いな!?
まずい! 頼れそうな人に逃げられてしまった!
ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ。どうする、俺! 本当にどうするんだ、俺!?
こんなことなら、異世界転移なんてしなければよかった! ……いや、べつに好きで異世界転移したわけじゃないんだけどさ。
くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 俺だって、異世界に行ってハーレムを築いて、ウハウハライフをハッピーエンジョイしたかったのにッ!
どうしてこんなことになってしまっているんだ!
「おっと、鍵がかかっていないのか。扉が開きやがった」
ちがいます! あなたがたった今、刀で扉になんかしたから開いているだけなんです! ウチを壊さないでください!
「お前が……なんだっけな。クルイザキコウ、タロウだな?」
姓がクルイザキ! で、名前がコウタロウ! それで来咲幸太郎だ! クルイザキコウ、タロウじゃねえ!
「オレはドグウェンだ」
「は、はあ……俺は来咲、幸太郎です……」
なんで俺がツッコミキャラになっているんだ……?
「突然だが、オレは剣士をやめることにしたんだ」
「そ、そうですか……それでなんで俺のところに……?」
「聞くところによると、お前はなんでも面白い魔法を使うみてぇじゃねえか」
面白い魔法じゃなくて『カード魔術』ね。ちゃんとタイトルに『カード魔術師』って書いてあるんだから、できればあと五百回くらいこの作品のタイトルを見返してきてほしいところだ。
おっと、また誰かの手によって俺の思考が乗っ取られていた。
「……お願いだ! オレを弟子にしてくれ!」
「……ン?」
「オレは剣士なんて本当はやりたくなかったんだ。本当は魔法使いになりたかった。だが、先天的に魔法使いの才能がなかったのか、剣士としての実力を買われ……いつの間にか、道を外れてしまっていた……。くっ……」
剣士というか、俺的にドグウェンの初対面は蛮族って感じなんだけどな。
「どうか、オレを弟子にしてくれ!」
……と、言われてもな。
『カード魔術』は女神様から授かったものだし、俺は教えられる技量もない。
あと、タイトル的に無職なことを強調しているわけなのだから、弟子を取って稽古料的なものを取ってしまう場合、それは『無職とは言えない』のではないだろうか。とすると、『ニートライフ』という題目が間違えている、となるわけだ。それは……どうなんだ?
などと、俺の心のなかに潜む人格のうちの一つが俺自身に囁いてきていたので、俺はその意見を尊重しようと床に頭をつけ、土下座のポーズをつくり始めた。
「申し訳ないが、俺は弟子を取るつもりはさらさらないんだ。悪いが、他を当たってくれ」
「……そうか。迷惑をかけた」
ドグウェンはゆっくりと去っていこうとする。
「あっ、待てよ! 弟子を取るつもりはないんだが、それ、個人的というか、こっそりと教えるんじゃダメか? ほら、友だちに教える、みたいな感じでさ」
「……いいのか?」
「まあ、なんだ? 俺にできる範囲でいいなら、なんだけど。正直、俺も魔術とか、よう知らんし」
ケラケラと笑ってやる。
あれ? なんか今、話がちょっとシリアスっぽくなってね?
何か嫌な予感がした。
思い返してみると、毎日、嫌な予感を覚えているのだが、深くは考えないようにしよう。
嫌な予感? いやいや。これはフラグじゃないぞ。絶対にフラグじゃないぞ。絶対にフラグだと思いたくないぞ。
……『絶対に』とか、絶対にフラグじゃん。
わかった。わかったぞ。先の展開が読めた。
ははーん。どうせ、また爆発オチだな? いわゆる、天丼、ってやつ。
もういいって。毎回爆発オチで締めなくてもいいじゃないか。
たまには、ゆったりさせてほしいよ。これじゃ、タイトル詐欺もいいところだ。
……ん? タイトル詐欺? なんだそれ。
またどうやら、誰かの手によって俺の思考が乗っ取られてしまっていたらしい。いや、これも何回目だよ。
「戻ってきましたが……終わりましたか?」
アリーシアがひょこっと姿を現した。
「お前は――幸太郎の嫁か?」
「ちがいます。こいつがブタで、私はただの可憐な乙女です。私にはまだそういう相手はいません」
ブタだなんてひどい!
「たしかに、ブタさんがかわいそうですね。訂正、こいつはゲスです。おい、ゲス。ゲスゲス鳴いてみてくださいよ」
「ゲーフゲフゲフゲフゲフッ」
「怖ッ。やはり、ゲスだったんですね」
アリーシア、なんて恐ろしい女の子なの……!
「仲が、いいようだな。フッ。羨ましい限りだ」
「仲がいいように見えるだなんて、アンタの目は節穴ですか」
お、おい。俺に罵声を浴びせるのは構わないが、ドグウェンにもその態度はさすがにどうかと思うぞ!? ……うん、まあ、俺が言えたことではないが。
「なかなか強気だな。お嬢さん、お名前は?」
「私はアリーシア」
「……何? アリーシア、だと?」
えっ、えっ? ナニ? ナニ、その反応。
ドグウェンの顔がめちゃめちゃ怖くなっている。怒っているのか、呆れているのか、どういう感情なのかはわからないが、とにかく怖い。
「……ずっと、オレは友を殺した憎き敵を探している。そいつは――『人殺しの魔女』と呼ばれている。風の噂ではその魔女の名前は――アリーシアだと聞いたが、まさか、お前じゃないだろうな?」
「……ええ、間違いではないですよ。そうです。私が『人殺しの魔女』です」
ちょ、ちょっと!? 俺、話に置いていかれているんだけど!?
なんか、急にバトル展開が始まりそうで怖いのだが……大丈夫だろうな……?
「と、と、と、と、と、とりあえず、とりあえずずず、とりあえずーずー、ズーは動物園! とりあえず、二人とも落ち着けよ。なっ?」
「……落ち着くのはアンタですよ。幸太郎」
「ま、まあ、何かの手違いか見間違いかもしれないしさ、ほら、なんだ? その、ちょうど俺の『カード魔術』で俺の故郷から美味しいカップラーメンを仕入れたんだよ! なっ? ちょっと食ってからにしないか? ちょうどお昼時だしさ!」
俺の腹がぐおおおおおおん! と鳴った。
「ほらな? 腹が減っては戦もできぬ、ってやつ的な音が鳴った!」
「……アンタといると、調子が狂いますね」
「おい、お前。どこへ行く――」
「……はぁ? アンタも聞いていなかったんですか? このゲスがとりあえずお昼にしようと言っているのですから、お昼ご飯を食べるんですよ。アンタとのにらみ合いは、一旦休止ですよ。ほら、早くこっちに来てください」
さっき、一瞬だけ幸太郎と呼んでくれていたのに、またゲスという呼ばれ方に戻っていたのを、俺は聞き逃さなかった。
これがツンデレ、なのか……?
「……ドグウェン。まあ、食ってけよ。たぶん、今日は爆発オチにはならなさそうだからさ」
「爆発オチ?」
「ああ、いや、なんでもない。本当になんでもない」
フッ、と俺は意味深長な笑みをつくりながら、キッチンのほうに進み、お湯を沸かし始めたのであった。




