19.閉じ込められた少女と救世主
むにゃむにゃ、むにゃむにゃ。
フゴッアリオンッ!?
俺の頭に何かが直撃した。痛みで目が覚める。
まだ視界はおぼろげだが、ここが自宅ではないとわかった。
……学校。
……学校?
おかしかった。
「起きたー? 起きたかなー?」
セーラー服姿のルネッタがいた。バッチリと似合っている。
……だが、なぜ、ルネッタがいる?
俺が学校にいるというのもおかしな話なのだが、ルネッタがいるのはもっとわからない。
まだ、俺が学校にいるのは、異世界から現実に戻ってきたのではないかと考えることもできるのだが、ルネッタがいると話がややこしくなる。
いったい、なんなんだこれは。
「ふふっ。おかしいよね」
「あ、ああ……」
俺はただ頷くことしかできないでいた。
「ここは……学校なんだよな?」
「うん」
俺の問いに首を縦に振るルネッタ。
「二人きりだね」
ルネッタにそう言われて周囲を確認してみると、ルネッタの言葉通り、教室内には俺とルネッタしかいなかった。
教室。窓。黒板。ロッカー。机。椅子。たしかに、どれも学校にあるものだ。ここは学校でしかない。
だと言うのに、奇妙な感覚だった。
まるで、誰かのためにこの空間がつくられたかのような。そんな感覚。雰囲気。空気。
俺とルネッタ以外誰もいない空間、というのが作為的なように思えてしまって。
「何を考えているの?」
「い、いや……なぜ、俺とルネッタが学校にいるのかと思って。しかも……これは、俺の知っている世界にある学校と同じつくりをしている」
俺はルネッタの顔をじっと見ながら、すうっ、と息をするようにそう言っていた。
「そっか」
ルネッタは笑っている。だが、どこか闇を抱えているような、そんな雰囲気がある。
「あたしも目が覚めたらここにいたよ」
ルネッタは胸に手を当てて、そう言った。
「……そうか。ルネッタも同じか」
どうにも緊張感があり、そわそわとしていた俺は、俺の頭に直撃したらしい一冊の本を手に取った。その本の題名は――『フレンドリーな関係を構築するためにやらなければならないフレンドリーアクション講座第一章』である。
なぜ、この本がここに……?
「……幸太郎くん。この前、幸太郎くんは異世界人だと言っていたよね」
「……ん? あ、ああ……」
レウィンが魔王で俺が勇者だとかなんとかって話のときか?
……今思えば、俺って『カード魔術師』なのであって、職業的に考えたら勇者ではないが。というか、『カード魔術師』でもなく、ただの無職であり、『元カード魔術師』と称するのが適切だろうか。
まあ、それはどうでもいいんだが、たしかにあのとき、レウィンが俺を異世界人なのだと言ってしまっていたな。
「それがどうかしたのか?」
「うん。実は――あたしも異世界人だから。幸太郎くんとはまたちがう、べつの世界から来た人間だから」
「……えっ?」
衝撃のカミングアウトである。
そうか。そうなんだ……って、なるかー!?
それに、疑問なんだが、俺とはちがう世界から来たってなんでわかるの!?
……たしかに、こんな髪色の女の子は日本にはいないし、見た目も美少女ヒロインすぎる。たしかに俺とはべつの世界の人間であるのはわかる。
しかし、それはあくまで俺から見た『こんな人間、現実にはいない!』という話であって、ルネッタから見たときの俺がそれに該当するのか、という疑問があるわけだ。
ついでに、これはギャグ時空なわけで、『ああ、まあ……そういう人間がいてもおかしくないかぁ』みたいなノリだろうよ。なのに、外見だけで『ああ、この人、私とはちがう世界の人間!』とはならないだろう。
とすれば、ルネッタは俺の知らない何かを知っているのだろうと考えられる。
むむむ。俺の知らない何か、とはいったいなんだ!?
「……あたしね。毎日が面白ければいいのに、って思っているんだ」
「どうした藪から棒に。もしくは棒から藪に」
俺だって、毎日が面白ければいいのにと思うぞ?
「あたしは毎日、いつも悪夢を見るんだ。……友だちいなかったし。それに、ね。言葉には言い表せないほどの、ひどい……こともあったし」
想像してみた。
友だちがいない、というのは俺と似ている。
いないわけでもなかったが、決して多いわけでもないし、人気者でもなかった。どちらかと言えば、俺は日陰者だったはずだ。
しかし、『悪夢を見る』というのと『ひどいこと』というのは、俺とはちがう。
つまり、ルネッタはこれまで本当の感情を表に出していなかっただけで、相当悩んでいたのかもしれない。
でも、俺にはわからなかった。まったくわからなかった。
……アリーシアなら。……アリーシアなら、ルネッタの悩みさえもわかっていたのだろうか。
「だからだと思う。だから――悪夢のなかに閉じ込められちゃったんだ」
「えっと……?」
理解するのに、少し時間がかかった。
「ルネッタが見ている悪夢によって、ルネッタと俺がこんな空間に閉じ込められちゃった、と?」
復唱するように俺は言った。
俺の言葉を聞いて、ルネッタはコクリと頷く。
「マジか……」
早く、元の世界に戻らなければ。
一生このまま、ってわけにはいかないし、さすがになんとかしないと。
扉の前まで移動して、開けようとしてみた。
しかし、開かない。見えない力があるようで、びくともしない。
……なるほど。本当に閉じ込められちゃっているわけね。
少し焦る俺。
でも、俺には『カード魔術』がある。
そう思って服の胸ポケットを探るのだが、なかなかカードが取れない。
不思議に思って胸ポケットがある場所を見たのだが――胸ポケットがない。
……もしかして。
自分の格好を確認してみる。
すると、ルネッタがセーラー服を着ているのと同じように俺もブレザーの制服を着ているのがわかった。
「ああ、そういうシチュエーションなわけね」
俺は「カードと俺の服を返してくれよ」と思いながら、拳をギリギリと握り締めた。
「幸太郎くん。どうしようか?」
不安そうに聞いてくるルネッタ。
「……いや、本当、どうしようか」
マジでどうしよう。俺から『カード魔術』を取り上げたら、それこそ本当にただの無職でしかない。
俺、武闘派じゃねえしなぁ。困った。
とは言っても、武力でどうにかなる問題でもないか。この状況で必要なのは知力だろう。
「たぶん、ダメなんだろうけど、窓から出られないか試してみるか」
ルネッタと二人で窓を開けようとしてみる。だが、やはり窓も開かないようだ。
「まあ、ダメだよなあ。お決まりのパターンすぎるぜ」
落胆して床を叩くフリをしている俺の横で、クスクスとルネッタが笑った。
「お、おい。なんで笑うんだよ!?」
「……だって、あたしのいた世界には、こんな頭のおかしい人、いなかったもん」
……それ、褒め言葉なの~?
