21.強烈な一発
目を覚ます。
……あれ?
違和感があった。
見知った天井。
だけど、『ちがう』見知った天井だ。
瞬時に理解した。
目覚まし時計がピピピと鳴りやがるので、ボタンを押し、目覚まし時計を止める。
身体を起こす。
カーテンを開ける。鏡を見る。テーブルの上を確認する。本棚をチラッと見る。ゲームソフトの入った箱を見る。
……異世界じゃない。
ここは――現実だ。俺の、部屋だ。
どうして、戻ってきてしまった? ……どうして?
しばらく、ポカンとしていた。
異世界から戻ることができたのは、嬉しいことだ。これで、寂しさだったり文化のちがいだったり、そういった自分の抱えていた悩みが解決されたと言っていいはずだ。
でも、なんだろう。……ダメな気がする。
このままじゃ、ダメだ。絶対に、ダメだ。
なんとなく、そう思う俺。
俺が異世界から戻ることができた理由。これが、作為的な気がして――。
「……まさか」
……女神の仕業か? 俺が女神に一発グーパンチを入れてやる、なんて思ったから。
……だとしたら、女神は相当やってしまったみたいだな。
俺は服の胸ポケットを見た。そこに、たしかにトランプのカードがあるのを確認する。
俺が異世界で『カード魔術』を使うために必要だったトランプのカードはここにある。
そして、俺がたしかに異世界にいたんだという記憶は、ちゃんとある。
だから、女神は相当やらかしている。
「それに俺って、変なところで運がいいんだよな」
ニヤッ、と笑ってみた。
すぐそこにアリーシアがいないのはかなり寂しかったが、くよくよしている場合じゃねえ。まだ、俺には異世界でやり残したことがある。戻らなくては。
すたすたと歩き、俺の部屋を出てあやめの部屋の前まで来た。
あやめも異世界から戻ってきているのか?
ドアノブに手をかけたとき、不安に思った。
ええい、大丈夫だ!
バッ、と扉を開けた。
「……お兄ぃ。ノックは?」
「……するの忘れた。ごめん」
着替え中だったらしい。下着姿のあやめがいた。
俺はホッとして扉を閉める。
「欲情しないでよねー」
と、部屋のなかから。
「いや、しないけど」
即否定する俺。
「ん。着替え終わった。入っていいよ」
許可をいただいたので、なかに入る俺。
「……で?」
「あやめ。俺、異世界に戻ろうと思う」
俺は正座しながらそう言っていた。
「どうやって戻る気なの? それに、お兄ぃがあそこに行っていた間、お兄ぃは失踪扱いされていたんだからね。もう、大事件の大事件!」
「……そうだよなぁ。何も言い返せないわ」
もっともすぎる。実にもっともすぎた。
だから、俺は頭をポリポリと掻いた。
「……でも、世話になった人たちがいるから、最後に別れの言葉と礼くらいは言わねえと」
ふとジゼルの言っていた言葉を思い出して、そうぽつりと呟く俺。
「たしかに、俺の生きるべき世界はこっちだ。そこは間違えちゃいけない。……でも、あっちだって決して俺にとっては『偽物』じゃなかった。俺にとってはどっちも本当の生活だったんだよ。あっちで積み上げてきたものだって、俺にとっては大切なんだ。だから――せめて『さようなら』と『ありがとう』くらいは言わないと、俺、一生後悔しちまう」
本音がぽつりぽつりと溢れ出た。
「そっかぁ。お兄ぃも大変なんだねぇ」
めっちゃ軽い口調で返された。
え? 軽すぎじゃね? まるで、俺の話なんてまったく興味ないかのような、そんな口調じゃん。
「いやいや、重た~く返してほしいの? 軽いほうが気持ち的に楽でしょ?」
俺の思考を把握したのか、あやめがそう言ってきた。
「う、うーん……人によるのでは?」
「それも、そっか!」
あやめは手を自身の頭にちょこんと乗せて、「てへっ☆」、のポーズをつくった。
「……でもさ、お兄ぃ、忘れないでよ。失踪したら、お兄ぃのことを心配する人がどこかにはいるんだから」
と、言いながら俺の腕を抱き締めるようにして離さないようにしているあやめ。
「……うん。あっちでも、心配されていると思う。だから俺、絶対戻らないと」
「じゃあ、戻る方法を考えないと、だね」
「お、おう」
……さて。どうやって、戻るんだ……?
そもそも、俺ってなんの前振りとかまなく、突然、異世界転移しちゃった人間だし。
それに、あやめだってそうだろう。
これらが女神による仕業なのだとしたら、女神のご機嫌取りをして、なんとか異世界転移してもらうしかないのだが。もしくは、異世界転移させるしかないような状況をつくるとか。
……いや、だから、それがどうやって? って、話なんだよなぁ。
なんか、このトランプのカードで運良く偶然にも異世界転移とかできねえかなー。
こういうときに俺の運が発動してくれればなぁ。なんか、マジでどうでもいいときにめっちゃ俺の運、発動するんだよな。
あれは、俺が小学一年生のときの話だ。
地域のお祭り的なやつで、じゃんけん大会があり、じゃんけんで優勝した人は駄菓子千円ぶんが貰えるんだが、そう、その優勝者こそが俺だ。
ただ、正直、俺が好きな駄菓子が入ってなかったからマジで本当にどうでもよかったんだよな。
んで、これには後日談、というか年をまたがる後日談が存在し、これが小学二年生のときも優勝しちまった。
んで、今度貰えたのがしゃぼん玉セット。しゃぼん玉が好きな人には本当に申し訳ないのだが……い、いらねえ。
しゃぼん玉セット貰って何するん? ぷかぷか浮かすだけじゃないか?
