2.ショフギォとツンツン着ぐるみ金髪少女
……などと、思っていたが。
ギルドをクビになってから一週間、俺は自宅でずっとただグータラしていただけなのであった。
自宅とは言っても、異世界にある自宅だ。現実世界にある自宅ではない。
自宅はツリーハウスとなっていて、たまに室内にリスっぽい生物とかハムスターっぽい生物が入り込み、朝、俺の頬をかじりにやってくる。
おそらく、街の東にある『ショウショウフシギフォレスト』と呼ばれている森からやってきているのだろう。
まあそれはどうでもいいことなんだが、俺はいい加減、自宅のなかでリスっぽい生物やハムスターっぽい生物に喧嘩を売られながら過ごしたり、ずうっとグミをグニャグニャ食しながら過ごしたり、ぼうっと天井を眺めて過ごしたりする生活をやめたいと思うのだ。
『ショウショウフシギフォレスト』――俺は略して『ショフギォ』と呼んでいるのだが、たまには『ショフギォ』のなかを散歩するのもいいのではないかと思う。
もしかしたら金銀財宝が埋まっているかもしれないし、ひょっとしたら徳川埋蔵金が埋まっているかもしれないし、それで巨万の富を築けるのならば、とてもラッキーだからな。
……さすがに異世界だから、徳川埋蔵金なんてものはないだろうが。
というわけで、さっそく『ショフギォ』にやってきた。さあ、どうしようかな?
「森ガールに会って、そして、アバンチュールな恋を……!」
なんてね。
「……ん?」
なんとはなしに嫌な予感がした。
なんだ?
ふと頭上を見てみると、漢数字の『一』という文字が表示されていた。
なにこれ。というか、どうして漢数字が浮かび上がっている。あれ。ここって、もしかしてバーチャルリアリティ的な世界だったりする?
「ステータスオープン!」
なんとなく、ノリでそんなことを言ってみたのだが、特に何も起きず。
なんだ。『異世界ものあるある』的なやつじゃないのか。
落胆する俺。
しかし、どうしたものか。ずっと漢数字が表示されている状態はちょっと不気味だぞ。真夜中にこんなの表示されていたら、怖くて怖くて仕方がないだろう。
なんで、突然こんなものが表示されるようになったんだ。
そもそも、漢数字の『一』って何を表しているのだろう。
……アレか? いわゆる、ゲームのバグ的な。
そういえば、謎のメッセージが突然表示されたり、製作者の隠しメッセージが表示されたりする現象が一部のレトロゲームにはあったとかなかったとか。
つまり、それか? それってやつなのか?
とすると、この世界は――ゲームのなか! と考えると――俺は異世界転移したのではなく、ゲームのなかに閉じ込められてしまった……なんて可能性もあるのかも?
「まさか、ね」
「何、ぶつぶつ独り言を言っているんですか。怖ッ」
気がついたら、俺の隣に金髪碧眼の少女がいた。少女はなぜかウサギの着ぐるみ姿だった。
俺は決して罵られて興奮するような人間ではないのだが、どうしてだろう、罵られて少しホッとしてしまっている。
「えっと、きみは?」
「不審者に名乗る名前はありません」
客観的に見たら、この少女も不審者だと思うのだが。
「そっか。じゃあ、さようなら」
「ま、待って!」
ぐいっ、と俺の腕を引っ張ってきた。その衝撃ですっ転んでしまう俺。
「私、アリーシア」
「? 俺、来咲幸太郎。年齢は十六歳。職業、無職。将来の夢は、漫画家、俳優、声優、宇宙飛行士、医者、作家、アイドル、スポーツ選手、料理人、気象予報士、イラストレーター、プロゲーマー、郷土料理研究家、未確認飛行物体対策マニュアル作製者になること、鳩にエサをやること、えっと……好きなゲームのレビューで満点の評価をつけることと、それから――」
「無理に挙げようとしなくていいですから。後半、意味不明ですし。……というか、どうでもいい!」
ええっ!? ひどいっ!?
「それより、私、方向音痴でずっとこの森をさまよっていたんです。助けてくれたら、お礼になんでもします」
「えっ! なんでもしてくれるの!?」
「常識の範囲内で」
アリーシア、しっかり対策している。揚げ足を取られないように、すっげえ勢いで補足してきやがった。
「まあいいや。案内するよ。……にょろにょろにょろ。扇風機の風を一身に受けて飛ばされそうになっている千円札のマネ」
「はよ行け」
「いて。いててて! ごめん、ごめんって! だから頬を引っ張らないで! ……ください!」
マネーのマネは、どうやら受けが悪かったらしい。今度からアリーシアの前では、身体を張った親父ギャグを披露するのはやめておこう。
「あ、あのさ」
「あ? 何ですか?」
ひいっ。アリーシアの目が、ゴミを見るような目になっているよ。
第一印象から決めていこうとはっちゃけてしまったが、どうやら失敗してしまったようだ。
くっそー。やっちまった。やはり、俺ってダメ人間なのか?
……って、いかん、いかん。脱線してしまった。アリーシアに聞かなければならないことがあったんだった。
怯えるな、俺。がんばれ。
「……えっと、俺の頭上にさ、なんか変なものが表示されていないか?」
「変なもの? アンタ自身が変なものの塊ですけど」
うーん、ナチュラル暴言。
ひどい言われようだが、否定はできないので返す言葉がないのが悔しいところだ。
「いや、そうじゃなくてさ、ほら、俺の頭上になんか見えない? 文字みたいなものがさ」
「……ウワァ」
汚物を見るような目をしている。
……それはどういう反応だ?
