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22.トランプのカード

 俺を異世界転移させた元凶。

 レウィンを魔王として仕立て上げようとした元凶。

 女神。そいつは俺たちの前でパンパンに腫れた顔を晒し、地面に仰向けで倒れていた。


 ……しかし、そいつは女神というには実に――滑稽な姿をしていた。


 身体中にトゲが生えている。口に牙が生えている。

 腹に禍々しい印のようなものが刻まれている。


 目からは――黒い煙が噴出していた。

 俺は、この黒い煙を知っている。


「……悪魔」


 アリーシアのお姉さん……サリアさんのことを思い出していた。

 サリアさんも、たしか、目から黒い煙を噴出していた気がする。


 これはおそらく――悪魔の特徴だ。


 悪魔は――罪人の成れの果て。


 この女神らしい何かがオリジナルの悪魔なのか、それとも悪魔に魂を売って悪魔になったのか。それはわからないが。


 しかし、こいつは――女神なんかじゃない。……悪魔だ。


 諸悪の根源。

 もし、こいつがサリアさんを悪魔にし、アリーシアを不幸な目にさせた悪魔なのだとしたら、許せない。いや、そうじゃなくても、少なくとも俺やレウィンはこいつのせいで人生を狂わされている。許すとか許さないとかじゃない。


 こいつは――存在してはいけない存在だ。


「……ゲームオーバー。わたくしの負けです」


「……は?」


「わたくしがつくった筋書き通りに、物語が動かなかったのです。わたくしの思う通りに愚かな人間たちが動かない。勝手に自我を持ち、勝手に行動し、勝手に物語を進めようとした」


「だからさ。……は? 何を言っているんだよ、お前」


 俺には意味がわからなかった。

 ぞわぞわとした恐怖が身体の奥底からやってくる。


 ……たまに、誰かに思考を乗っ取られているような。そんな感覚があった。


 もしかして、それは――こいつが俺の思考を操ろうとしていたから……なのか……?


「……お前が俺の思考を乗っ取っていたのか!」


 俺は激昂した。

 火山が噴火するように。天地がひっくり返るように。超新星爆発が発生するように。

 俺は激昂していた。


「……わたくしの物語を勝手に乗っ取っていったのは、あなたたちです」


「……は? 論点をすり替えてんじゃねえよ!」


「あーあ、つまんないです」


 嘲るような笑みを浮かべる女神。


「『つまんない』……だと?」


「ええ。つまんないですよ。わたくしの物語にノイズばかり詰まってしまいましたから」


「……他人の人生をなんだと思っていやがる!」


 ドンドン怒りが募っていく。


 ダメだ。こいつは、人間が理解できない――そう、本当に悪魔みたいな思考をした畜生なんだ。会話にならない、ガチのゲスなんだ。

 他人の人生なんて、簡単に踏みにじってしまう、極悪非道のクソ。


 ようやく、理解した。こいつとは、話しちゃいけない。こいつといると、こっちの頭もおかしくなってしまう。


 そもそも神ってのは、人間にとって崇拝対象なんじゃないのかよ。心の拠り所となるような存在なんじゃないのかよ。崇高で気高い存在なんじゃないのかよ。


 ……本当に、これのどこが女神なんだ。

 畜生。畜生。クソッタレ畜生。


「……でもさ、本当にかわいそうなヤツだよね。自分がその『愚かな人間』に渡した『カード魔術』によって、キミは存在ごと消えてしまうんだから。皮肉なものだよね」


 突然、レウィンが女神に向けてそう言った。


 すると、女神の表情は急激に変化した。


 焦っているかのような表情。

 冷や汗が止まらないようだ。


「今。い、い、今。今、なんと、言いました……?」


「だからさ――キミは幸太郎に渡した『カード魔術』によって消えるんだ。キミが『愚か』だと侮っていた人間に、今からキミは消されるんだよ」


 レウィンは俺からトランプのカードを一枚取り、女神に向けた。


「な、何をしようと言うのです……?」


「祈りなよ。キミが神だと言うのなら、祈って助かってみなよ。運比べをしよう」


 レウィンはニコッ、と笑った。


「『ラッキーカード』――これは幸太郎と、そして、キミがいたからこそ、ボクが辿り着けた最上級の魔法さ。ボクは今からこのカードに細工をする。そして、ボクとキミはこのカードの数字を答える。ただ、それだけだ」


 レウィンの顔が無表情になる。


「このカードの数字から近い数字を答えたほうの勝ち。敗者は――存在ごと消えるよ」


 また、ニコッ、と笑うレウィン。


「そんなの、わたくしに受けるメリットがありません」


「いや、キミは強制参加だよ。参加しないならボクの不戦勝でキミは消えてしまうよ」


 女神はレウィンをギロリと睨んだ。


「……オッケー。参加する気、満々だね。じゃあ始めようか」


「お、おい……」


 俺は止めようとしたのだが、止めてはいけない気がしたので、やめた。


「じゃあ、幸太郎。このカードを裏返しのままにしてくれ」


「あ、ああ……」


 ……しかし、このカードが――ハートの『七』だというのは俺はわかっているし、レウィンも女神も、なんなら横にいるどういう状況なのかわかっていないアリーシアにだって、このカードの数字くらい、わかっているはずだが。


「愚かですね。そのカードの数字は『七』です」


「……じゃあ、ボクはこれがスペードの『六』だと答えるよ」


 ……何、言ってんだよ、レウィン!?