まあ、べつに悪くはないし、貰えるものは貰っておくが……じゃんけんで優勝して手に入れたのがしゃぼん玉セットって。
……俺という人間はこういう人間なので、俺の運にはあまり期待できないだろう。
でも、異世界転移を遂げるためには、俺の運の発動は必要だろうなぁ。
チラッ、とあやめを見た。あやめは、俺の膝で気持ちよさそうに寝ている。
意図していなかったが、俺があやめに膝枕をしてやっていた。なんだこの光景。
「おーい、あやめ?」
「お兄ぃの膝が一番落ち着く」
勝手にお兄ぃの膝で落ち着かないでください。
たはは、とため息を吐く俺。
そうだった。あやめはブラコンなのである。ブラジルのコンテスト、の略ではなく、ブラザーコンプレックス、の略である。
ちなみに、俺もシスコンなので、あやめにとやかく言えた話ではないのだろう。いや、お前もシスコンなんか~い、ってね。
だが、まあ妹にさすがに欲情はしない。
いや、常識的に考えて、それはアウトだろう? それはシスコンのラインをオーバーしてしまっている。シスコンというのは、遠くでニホホホホホ、と眺めて、妹のピンチとあればズサササササー、と助けに行く、そういう保護者的な愛であって、男女のそれ的な愛を感じてしまうのはまずいだろう。
シスコンはちゃんと妹を妹として見ている人であって、妹を一人の異性の女性として見てしまうのは、シスコンの域から逸脱していると言えよう。
ちなみに、シスコンというのはシステムコンピュータの略ではない。シスターコンプレックスの略だ!
「お兄ぃ。やっぱ、落ち着かなくなった」
「そうか……」
膝枕状態は終わった。あやめは立ち上がり、ベッドに座っている。
「……あれ? ねえ、お兄ぃ。カード、光っていないかな?」
「……ん?」
あやめに言われて自分の服の胸ポケットを見てみると、胸ポケットから謎の光がブワァーッと解き放たれている。
あ! 温泉シーンとかでよく見る謎の光だ!
……じゃなくて、トランプのカードが発光している!
「もしかして、俺、また異世界転移しちゃうかも!?」
嬉しかったので、天井をぶち破るような勢いで飛び上がる俺。
やっぱ、持っているかもしれねぇ! 俺の運、発動したか!?
「じゃあ俺、また異世界行くからよ。あと、頼んだぜ!」
「うん。気をつけてね?」
「ああ!」
親指を突き立てて、グッドのポーズをした。
行くぜ。行くぜ、行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ! 異世界に!
ニヤッ、と笑ってやった。そして、目を閉じる。
一。
二。
三。
四。
五――。
「……おっはよーうッッッッッ!」
大声で叫んだ。そして、目を開ける。
「……幸太郎。……幸太郎!」
アリーシアがいた。アリーシアが勢いよく俺にダイブしてきて、抱きつかれる。
アリーシアの目から、涙が溢れていた。
「どこに行っていたんですか! 心配したじゃないですか!」
「……悪ぃ。マジでごめん」
謝罪した。
「本当に心配しましたよ」
「ああ、ごめんって」
……たしかに。俺みたいなヤツでも、心配してくれる存在がいるんだな。
「あのカップル、こんなところでいちゃついてやがる。プークスクス」
「……ん?」
誰だか知らない通りすがりの子どもにそんなことを言われたので周囲を確認してみると、ここは異世界の自宅のなかではなかった。
街中だ。どうやら、俺たちは街中でこんな状況になっているらしい。
「……ば、場所を変えましょうか」
「そ、そうだな」
二人で俺の自宅に向かおうとしたときだった。
「……くっ。なぜ、あなたがまたここに!」
緑髪の、白い衣装を身に纏った女。そいつは俺を見るなり、俺のことを睨んできた。
「……お前か! 会いたかったぜ! いっぺん、お前に会って、言っておきたかったんだ、クソ女神!」
女神を指差して大声で言う俺。
俺の声に反応するかのように、シュンッ、と目の前で魔方陣みたいなものが発動し、そこから――レウィンが姿を現した。
「……幸太郎」
「……レウィン!」
「よかった。ボクの魔法は成功したみたいだ」
そう言って、レウィンは杖を女神に向ける。
「幸太郎の持っていたカードがボクの手元に一枚あった。ボクをこれで拘束したときがあっただろう? 結局、キミは剥がしたけど、キミが一枚剥がすのを忘れたんだ。だから――ボクはキミを呼び戻すことができた」
「……マジか!」
そうか。それでまた俺は、異世界に……!
「さあ、幸太郎」
「……ああ、レウィン」
一発、かましてやるか。
「……街中で暴力を振るうと、どうなってもしりませんよ?」
女神が嘲るような笑みを浮かべてそう言った。
「構わねえ! お前が何を企んでいるのか知らないが、それでお前の企みを止められるというのなら、俺はそれでいい!」
言い切ってやった。女神が後退りをし始める。
「逃がすかよ!」
俺とレウィンで同時に――女神にグーパンチを食らわせてやった。




