23.夢見心地の朝
俺は、俺と関わってくれた人たちに、『さようなら』と『ありがとう』を言った。
ゴロウとウメスケは、「お、おい! 俺たち非モテ三人衆の絆はどうなるんだよ!?」、なんて反応をしていた。
非モテ三人衆として、俺が仲間に加えられているのはちょっぴり「むむむ」と抗議したいところだったが、ゴロウとウメスケらしい反応だと思ったので、俺はキザっぽく振る舞って去ってやった。
レーラは、「そ、そんなぁ!? ま、まだ、新婚プレイとか、バブバブプレイとか、女王様プレイとか、幸太郎さんとしていないのに!?」、とよくわからないことを言っていた。
なるほど。いつかは俺もレーラとそういうプレイをしていたかもしれない世界線もあったのかもしれない。それは俺的にとても嬉しいのだが、でも、去らなきゃいけないので、仕方がない。
くぅ。俺だって、本当はレーラとそういういちゃいちゃプレイ、やってみたかった!
ルネッタは、「そっか。こちらこそありがとう」、とだけ言って向こうから去っていった。
俺の意思を尊重して去っていったのか、『さようなら』に時間をかけすぎてしまうと余計につらくなってしまうから去っていったのか。
俺にはわからなかったが、去る前のルネッタの目は――ひどく濁っていたと思う。
ドグウェンは、何も言わなかった。ただ無言で俺の言葉を受け止めていたようだった。
ドグウェンは、しばらくはこの辺りにいるそうだ。
とは言っても、俺はたぶんもうこの世界には二度と戻ってこれないのだろう。
会いたくても会えないのだから、寂しい気持ちに余計なってしまう。
ジゼルも、何も言わなかった。
まあ、そもそも俺はギルドに突然加入し、いろいろあってギルドをクビになった人間。すでに『さようなら』は済んでいる。別段、言うことはないのだろう。
だが、ジゼルは――どこか優しい目をしていた。
……それは、ジゼルの弟さんの幻影を俺に重ねたからなのか。
それとも、俺を一人の人間として見てくれていたからなのか。
……俺にはわからなかった。
でも。去ろうとする俺を。これからの俺を。応援してくれているのはなんとなく伝わってきた。
さて。俺は自宅に戻ってきた。
コタンちゃんに『さようなら』と『ありがとう』は伝えた。
よし。もう、心残りはないな。
「……覚悟はできていますか」
アリーシアがまっすぐな目で見つめながら、そう言ってきた。
「いや、正直、まったくできていないんだけどさ」
「そう、ですよね――」
「……最後にアリーシアといちゃいちゃ新婚プレイとか、いちゃいちゃご奉仕主従プレイとか、いちゃいちゃバニーぴょんぴょんプレイとか……してみたかったな。……くそぅ!」
「…………。……最後がそれで、いいんですか?」
アリーシアの目がジト目になった。
フッ。やっぱ、きゃわわ、だな。
「……まあさ、生きていりゃ、いつかはまたどこかで会えるかもしれないしさ。俺はこれが最後だなんて思いたくないし、ゆる~いほうが、また会えるような気がしてさ、いいんじゃないかな、って」
俺がそう言うと、アリーシアの目から涙が溢れ始める。
やっべ。女の子を自宅で泣かした、なんて、字面だけ見りゃ、最低すぎる。
えっ、俺、最低? もしかしなくとも、最低?
やっべ。何かおかしなことでも言っちゃったか。
足をわきわきとする俺。
「……いてぇ!?」
「……バカです」
アリーシアにすねを蹴られた。
うん。まあ、俺はバカだし、見方を変えれば天才とでも呼んでほしいところではあるが、たしかにバカだし、バカすぎていい別れ方とか俺にはわからないし、しんみりとした別れ方させちまっているわけなんだけどな。
でも、すねはやめて。すねはとても痛いからやめよう。
というか、すねって蹴られるとめっちゃ痛くね? これ、俺だけ?
「最後にすねを気にした男として、アンタのいた世界に帰るといいですよ」
「えぇ……なんか、それは嫌だな……。なんとなーく、嫌だ……」
いいのか。本当に最後がそれで、いいのか? いや、よくない。反語。
「でも、アンタらしくていいと思いますよ?」
「ねえ、それ貶しているよね?」
「いえ。褒めています」
クスクスと笑うアリーシア。
いやぁ、さすがに脛エンドだけは嫌だな。
……って、心残りできちゃったじゃないかよ!
「……でも、そうですよね。また、会えるかもしれませんからね」
「うん? うん」
「幸太郎がこの世界に来たということは、もしかしたら、反対に、私が幸太郎の世界に呼ばれる――そういう可能性だって、なくはないわけですからね」
アリーシアは微笑する。
「そうだなぁ。俺もまさか異世界転移するなんて思わなかったしなぁ」
首をうんうんと縦に振ってやった。
「別れは長いと寂しくなってしまうし、悲しくなってしまいます。幸太郎。お別れです。……ありがとう、私を助けてくれて」
「……ああ、俺もありがとう」
『助けてくれて』、か。
助けたのは、俺じゃない。
そもそも、助けることができていたのか。そもそも、俺はアリーシアを助けていたのか。
俺にはわからない。俺には何もわからない。一つも、わからない。
ただ一つ言えるとしたら――いっしょにいて楽しかった。
毎日が非日常。毎日がおかしなことの繰り返し。
でも、すっげえ楽しかった。
バカ騒ぎして、バカみたいに笑って。
やっべ。思い返してみると、心残り、ドカンとできちまう。
「幸太郎。さあ、ここに」
「……ん?」
アリーシアが床にペタン、と座り、クイクイッ、と自身の膝を指差す。
えっと、これは……?
「膝枕です」
え?
……え?
……ほう?
……膝、枕?
……よっ、しゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!
俺は全力でガッツポーズをしたあとに、ズササーッ、と膝枕をされる体勢になった。
えっと、最高かなぁ!? 天使がここにいたのかなぁ!?
俺は幸せを噛み締めていた。
「さあ、目を閉じてください」
「ああ」
目を閉じてみた。アリーシアが俺の目に手を当ててきたような気がする。
「さようなら。私の大切な人――」
アリーシアの最後の言葉を俺はしっかりと聞き取った。
『さようなら』――と、俺は言えなかった。
「……待ってくれ!」
飛び起きた。
しかし、そこに誰かいる気配はない。
見知った部屋。
ゲームソフトが床に散乱している。
マンガ雑誌がテーブルに置かれている。
……俺の部屋だ。
異世界ではない。現実だ。
時計を見ると、平日の朝七時前だった。
「……お兄ぃ。戻ってきたんだね」
部屋の外から、あやめの声が聞こえた。
そうか、現実か。
無職でも『カード魔術師』でもない。ただの、学生である。
「……学校、行かなきゃな」
ため息を吐いて、俺はゆっくりと支度をした。