 まさか、お前――消える気か!?


「さあ、幸太郎。カードを表にして」


「あ、ああ……」


 ペラッ、とカードを表にする。

 すると――。


「……スペードの『六』、だ」


「!? どうして!? どうして、『六』なんです!?」


 女神がガバッ、と起き上がり『信じられない』といった顔で俺の手にあるカードを見た。


「……忘れたのかい? ボクは、魔王なんだ。キミのせいで、魔王として生きなきゃいけなかったんだよ。魔王はね、だいたい、悪として描かれる存在。……『細工をする』、って言ったでしょ? ボクは『正々堂々と戦おう』なんて、一言も言っていないよ」


 ニヤリと、レウィンはまた笑った。


「このカードはスペードの『六』だ。ハートの『七』というのは、ボクがそういう風にキミに見せていただけにすぎないよ。ボクはね、この勝ち方をするためだけに、幸太郎が消えたあとトランプのカード、というものについて自分なりに理解しようとしたんだ。これは魔法でもなんでもない。ただの娯楽品だ。女神――キミがボクたちを娯楽品のように扱ったみたいに、このトランプも娯楽品でしかない。そして――キミは娯楽のように存在ごと消えてしまう」


 レウィンはふぅ、と大きくため息を吐いた。

 女神の顔が真っ青になっていく。


「嫌だ。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」


 叫びながら、女神は俺たちを襲おうとする。


 ……が。シュンッ、と瞬時にして、女神の姿が跡形もなく消え去ってしまった。


 終わった、のか……?


「そうだね。これで諸悪の根源は消えた。でも、まだ残っているものがある」


 残っているもの? これで、一件落着、めでたしめでたし、ではないのか。


「敗者は存在ごと消えるのさ。……ボクもそうだ」


「……は?」


 レウィンが何を言っているのかわからなかった。


「ボクだってひどいことをした。最低なことをした。だから――罪は償わなきゃいけないだろう」


「何を言っているんだよ、お前――」


 レウィンの手に触れようとしたとき、スカッ、とまるでそこに物体が存在しないかのような感覚があった。


 俺の手は空気を掴んでいた。


「ボクも消えるよ。ごめん。……ありがとう」


 レウィンがそう言った次の瞬間――レウィンの姿も完全に消えてしまった。


「……あいつのバカ! バカが!」


 歯軋りをした。


 なんだよ、いいところだけ取って、勝手に消えやがって。

 俺、レウィンに『さようなら』と『ありがとう』を言えてねえし!


 脱力感みたいなものが俺の身体を襲う。


 ひどいことをした、って言うのなら俺だってひどいことだらけだ。最低なことをした、って言うのなら俺だって最低なことだらけの人生だ。


 なのに、勝手に消えやがって。


 俺はため息を吐いた。


「……幸太郎」


「……アリーシア」


 アリーシアが俺の顔を不安そうに覗いていた。


 ……そうだった。俺もレウィンのことをとやかく言える立場の人間じゃないな。

 アリーシアから見たら、俺だって勝手に消えていなくなってしまう人間なんだ。


 今から。そう、今から俺はこの世界からは消え去ってしまう。


 俺にとっては元の世界に戻るだけだ。


 でも、アリーシアから見たら。他の異世界で俺と関わってくれた人から見たら、俺という人間はこれから――消え去ってしまう。


 ……あれ? でも、どうやって戻ればいいんだ?


 ふと、思い返した。

 そういえば、俺が異世界転移したのは女神が原因だ。現実に戻ったのも女神が原因。そして、再度異世界転移したのは、レウィンの力によってできたこと。


 ……あれれ? どうやって、戻るのこれ?


 女神は消えた。レウィンはもういない。


 ……戻れなくね?


 俺がそう思っていると、アリーシアが俺に耳打ちをしてきた。


「……幸太郎。……あなたを私が元の世界に送り届けます。あの男……レウィンから『最後を見届けるのはキミの役目』だと言われ、勝手に託されましたから」


 アリーシアはちょいちょいと指で俺に合図した。ついてこい、ということらしい。


「この世界で思い残したことはないですか」


「……めっちゃあるから、ちょっと待ってくれん?」


「……どのくらいです?」


「三ヶ月くらい」


「長いです」


 アリーシアはぷくーっと頬を膨らませた。


 か、かわいい!


「……でも、どうせならずっと――いえ、なんでもないです」


 アリーシアは悲しそうに笑った。


「……そうだな」


 俺も悲しかった。


 でも、俺はこの世界の人間ではない。元の世界に帰るのが、普通で、それが当然なんだ。


 だから――帰らなければ。


「……ありがとうな」


「……こちらこそ、ありがとうです」


 俺とアリーシアはぎゅっ、と手を繋いだ。

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