その一。「この人、やはり危ない人だったんだ。森から出られたら、すぐに逃げよう」という反応。
その二。「何を言っているんだろう、この人。幻覚でも見ているのかな。怖い。森から出られたら、すぐに逃げよう」という反応。
その三。「こういう新手のナンパの手口なのかもしれない。オゲェ。森から出られたら、すぐに逃げよう」という反応。
その四。「生理的に無理。森から出られたら、すぐに逃げよう」という反応。
……うーむ。いったい、どの反応なんだ……?
「えっと、アリーシアには見えていないのか?」
「ええ」
これは、俺だけに見えているのか。
「なあ、アリーシ……ア……?」
ふとアリーシアの頭上を見ると、アリーシアの頭上には漢数字の『二』が表示されていた。
なんだこれは。
俺が『一』で、アリーシアが『二』? 意味わからんな。
何かの順番でも表しているのだろうか。だとして、その順番とはいったい。
それとも、カウントか? 何かをカウントでもしているのか?
たとえば、お菓子をつまみ食いしてしまった回数とか、ラッキーなムフフな展開に遭遇してしまった回数とか。
……それはないな。今までの俺の人生を振り返ってみると、ラッキーなムフフな展開なんか一回もなかったし、お菓子のつまみ食いは一回どころではなかった。それにアリーシアは女子である。ラッキーなムフフの対象が男性に当たるのかそれとも女性に当たるのか、そこが難しいだろう。男……いや、『漢』目線で自然と考えてしまっていたこの俺の知能の低さを嘆くべきなのだろうか。
待て待て。誰が知能が低いって?
自分の思考にカチンときてしまう俺。
おいおい。カッカッするのはよくないぜ? 落ち着こう。
「実は私、他人の心の声が嫌でも聞こえてくるんです」
「どうした、藪から棒に」
「アンタ、二重人格か何かなんですか? あと、ラッキーなムフフってなんです、汚らわしい。それから、いろいろと気持ち悪いです」
めちゃめちゃ罵倒された……。罵倒されて嬉しい人なんて、ほとんどいないと思うのだが。
……はっ!? まさか、アリーシアの本職って、そっち系の人なのか!? ほら、よくあるそういうシチュエーションの喫茶店みたいな!
ははーん。これはアレだな。つまり、アレなんだな。
ツンデレ、だ!
大丈夫だ。安心してくれていい。俺はツンデレでもヤンデレでもクーデレでもデレデレでもノンデリでもスープデリでも、なんだろうと愛せる人間だ(と思う)!
だから、大丈夫! 恥ずかしがらなくていいよ! 遠慮はいらないさ!
さあ、本心で語り合おうじゃないか。いいぜ、来なよ、アリーシアッッッ!
「ねえ、ムカつくから殴っていいですか?」
「暴力反対!」
おかしい。めちゃめちゃ嫌われている。
どういうことだ? 『フレンドリーな関係を構築するためにやらなければならないフレンドリーアクション講座第一章』によれば、『とりあえずテンションを高くして、相手の笑いを誘うような発言をしましょう』と書いてあったはずなのだが……!?
「相手の笑いを誘うどころか、失笑させてしまうようなウエッオエッな話し方、ってだけですよ」
「なるほど! ……って、俺、めちゃめちゃ中傷されていないか? 大丈夫? 俺の心、そろそろ傷つくよ?」
「傷つけよ」
あらやだ。なんて怖い女の子なの、アリーシアちゃん。ウフフ。
いつの間にか敬語も崩れているし。
「そんなどうでもいいことより、アンタはその謎のカンスウジ? とかいうのが表示されて困っているわけなんですよね?」
「ああ、うん」
今、俺の心の状態とか他人への接し方に関しての悩みとかを『どうでもいいこと』でひとまとめにされたような気がするが……まあ、いいか。
「お礼はその解決方法を探す、でいいですか?」
「オレイ?」
ヒュードロドロドロ。
「それは幽霊です」
ヒラメとよく間違われるんだよなぁ。
「それはカレイです」
俺をボロボロにこき使いやがって!
「それは奴隷です」
総員! 至急、前線へ向かえ!
「それは指令です」
フォッフォッフォッ。ワシも、もういい歳じゃのう。
「それは高齢です。……って、いいかげんにしてください!」
「いや、驚いた。アリーシアって、本当に心の声が読めるんだなぁ、って」
「私を試した、と? アンタごときが」
試した、というとなんか悪意のある言い方ではあるが。まあ、否定はできないので、頷いておく。
「アンタ、ダメ人間のなかでも最上級のダメ人間なんですね」
「いやぁ、それほどでも」
「褒め言葉ではなく、貶し言葉ですからね」
そっかぁ。やっぱ、ツンデレなのかな。
「ツンデレじゃありません!」
大声で即否定された。
「ツン・デレ子ちゃん。ほら、もうすぐ森から抜けられるよ」
「誰がツン・デレ子ちゃんですか、誰が」
すねを蹴られた。とても痛い。
俺はこの日、もう二度と『フレンドリーな関係を構築するためにやらなければならないフレンドリーアクション講座第一章』なんて信用しないと心に決めたのである。