あの、それ、チクチク言葉ではないですか? うん、チクチク言葉ですよね?
ジロッとルネッタを見ていると、ルネッタが手と手を合わせて、「ごめん、ごめん」と言ってきた。
「べつに、いいけどね」
「本当にごめん、って。でも、本当にそう思ったんだよ。あたしはいつも、そういう普通じゃない人が来るのを待っていたから」
そう言って、目を伏せるルネッタ。
「異世界に転移したあと、女神様がおっしゃっていたんだ。『あなたとはちがう世界から来た人間がいます』って。だから、あたしはその人に会うべきなんだと思ってずっと探していた」
「……それが俺だったのか」
「『変わり者だからすぐにわかります』、っておっしゃっていたよ」
「えっ」
女神様から見た俺の評価って、ひどすぎじゃね~……? もっと、盛りに盛ってめちゃめちゃ美化してくれてもいいんだけど?
「だからね、よかったよ。幸太郎くんが本当に変わり者で」
……ねえ。それ、本当に褒めているのかな? チクチク言葉じゃないんだよね?
「そりゃ、どういたしまして、だけどさ」
チラッ、と窓の外を見た。
窓の外には校庭があり、奥には住宅街が広がっている。しかし、これもすべて幻なのだろう。
「変わり者と二人きりでいいのか? 俺は早く帰りたいぜ? コタンちゃんのエサもあげなきゃいけないし」
はぁ、と俺の口からため息が溢れてしまった。不安な気持ちになっているルネッタの前で、何をやっているのだろう、俺。
「……幸太郎くんって、意外と素はまじめなんだね?」
ちょっと待って。『意外』って、なんだい? ルネッタくん。
ピッピッピーッ。それチクチク言葉です!
「ふふっ」
ルネッタがまた笑った。
「……ルネッタ」
「うん? あ、あ、ごめん……」
笑っているはずなのに、ルネッタの目から涙が溢れてしまっていた。
ルネッタは慌てて、自分の指で涙を拭う。
「……すまねえ。俺がもっと気が利く人間だったらよかった。もっと、素が明るくてルネッタのことを心配させないような人間だったらよかった。みんなの前だと俺は……本当はいつも空元気なんだ」
どうしてか、俺の口からするりするりと本音が出てしまう。
やめろ。言ってしまったら、気を遣わせてしまう。
それはわかっているのに、どうしても止められない。
「俺、寂しかったんだ。家族もいない、友だちもいない、誰も知っている人がいない未知の世界で、生きていかなければならない、というのがさ。隠していたつもりだったけど、すっげえ寂しかったから、俺って人間は自分の気持ちを誤魔化すために、あえてあんな風に……さ」
……本当に、何を言っているのだろう。
「だから、俺――」
……ガシャン、と突然、窓が割れた。
そして、窓の外から、見知った顔の人間が現れる。
「あ? ここ、どこだ? ……ん? なんか湿っぽい雰囲気だな……って、兄貴じゃねえか!?」
ドグウェンだった。救世主である。
しかし、いったいどうやってドグウェンはここに?
聞いてみた。
「兄貴。酒場だと思って入ったら、変な空間に飛ばされたぜ」
ここはどこかの酒場とつながっているのか。なるほど。
「よし。んじゃ、脱出しようぜ。ドグウェン、ルネッタ」
二人を見ながら言った。俺のなかにあった不安はもう消え去っている。
「オッケー! 幸太郎くん」
「兄貴、こっちだ」
俺とルネッタはドグウェンのあとをついていった。
しばらくして、俺たちは無事に学校のような空間から脱出することができた。
しかし、疑問は残っていた。
ルネッタは、学校のようなあの空間を、ルネッタ自身の悪夢のなかなのだと言っていた。
それが実際にそうだったのかは知らないが、なぜ、どこだか知らない酒場とあの空間がつながっていたのだろうか。
……まさか、誰かが意図的に助けてくれた? ……なんてね。
俺は今日、アリーシアがつくってくれたご飯を泣きながら噛み締めた。紛失してしまったカードの所在や、この『フレンドリーな~(長いので省略)』の本があの空間にあった理由などは後日考えてみることにしよう。




